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櫛木宮殺人事件・上
しおりを挟むはてさて皆様こんにちは。
私は吉川 元春と言います。こんな名前をしているので男性かと思う方もいるんでしょうけれど、しっかりとした女です。
しかしまぁそれは置いといて、これからこの話について説明しようと思いますが、これは簡単に言うと日記のような物です。
あ、でも私の毎日の出来事を書く、といった一般的な内容の日記では無いのですけどね。
例えるとするなら、かの有名な、イギリスの作家であり医者でもあった、アーサー・コナン・ドイルの書いた小説『シャーロックホームズ』シリーズのように、ワトスン博士の視点で書いた物、みたいなものですね。
さてと、ここまでの内容で恐らくはどんな内容なのか大体の人は分かるでしょう。まぁ、分かっていなくても特に問題がある訳ではありませんけど。
そう!これは私の幼なじみであり探偵である月見里皐月の活動を書き綴ったものなのです!ちなみに、皐月と聞くと女性っぽいですけれど、れっきとした男です。間違えないで下さいね?
それじゃあどんどん期待していてくださいね!
────
とは言ったものの、まずは何から書いて行きましょうか………活動を書き綴った、と言いましたがいざ書くとなると迷う物ですね。
いったいどのことから書いていけば良いのやら………なんて考えていると
「春?さっきから長いこと百面相しておるようじゃったが、いったい何を書いとるんじゃ?」
と、聞かれました。
「えっあぁ、皐月は別に気にしないで良いから」
「気にしないで、と言われると余計気になるんじゃが!教えてくれんのか?」
さて、なんと言ったら良いんでしょう。まあ、特に誤魔化す必要も無いんですけれど。それでも、流石に書き途中の物を見られるのはなんとなく嫌ですからね。
「……はぁ、ただの日記よ。あまり見られたく無いから気にしないでって言ったのに」
「日記?なるほど、それじゃあしょうがないのぅ。それにしても、人も来んようじゃし、暇じゃなぁ」
今の老人みたいな話し方をしていたのがさっき言った探偵の皐月です。
あの喋り方は子供の頃からなので、気になってはいたんですけれど、もう治すのは諦めました。それと、春と呼ばれてたのは、元春という名前なのでそう呼ばれています。
それにしても、本っ当に悩みますね。やっぱり、まずは始めのあの事件が良いですかね……
────
始まりは、とある一本の電話からでした。
「もしもし、春かの?春じゃよな?わしじゃ、皐月じゃ、久し振りなのじゃ!さて、突然なんじゃが春よ!今度の土日で山奥の旅館に行くんじゃが、一緒に行かんか?」
というか、皐月からの電話でした。
「そんな何度も訊かなくて良いから。それと、私の電話に掛けてるんだから分かるでしょ。それよりも、私がその日に仕事だったらどうするつもりだったの?」
「そこの所は大丈夫じゃ!公務員は完全週休二日制が多いし、春の所は土日が休みじゃろ?それに急に仕事が入るとしても春の所なら大したこと無いんじゃないかの?」
「いや、まあそうだけど」
あ、伝えてませんでしたが、これでも私は警察官なんですよ。それも警部です。
「で?その旅館って、どこにあるの?」
「櫛木宮という名前の旅館で、車で半日も掛からない程度の距離にある唐須山の中じゃよ」
「どこから出発したらそうなるの?」
ちなみに、私が電話しているのは警察署です。
「ん?わしの所じゃが?」
「そうなの?…まぁ良いけど」
念のために言っておくと、私の勤務している警察署の地域は事件がとても少ないんです。
なので警ら隊以外だと仕事があまりないんですよ。刑事も多いですし。
ま、それだけ平和ってことだから良いんですけどね。
「じゃあ、今度の土曜の朝に行くわね」
「分かったのじゃ!それじゃ、待っとるからの!」
とまあ、こんな感じで私達は旅行に行くことになったのでした。
────
土曜日の朝、私は前日の夜に用意しておいた荷物を持って、早速皐月の元へ行ったのです。
皐月のいる探偵事務所は四階建てのビルの三階にあるんですが、一階にはカフェが入っていて、二階がラーメン屋になってるんですよ。
しかも、そこの塩豚骨チャーシューメンがまた美味しいのなんの!……失礼、ちょっと興奮してしまいました。ただ、本っ当に美味しいんですよ!塩と豚骨の、絶妙な味のハーモニーのようなものが!
