悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます

湊一桜

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20. 平常運転に戻ります

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 結局、私が宿舎に戻ったのは、日付けが変わった頃だった。ルーカスが公爵家の馬車で自宅まで送ると言い始め、セリオとして宿舎に住んでいる私は色々と理由を告げて断った。お兄様を待っているだとか、お父様が迎えに来るだとか。だが、どの嘘もルーカスに見透かされ、馬車で自宅まで送られそうになった。自宅に帰ると、明日からの仕事に支障を来す。そして、自力では公爵邸まで行くことも出来ない。万事休すと思った時に、救世主お兄様が現れたのだ。

 だが、お兄様は明らかに行為後の乱れっぷりだった。あの後も令嬢と致していたのだろうか。私がルーカスとキスをしてしまったとドキドキしっぱなしなのに、何回戦も致したであろうお兄様はけろっとしている。そして笑顔で私に言うのだ。

「セシリア、帰るか」

 私はそんなお兄様を見ることが出来なかった。だが、お兄様に救われたことも事実だった。

「マルコス。君のおかげで、俺はセシリアと結婚出来そうだ」

 ルーカスの言葉に、なんでそうなる!? と叫びたくなる。そして、お兄様はお兄様で調子が良くて、

「私でよろしければ、いつでもお力になります」

ルーカスに頭を下げる。もう、お兄様も調子がいいんだから!! 私の味方ではなかったの!?

 こうやって私はお兄様に救い出され、無事宿舎に戻ることが出来たのだ。そしてシャワーを浴びてベッドに入っても、ルーカスのことを考えて眠れなかった。ルーカスの笑顔や甘い声を思い出してしまう。そして、あのキスのことも……私は明日から、どんな顔をしてルーカスに会えばいいのだろう。




 そして次の日……

 朝、いつも通りのセリオの姿をしている鏡に映った私は、不安そうな顔でこっちを見ていた。どこからどう見てもセリオだ。だが、昨日不覚にもルーカスに会ってしまった。私がセシリアだとバレたらどうしよう。その前に、もういつも通りの対応が出来ないかもしれない。私の知らなかったルーカスを知ってしまったからだ。

 館の廊下を歩きながらも、ドキドキと鼓動がうるさい。そして歩きながら、どうやってルーカスに会って話しかけるか、頭の中でシュミレーションをする。

「おはようございます、ルーカス様」

「昨夜の舞踏会、いかがでしたか? 」

 いや、舞踏会の話は地雷だ。出来る限り避けたほうがいいだろう。

「昨夜は途中で逃げ出してしまって申し訳ありません」

 それこそ、私がセシリアだと言っているようなものだ。


「おはよう、セリオさん」

 不意に声がして、思いっきり飛び上がった。まずい、変な動きをしたから、カツラがずれてしまいそうだ。頭を押さえてどぎまぎしながら見た先には、いつも通りの笑顔のジョエル様がいる。昨夜、ジョエル様に最後に会った時は、令嬢をたくさん引き連れていた。まさか、ジョエル様もあの後……そんなことを考えると、顔が真っ赤になってしまう。

 真っ赤な顔の私を、ジョエル様は不思議そうに首を傾げて見る。いけないいけない、このままだとジョエル様にまで疑われてしまう。冷静に冷静に!必死で心の中で唱える私に、ジョエル様は困った顔で告げた。

「兄上が、仕事をしないんだけど……」

「えっ!? 」

 その予想外の言葉に、またさらに飛び上がりそうになる。そして、ドキドキと心臓は破裂しそうな音を立てる。

「ど、どうされたんですか!? 」

 どぎまぎしながら聞く私に、ジョエル様は困った顔のまま教えてくれた。

「兄上が妄想に耽っていて、ずっとぼーっとしているんだよ」

 それは困る。ルーカスに使える身として、主人がポンコツになってしまったらいけない。いや、もとからポンコツかもしれないが。花祭りの準備や資金管理など、ルーカスがやらなきゃいけない仕事は多い。

「セリオさんが頭突きでもしてくれると、兄上も我に返るんだろうけど……」

「ず、頭突きなんて出来ません……」

 怯えながらもジョエル様と並んで、ルーカスの部屋へと向かう。私は今、セリオだ。それなのに胸はドキドキして、体が震えてしまう。ルーカスとは結婚出来ないはずなのに、こうもルーカスのことばかり考えてしまう私だっておかしい。ルーカスと同じように、妄想に耽っているのだろう。

 そして、ジョエル様とルーカスの部屋の扉を開けると、そこには本当に妄想に耽っているルーカスがいた。椅子に座って机に向かうルーカスは、ぼーっと宙を眺めて頬を染めている。そして、私たちが部屋に入ったことすら気付かない。……重症だ。

「お、おはようございます、ルーカス様」

 震える声で告げるが、ルーカスの耳には届いていないのだろうか。なおもぼーっと宙を見続けている。

「ほらね。頭突きしないと我に返らないよ、あれは」

 ジョエル様が隣で笑う。

 本当に、頭突きしないと我に返らないかもしれない。あのまま何時間も居続けられたら、今日の予定も狂ってしまう。私はルーカスに酷く怒られるだろうが、ここは意を決して……

 ガチーーーン!!

 思いっきりルーカスに頭突きした。その瞬間、

「痛ぇぇぇえええ!! 」

 ルーカスが大声を上げ、私の頭突きした部分を押さえる。そして我に返ったルーカスは、怒りの声で私を呼んだのだ。

「クソチビ……てめぇ……!! 」


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