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第一章
01
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「こ、こは……?」
ルナレイアが目を覚ましたのは、見たことのない、知らない天井のにあるベッドの上だった。質素だが、貧相ではない、品のいい部屋だった。
「目が覚めたかい?」
見覚えのある、だが、少し違う顔が、ルナレイアを見下ろしていた。
「賢者……さま?」
そう言うと、目の前の賢者と思われる人は、困った顔をした。
「確かに僕は賢者とも呼ばれているけれど、どうして会ったこともない君が知っているんだい?」
顔見知りのはずの賢者にそう言われ、ルナレイアは驚いた。
「……え? わたくしたち、一緒に旅をしたではありませんか。ここは、リュミエール王国の、王城の一室ではないのですか? 魔王を倒して、戻ってきたのでは……」
「魔王? 魔王は数ヶ月前に存在を確認されただけで、討伐に出たとも、それが倒されたなんていう知らせはない。もしかして君は、未来からでも来たのかな?」
なんて、と、賢者は苦笑した。
「いいえ、いいえ。わたくしは、いえ、勇者さまはたしかに魔王を追い詰めました。追い詰めて、それで……」
「それで?」
聖女は記憶をたどった。だが、そのさきはわからず、頭を振った。
「それで……、どうなったんでしょう。申し訳ございません。覚えて、おりません……」
賢者は眉をひそめた。
「覚えてないのは困るなあ。うーん、どうしよう」
実のところ、賢者はこの娘の扱いに困っていた。仕事を終え、自室に戻ったら部屋に倒れていたのだ。
「そういえば、君の名前は? 僕はユスティ。ユスティ・フォン・アリスロード。22歳だ」
「名前も告げず申し訳ございません。わたくしはルナレイア・リュミエールと申します。今年17歳になりました」
リュミエールと聞き、ユスティは首をかしげた。リュミエールといえば、光の名をもつ一族。そして、その一族は……。
「リュミエールって、亡国リュミエールのことかい? それならあまり名乗らないほうがいいと思うけど」
「亡国……? わたくしの国が、故郷が、亡国……? そんな……」
ルナレイアは呆然とした。自分が旅立つまでは、たしかにリュミエールという国があった。
「いや、この国……、というか、この世界、かな? の、リュミエール王国は100年前、正確には125年前に滅んだんだよ」
ルナレイアは驚愕した。100年以上も前に滅んだとしたら、自分はどうしてここにいるのか。
「どういう、ことですか?」
「どういうことと言われても困るんだけど。僕が知ってる歴史上のリュミエール王国は、民を飢えで苦しませ、暴徒になった民たちの氾濫によって、滅ぼされてしまった」
「そんな! わたくしの、わたくしの一族がそのようなこと! ありえません!」
信じられなくてルナレイアは叫んだが、すぐに後悔した。大きな声を出すなど、淑女としてありえないことだ。
「申し訳ございません……。賢者さまが悪いわけではありませんのに、はしたない真似をいたしました」
「いや、気持ちは……、残念ながら分からないけど、仕方ないよ」
ユスティはルナレイアの頭を撫でた。消沈している顔が、妹と重なったのだ。
だがルナレイアは、子供扱いをされているようで、恥ずかしくなった。
「あの、その……」
「あ、ごめん」
お互いに、赤面してしまった。
ユスティは、初対面の女性に対してすることではなかったと反省した。
「あ、あの、僕のことはユスティと呼んで欲しい。君のことは、ルナレイアと呼んでも?」
気まずい空気を払うように、ユスティは切り出した。
「ええ、もちろんです」
名前で呼ばれるのは慣れていないルナレイアだが、承諾した。
「ところで君は、どうして僕が賢者だと知っているんだい?」
「……少し長くなるかもしれませんが、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わない。これまでのことも教えて欲しい。君のことも」
ルナレイアは、話し始めた。