閑話休題
いやーこれいろんな本で使われてて、一回やってみたかったんですよ。
とまあそれは置いといて、とにかく私は皐月のいる探偵事務所の入ったビルの前まで来ました。
「おや、春ちゃんかな?おはよう。こんな早くにどうしたんだい?」
すると、カフェの看板を準備していたカフェのマスターにあいさつをされました。
「おはようございます、康平さん。ちょっと皐月の所へ行くんです」
康平さんは今年で七十歳になるのに杖もいらないほど元気な方で、髪の毛も黒いので初見だと年齢を当てれる方はほぼいないでしょう。
「皐月くんなら、さっき寛斗の所へ行ったからもう少ししたら帰って来ると思うよ」
「そうですか、ありがとうございます!」
「いやいや、気にしないで」
寛斗というのは私と皐月の同級生で、康平さんの孫で、近くでお店をやっているらしいです。らしい、と言ったのは私がまだ行ったことが無いからですよ。
で、皐月がその寛斗の所へ行ったということは、何かを頼まれた可能性が高いですね。
あぁ、こう思ったのは何故かというと、前にも似たようなことがあったんですよ。
しかも、その時もちっちゃな旅行みたいになったんで、今回も恐らくはそうなんでしょう。
とまぁ、色々考えてるうちに皐月の探偵事務所に着きました。それで、ドアノブを回すと鍵が開いていたのです。
「無用心だなぁ」
思わず心の声が漏れてしまったようです。その時、階段をかけ上がる音がして直ぐに
「ほんの、ハァ、ちょっとの時間、ハァ、ぐらいは、ハァ、大丈夫じゃ。ゲフォッ、ふう。なんせ、ここには盗られるもんなんぞ、置いとらんからの!にゃっはっは!」
という声が聞こえて来ました。
「なんだ、もう帰って来てたの?というか、大丈夫?」
その声の主は、そう!この探偵事務所の探偵、皐月でした。
「うむ!たった今帰って来たのじゃ!それとさっきのはただの息切れじゃ。走って来たからの。にしても早かったのう、春。これでも、春が来る前に間に合うかと思ってかなり急いで帰って来たんじゃが……」
なるほど、だから咳き込んで、顔がうっすらと赤くなってるという訳か。と、私は思った。
「あぁ、ただ単に私が早く来ただけだから気にしないで」
「そうかの?所で、準備は終わっとるんか?終わっとるんなら出発したいんじゃが」
「それは大丈夫、もう終わってるから」
「それなら良かった、じゃあ早速出発なのじゃ!」
皐月はそう言いながら、事務所の鍵をしっかり掛けてから車庫へ歩いて行きました。
「はいはい、置いてかないでよ」
まぁ、一階まで降りて行くだけなんですけどね。
────
出発してからおよそ五、六時間ほど経った頃、私達は旅館『櫛木宮』へ到着しました。
「ん~、空気が気持ち良いのじゃ!」
この場所は、標高が七百メートル程度の山にあるので涼しく、空気も綺麗でした。
「それじゃあ早速行こうか、皐月」
「うむ、そうじゃな!」
私と皐月は荷物を持った後、旅館に入ったのですが………
「はぁ!?ふざけんな!西嶋の奴、何やってんだよ!」
「ちょっ!?東悟!声が大きい!」
「そう言う毬奈も、十分声が大きいわよ」
急に怒鳴り声が聞こえて来たんです。
「むう、随分と声が大きいのう。少し耳が痛かったわい」
「大丈夫?まぁ、あの人達もあの人達で何かあったみたいだけど、取り敢えずは受付に行こうか」
少々気にはなったんですけど、あまり人のことに首を突っ込むと良いことが無いのでやめておくことにしました。
ただ、私はこの後少し後悔しました。もしここで話を聞いていたら違う結果になっていたのではないかと。まぁ所詮、たらればの話ですけれど。
ともかく、私達はまず受付へ行きました。
「いらっしゃいませ、当旅館へようこそ」
「予約してあった月見里じゃ」
「はい、月見里様ですね、それではこちらの鍵をお渡しいたします。この鍵は百日紅の間でございます。ではどうぞごゆっくり」
そして鍵を受け取った皐月と一緒に二階にあった百日紅の間へ向かって行きました。
────
「おお!すごいのぅ!山の向こう側まで見えそうじゃ!」
部屋へついてまず、皐月は窓を開けていました。そして子供のようにはしゃぎ始めていたんですけど、やっぱり同い年と思えないぐらい子供っぽいです。
「へー、確かに遠くまで見えるわね」
「ここは夜になると星空が見えるそうじゃ!」
「それは楽しみね。所で皐月、ここに来たのって寛斗の用事?」
「む?……むう、ばれておったんか」
むしろばれてないとでも思っていたのか、何故か悔しそうな顔になった皐月は、やっぱり子供にしか思えないです。
「まぁそうじゃが、頼まれた物も渡したことじゃし、存分に楽しんでいくかのう!荷物を置いたら散歩にでも行こうではないか!」
「はいはい」
全く、どうしてこんなに元気なのか知りたいですよ。子供ですか、皐月は。
「さて、出発じゃ!にゃっはっは!」
長年の疑問でもある猫みたいな笑い方をしながら歩いて行く皐月に、私はため息をつきながらついて行きました。
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