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武術大会と、追放された友

第30話

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 ヒューゴが、ヤヌース伯爵領を追放された? しかも、ヒューゴが私の友達だからと、ラファエラが腹を立てて!? 
 ヤヌース伯爵領で、フリードが私を守ってくれた時のことを思い出した。フリードは縋りつくラファエラを無視して、私をあの場から連れ出したのだ。あの時残されたラファエラは、怒りに満ちていたに決まっている。そして、その怒りの矛先はヒューゴに向いたのだ。


「……私のせいだ。私のせいで、ヒューゴはヤヌース伯爵領を……」

 やっぱり、私なんかがこの地でフリードと幸せになってはいけないのだろうか。そんなことを考えてしまった。

「メリッサのせいではない」

 フリードは私に背を向けたまま、低い声で告げる。

「俺がお前の妹に、毅然とした態度を取ったからだ」

 フリードは、優しい。こうやって、私が抱え込まないようにと言ってくれるのだ。だが、今はこの優しささえ辛い。
 この地に来て私は元気にしているが、また家族のことを思い出してしまう。すると私は途端に元気が無くなり、自分が価値のない人間と思うようになってしまう。

「そもそも、俺はお前の妹に従う気はない。
 お前がいちばん辛い思いをしてきた。だからお前も、奴のことを憎んでいるだろう? 」

 フリードは相変わらず私に背中を向けたまま、話しかける。だけど、このほうが好都合だ。フリードの顔を見たら、私はまた泣いてしまうかもしれない。

「私は……もういいの。
 あの家族とは関わらずに、一人で幸せに生きることが出来れば……」

 フリードは耐えられなくなって、私を振り返った。そんなフリードを見ることが出来ず、私はただただ俯く。こんな私を、フリードはそっと抱きしめた。まるで、割れ物に触れるかのように。
 フリードに抱きしめられると、少しずつ罪悪感が減ってくる。そして、感情の波も元に戻り始める。

「メリッサ。……お前は、自分が思っているよりもずっと、傷ついている。
 だから俺は、お前がこの地で傷を癒しながら元気に生きてくれることを望んでいる」

 涙をぐっと堪える。みんながいる前で、もう泣きたくはないのだから。だが、フリードの言葉が胸の傷を包み込んで、少しずつ癒してくれていることが分かる。私はこうも、フリードに救われている。

「そういうことだから……」

 フリードは私を抱きしめたまま、ヒューゴに告げる。

「お前が望むのなら、この街に住んでもいい。お前が追放されたのは、俺のせいでもある」

 ……えっ!? 

「お前が望む仕事と、家も用意する。
 だが……メリッサは諦めてくれ。メリッサだけは、誰にも譲れない」

 フリードにそんなことを言われると、ヒューゴは何も言えなくなるのだろう。それはフリードが恐ろしい悪魔辺境伯なのではなく、誠意を持って対応してくれているからだろう。

「ありがとうございます。
 ……でも僕は……」

 ヒューゴは俯いて考え込む。その表情には、絶望や悲しみが入り混じっている。こんなヒューゴを見て、ごめんねと心の中で謝った。ヒューゴは虐げられる私の唯一の味方であり、ヤヌース伯爵領で私がなんとか正気を保っていたのもヒューゴのおかげだろう。ヒューゴには恩がありすぎる。それなのに私は、ヒューゴに何も恩返しが出来ていない。

「お前の気持ちが固まるまで、街にあるハンスベルク家の持ち家で過ごすといい。
 また、今後について気持ちが固まったら教えてくれ」

 フリードはヒューゴにそう告げ、私の頭をそっと撫でる。フリードに撫でられると、頭がぼっと熱くなり、頬が垂れ下がってしまう。それを悟られないよう、キリッとした表情に必死で直す。

「メリッサ、館に帰るぞ」

 フリードは静かに告げる。

「お前を追ってきた男がいるなんて、俺は心配で仕事すら手に付かない」

「何言ってるの」

 そう笑いながらも、こうやってフリードの隣にいられることが幸せだと思った。
 私は無表情のフリードがとても苦手だったが、最近のフリードは、相変わらず無表情でも感情豊かだ。何でも私に話してくれるし、優しくしてくれる。そして、無表情でも私のことを大切だという、態度で示してくれる。フリードは感情を顔に出すのが苦手なだけで、内に秘めているものは人一倍大きいのかもしれない。 
 私は人を信じるのが怖い。だが、こんなフリードを信じてもいいのかな、なんて思い始めている。

「メリッサ……」

 フリードは私に、遠慮がちに告げる。相変わらず無表情だが、頬が少し紅い。

「もし良かったら……寝室を共にしないか? 」

 急なその提案に、

「えっ!? 」

私は思わず飛び退いていた。

 ちょっと待って。何がなんでも、展開が早すぎる。寝室を共にするということは、つまり、そういうことだろう。
 私はもはや婚約破棄をする気はほとんどないが……フリードとそういう関係になる決心も、全然出来ていない。

 そんな私を横目で見て、フリードはため息混じりに告げた。

「下心がないと言ったら嘘になるが、メリッサの決心がつくまでは、そのつもりはない。
 ただ……」

 そしてフリードは、その強靭な見た目と低い声からは想像出来ないほど、甘くて優しい声で告げたのだ。

「お前を狙っている男がこの近くにいると思うだけで、俺は心配で眠れもしないだろう」

 そんなことを言われると、首を縦に振ってしまう。フリードは私の扱い方をよく知っている。いや、私がフリードに毒されているのだ。こうやって、日に日にフリードから離れられなくなっているのだろう。

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