わたくしは、銀髪に金の瞳を持つということで、聖女として教会に保護されておりました。保護とは名ばかりで、半ば監禁に近かったのですが。
いつ現れるかわからない魔王のせいで、わたくしは王である父と母から引き離され、教会で過ごしておりました。
魔王が現れたとの知らせを受けたのは、今から二年前のことです。
魔王は世界を混沌に導く。そう言われて魔王を討伐せんと、王は勇者とその仲間たちを選抜いたしました。
勇者であるフォルカさま、聖女であるわたくし、剣姫であるラナリーさま、そして、賢者であるユスティさま。四人というのは少ない人数かもしれませんが、この組み合わせならば魔王を討伐できると、託宣を受けたそうです。
そうして、この四人で魔王討伐の旅に出たのです。
わたくしが賢者であるあなたさまを存じているのは、そのせいなのです。あら? わたくしが存じている賢者さまは、もう少し幼かったような気がしますわ。あの方は確か、19歳だったとか。
失礼いたしました。話がそれました。
わたくしたちはいろいろな国を旅して、魔王の居場所を探しました。もちろん、魔物たちを討伐しながら。
見つけたのはつい先日のことです。わたくしたちは覚悟を決めて、魔王城に突入しました。
途中、たくさんの魔物たちを討伐しながら、魔王のもとへ行き、魔王と対峙しました。
フォルカさまとラナリーさま、ユスティさまは魔王を追い詰めていきました。わたくしは魔法で支援するのみでしたが、魔王はどんどん弱ってきました。
そして、そして……。
「そして?」
ユスティに問いかけられたが、記憶にない。そのあと、何があったのか。
「申し訳ございません。覚えていないのです……」
「ああ、それはさっきも聞いたし、覚えていないのは仕方がないよ。もしかしたらその魔王が、なにかしたのかもしれない」
ルナレイアは自分が不甲斐なく、考え続けた。あのあと、何が起こったのか。しかし。
「あ、あたまが、頭が痛い……!」
「無理して思い出そうとしなくていい! ゆっくり息を吸って、吐いて……」
ユスティはルナレイアの背をさすり、落ち着かせた。
「申し訳ございません。ご迷惑をおかけいたしました」
「いいんだ。それより勇者って、フォルカって言ったよね? この国の今の王が、フォルカ・レスティアって言うんだ。もしかして、同一人物なんてこと、ないよね?」
「どうなのでしょう……。わたくしの勇者さまは、フォルカ・ウィリッツベルトというお名前でした。お会いすればわかるとは思いますが、さすがに一国の王様に会わせていただくなど……」
ユスティは少し考えた。
「大丈夫、会えるよ」
「え?」
「僕、フォルカと幼馴染なんだ。ま、フォルカのほうが二歳年下なんだけどね」
ユスティの二歳年下ということは、今20歳……。そう考えて、ルナレイアは頬を赤らめた。
「どうしたの? 赤くなってる」
「わたくし、フォルカさまをお慕いしておりますの……。フォルカさまの20歳のお姿なんて……」
「まあ、君の知ってるフォルカとは違うかも知れないし」
ルナレイアがフォルカのことを想って顔を赤らめたことに、なぜか不機嫌になったユスティ。
「とりあえず、今日はもう遅い。明日の朝一番で、フォルカに連絡してみるよ」
「よろしくお願いいたします」
ルナレイアはユスティに頭を下げた。
「ああ、ベッドはそのまま使ってもらって構わない。僕は別室で寝るから、気にしないで」
そう言ってユスティは別室に向かう。ルナレイアは妙齢の女性だ。同じ部屋で休んだとしれたら、大事になるかもしれないとの配慮だった。
ルナレイアにそれがわからないわけがない。配慮に感謝し、礼を告げる。
「ありがとうございます。ユスティさま。ベッドをお借り致しますわ」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさいませ」
突然自室に現れたルナレイアを疑念に思わなくはなかったが、ユスティはそれを堪え、今日は寝かせることにした。疑念を晴らすのは明日でもいい。今はこのいたいけな少女を、ゆっくり休ませてあげたかった。
ルナレイアとしても、今日はとても疲れていた。体が重かった。今後のことを考えると、楽観視はできないが、今できることはないだろう。そう考えながら、眠りに落ちた。
