上 下
36 / 78
【第一章】片想い編

36. はじめての色仕掛け

しおりを挟む
◆◆◆◆◆

 
 うぅ……頭が痛い。何が起こったの?


 私は目を開いた。そして、目の前の光景に倒れそうになった。

 私は、見たことのある王座の前にいた。立派なその椅子には、二度と会いたくない男が座っている。
 小太り、モサモサの髪、だらしなく開いた口元。思い出すだけで吐き気がする。この人は、グルニア帝国の第一王子、ドミニクだ。

 私はなぜここにいるのだろう。戦場でみんなと戦っていて……誰かに殴られたのだ。考えたくもないが、まさか第一魔導士団!?

 そんな私の思考は、

「苦しゅうない」

ドミニクの上擦った声で掻き消された。


 ドミニクはその半月形のエロ目を歪ませて私を見る。その目だけで、こいつは私の裸を想像していると思ってしまうほど、気味が悪い。

「ようやく戻ってきたな、伝説の魔導士よ」

 ドミニクは気持ち悪い笑みを浮かべて私に言う。

「お前がロスノック帝国に捕まって、ようやく私はお前を取り戻すことが出来た。
 お前と結婚してやると約束するから、グルニア軍に戻ってこい」

 私は、気持ち悪いこの王子を見ながら考えた。絶対にグルニア帝国には戻りたくない。そして、レオン様も私を必死で探しているだろう。
 魔力交換をすると、互いの居場所も知ることが出来る。だが今、私はレオン様の気を全然感じないのだ。

 ……というのも、手錠をかけられているから。以前捕まった時は『手錠みたいなブレスレット』だったが、今回は本当に手錠だ。黒い金属が、頑丈な鎖で繋がれているのだ。
 そして、この手錠も間違いなく、魔力を外に出さない作りになっているのだろう。


「殿下は、なぜ私が欲しいのですか?」

 私は、ドミニクをしっかり見て聞く。
 以前会った時は怯えて話も出来なかった。だが、ロスノック帝国に行って、私は変わった。レオン様が、リリーが、魔導士団のみんなが私を必要としてくれるから、私は負けるわけにはいかない。そして、みんなの存在が私の自信になっている。

 ドミニクは、相変わらず気持ち悪い笑いを浮かべて告げた。

「お前は『伝説の魔導士』だからだ。
 我が国には言い伝えがある。この地に伝説の魔導士が現れた時、国は幸せを手に入れることが出来る、と」

 国が幸せになるのか。確かに、この国は今以上に不幸にはならないだろう。だが、そんな訳のわからない言い伝えなんて、私には関係ない。私はとにかく、ロスノック帝国に帰らなきゃ。私の帰る場所は、ここではない。

 両手を繋ぐ手錠を見つめる。
 この手錠さえ外すことが出来たら……レオン様がいなくても、魔法を使うことだって出来る!


 ドミニクは気持ち悪い。近付きたくもない。もっというと、話すのさえ嫌だ。
 だけど私は、賭けに出たのだ。



「殿下。殿下と結婚出来るだなんて、私はとても幸せです」

 その場に跪いて、頭を垂れる。ドミニクはエロ目で私を見て、気分良さげに笑う。

「お前は、第三夫人ではなく、第二夫人にしてやろう」

 絶対嫌だ。だけど私は精一杯の演技をする。

「嬉しゅうございます」

 そのまま、さらに頭を下げる。

「殿下の第二夫人になれるだなんて、私は世界一の幸せ者でございます」

 少し言い過ぎだろうか。だが、この馬鹿をその気にさせるには、少々やりすぎくらいがいいだろう。

「私は、ロスノック帝国にて酷い扱いを受けました。牢屋に閉じ込められて、ろくな食事もいただくことが出来ませんでした」

 それは紛れもなく、グルニア帝国での扱いだ。ロスノック帝国を批判するのは心苦しいが、これも全部手錠を外してもらうためだ。

 だが、ドミニクはそこまで愚かでもないようだ。エロ目で私を見たまま、気持ち悪い声で聞く。

「僕の聞いた情報と違うようだな。
 僕は、君が第二王子から寵愛を受けていると聞いている」

 レオン様を思うと胸が苦しい。早く会いたい。そして、その情報はどこから流れたのだろうか。

 レオン様が大好きだが、私は心を鬼にして続ける。

「表向きは、でございます。
 第二王子は王太子になりたい。それに、私を利用して、魔力の高い子供を作りたがっているのです」

「そうか。私と一緒だな」

 ドミニクは笑う。心の中で、こいつサイテーだとぼやいた。

「グルニア帝国には、魔法が使える者が少ないからな。君が僕との子供を産めば、王族だって強力な魔力を持つことが出来る。そのために、君は来たのだろう?」

「左様でございます。
 ですから私は、殿下のお側にいたいのです」

 私は上目遣いでドミニクを見る。たいして可愛くもない陰キャの私だが、精一杯の演技だ。
 そして、なんとドミニクは頬を染めて私を見ているではないか!予想以上にいい感じだ!

 私は悲痛な顔をして、手錠で繋がった両手を持ち上げた。

「私は殿下を愛したいです。殿下に触れたい。
 ……でも、この鎖のせいで愛せないのです」

「駄目だ」

 ピシャリと言い放つドミニクに、私は負けなかった。

「魔力を持つものを抱けば、この世のものとは思えない世界が待ち構えているようです。
 この鎖で繋がれたままの私を抱いても、殿下はその世界を味わえません」

 我ながら、なんてことを言っているのだろう。万が一このままされてしまったら、私は立ち直れないだろう。
 
 ドミニクは気持ち悪いねっとりとした目で私を見る。そしてしばらく考えたのち、げへへへと笑いそうな声で告げたのだ。

「分かった。お前を解放しよう。そして、僕に尽くせ。
 だが、お前は危険だ。城の者が見ている前で、私に尽くせ」

 サイテーだ、この男。そして、欲に負けた自分を後悔するといい。

 私はドミニクの家来に剣を向けられたまま、手錠を外される。その瞬間、身体中に魔力がみなぎるのが分かった。だけどそれを解放せず、最善の時を待つ。ただ、レオン様の魔力だけは必死に探した。そしてその魔力は意外にも近いところ……そう、すぐ上に感じるのだ。
 レオン様はやっぱり、私を助けに来てくれているんだ!!

 レオン様、私はここです!私はロスノック帝国に帰りたいです!!




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ

トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!? 自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。 果たして雅は独りで生きていけるのか!? 実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。 ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...