ルナレイアが目を覚ましたのは、見たことのない、知らない天井のにあるベッドの上だった。質素だが、貧相ではない、品のいい部屋だった。
「目が覚めたかい?」
見覚えのある、だが、少し違う顔が、ルナレイアを見下ろしていた。
「賢者……さま?」
そう言うと、目の前の賢者と思われる人は、困った顔をした。
「確かに僕は賢者とも呼ばれているけれど、どうして会ったこともない君が知っているんだい?」
顔見知りのはずの賢者にそう言われ、ルナレイアは驚いた。
「……え? わたくしたち、一緒に旅をしたではありませんか。ここは、リュミエール王国の、王城の一室ではないのですか? 魔王を倒して、戻ってきたのでは……」
「魔王? 魔王は数ヶ月前に存在を確認されただけで、討伐に出たとも、それが倒されたなんていう知らせはない。もしかして君は、未来からでも来たのかな?」
なんて、と、賢者は苦笑した。
「いいえ、いいえ。わたくしは、いえ、勇者さまはたしかに魔王を追い詰めました。追い詰めて、それで……」
「それで?」
聖女は記憶をたどった。だが、そのさきはわからず、頭を振った。
「それで……、どうなったんでしょう。申し訳ございません。覚えて、おりません……」
賢者は眉をひそめた。
「覚えてないのは困るなあ。うーん、どうしよう」
実のところ、賢者はこの娘の扱いに困っていた。仕事を終え、自室に戻ったら部屋に倒れていたのだ。
「そういえば、君の名前は? 僕はユスティ。ユスティ・フォン・アリスロード。22歳だ」
「名前も告げず申し訳ございません。わたくしはルナレイア・リュミエールと申します。今年17歳になりました」
リュミエールと聞き、ユスティは首をかしげた。リュミエールといえば、光の名をもつ一族。そして、その一族は……。
「リュミエールって、亡国リュミエールのことかい? それならあまり名乗らないほうがいいと思うけど」
「亡国……? わたくしの国が、故郷が、亡国……? そんな……」
ルナレイアは呆然とした。自分が旅立つまでは、たしかにリュミエールという国があった。
「いや、この国……、というか、この世界、かな? の、リュミエール王国は100年前、正確には125年前に滅んだんだよ」
ルナレイアは驚愕した。100年以上も前に滅んだとしたら、自分はどうしてここにいるのか。
「どういう、ことですか?」
「どういうことと言われても困るんだけど。僕が知ってる歴史上のリュミエール王国は、民を飢えで苦しませ、暴徒になった民たちの氾濫によって、滅ぼされてしまった」
「そんな! わたくしの、わたくしの一族がそのようなこと! ありえません!」
信じられなくてルナレイアは叫んだが、すぐに後悔した。大きな声を出すなど、淑女としてありえないことだ。
「申し訳ございません……。賢者さまが悪いわけではありませんのに、はしたない真似をいたしました」
「いや、気持ちは……、残念ながら分からないけど、仕方ないよ」
ユスティはルナレイアの頭を撫でた。消沈している顔が、妹と重なったのだ。
だがルナレイアは、子供扱いをされているようで、恥ずかしくなった。
「あの、その……」
「あ、ごめん」
お互いに、赤面してしまった。
ユスティは、初対面の女性に対してすることではなかったと反省した。
「あ、あの、僕のことはユスティと呼んで欲しい。君のことは、ルナレイアと呼んでも?」
気まずい空気を払うように、ユスティは切り出した。
「ええ、もちろんです」
名前で呼ばれるのは慣れていないルナレイアだが、承諾した。
「ところで君は、どうして僕が賢者だと知っているんだい?」
「……少し長くなるかもしれませんが、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わない。これまでのことも教えて欲しい。君のことも」
ルナレイアは、話し始めた。
わたくしは、銀髪に金の瞳を持つということで、聖女として教会に保護されておりました。保護とは名ばかりで、半ば監禁に近かったのですが。
いつ現れるかわからない魔王のせいで、わたくしは王である父と母から引き離され、教会で過ごしておりました。
魔王が現れたとの知らせを受けたのは、今から二年前のことです。
魔王は世界を混沌に導く。そう言われて魔王を討伐せんと、王は勇者とその仲間たちを選抜いたしました。
勇者であるフォルカさま、聖女であるわたくし、剣姫であるラナリーさま、そして、賢者であるユスティさま。四人というのは少ない人数かもしれませんが、この組み合わせならば魔王を討伐できると、託宣を受けたそうです。
そうして、この四人で魔王討伐の旅に出たのです。
わたくしが賢者であるあなたさまを存じているのは、そのせいなのです。あら? わたくしが存じている賢者さまは、もう少し幼かったような気がしますわ。あの方は確か、19歳だったとか。
失礼いたしました。話がそれました。
わたくしたちはいろいろな国を旅して、魔王の居場所を探しました。もちろん、魔物たちを討伐しながら。
見つけたのはつい先日のことです。わたくしたちは覚悟を決めて、魔王城に突入しました。
途中、たくさんの魔物たちを討伐しながら、魔王のもとへ行き、魔王と対峙しました。
フォルカさまとラナリーさま、ユスティさまは魔王を追い詰めていきました。わたくしは魔法で支援するのみでしたが、魔王はどんどん弱ってきました。
そして、そして……。
「そして?」
ユスティに問いかけられたが、記憶にない。そのあと、何があったのか。
「申し訳ございません。覚えていないのです……」
「ああ、それはさっきも聞いたし、覚えていないのは仕方がないよ。もしかしたらその魔王が、なにかしたのかもしれない」
ルナレイアは自分が不甲斐なく、考え続けた。あのあと、何が起こったのか。しかし。
「あ、あたまが、頭が痛い……!」
「無理して思い出そうとしなくていい! ゆっくり息を吸って、吐いて……」
ユスティはルナレイアの背をさすり、落ち着かせた。
「申し訳ございません。ご迷惑をおかけいたしました」
「いいんだ。それより勇者って、フォルカって言ったよね? この国の今の王が、フォルカ・レスティアって言うんだ。もしかして、同一人物なんてこと、ないよね?」
「どうなのでしょう……。わたくしの勇者さまは、フォルカ・ウィリッツベルトというお名前でした。お会いすればわかるとは思いますが、さすがに一国の王様に会わせていただくなど……」
ユスティは少し考えた。
「大丈夫、会えるよ」
「え?」
「僕、フォルカと幼馴染なんだ。ま、フォルカのほうが二歳年下なんだけどね」
ユスティの二歳年下ということは、今20歳……。そう考えて、ルナレイアは頬を赤らめた。
「どうしたの? 赤くなってる」
「わたくし、フォルカさまをお慕いしておりますの……。フォルカさまの20歳のお姿なんて……」
「まあ、君の知ってるフォルカとは違うかも知れないし」
ルナレイアがフォルカのことを想って顔を赤らめたことに、なぜか不機嫌になったユスティ。
「とりあえず、今日はもう遅い。明日の朝一番で、フォルカに連絡してみるよ」
「よろしくお願いいたします」
ルナレイアはユスティに頭を下げた。
「ああ、ベッドはそのまま使ってもらって構わない。僕は別室で寝るから、気にしないで」
そう言ってユスティは別室に向かう。ルナレイアは妙齢の女性だ。同じ部屋で休んだとしれたら、大事になるかもしれないとの配慮だった。
ルナレイアにそれがわからないわけがない。配慮に感謝し、礼を告げる。
「ありがとうございます。ユスティさま。ベッドをお借り致しますわ」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさいませ」
突然自室に現れたルナレイアを疑念に思わなくはなかったが、ユスティはそれを堪え、今日は寝かせることにした。疑念を晴らすのは明日でもいい。今はこのいたいけな少女を、ゆっくり休ませてあげたかった。
ルナレイアとしても、今日はとても疲れていた。体が重かった。今後のことを考えると、楽観視はできないが、今できることはないだろう。そう考えながら、眠りに落ちた。
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