愛バラ

麻生空

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エンゲージリングと言う名の6

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「な……何を言ってますの?そんな事あるわけないでしょう!」
私は真っ赤な顔で兄に抗議していた。
「あの殿下だよ。十分警戒しないと」
どんな殿下だよ。
あっ。
腹黒鬼畜でどSだった。

思わずポカンとそんな事を考えてしまう。
「まぁ。それは良いか(もう直ぐ結婚するんだし)」
イヴァンは半ば諦めた様にそう言うが
「全然良くないです」
濡れ衣を着せられた様な気分になった私はそうはいかない。
だって、想い出の君でもあるお兄様に、私と殿下が既に致したと勘違いされているんだよ。
ここは絶対訂正しておかねば。
「でもさ。エマ」
イヴァンはそんな私に溜め息交じりにこう告げた。

「今エマの身体から出ている魔力はセドリック殿下の魔力が交じっているよ。それもかなり濃厚に」
「えっ?」
イヴァンのげんに私は瞠目どうもくしてしまう。
「基本的に相手の唾液等でも魔力は移るけど、その量はもうやったとしか思えないね。それもかなりの量だよ」
イヴァンの冷めた様な視線に……って言うかあの優し気な想い出の君から「やった」とか「かなりの量」とかって言葉を聞くとは思わなかった。
下世話な会話を意図も簡単に言うなんて。
って、単品で聞けば普通の言葉なのに厭らしさが半端ない。
パクパクと魚の様に口を動かす私にイヴァンは失笑する。
「ハハハ。ごめんエマ。からかっただけだから」
本当にそうだろうか?
いや……全然そうは見えないし、私が納得いかない。
「エマの匂いはまだ処女の匂いだからね。そんな事が無い事は分かっていたよ」
思いっきり目を見開く私にイヴァンは更に追い討ちをかけてくる。
「しょ……処女の匂いって……そんなの分かるんですか?」
処女の匂いって何だろう?
匂いに違いがあるの?
「うん。分かるよ」
イヴァンは蕩ける様な笑みをみせる。
危うくほだされる所だった。
体制を建て直し更に質問する。
「どう違いが分かるのですか?」
「違いと言うか『アリア』と契約を交わしてからなんだけど、魔力や匂いの違いが解る様になったんだ」
イヴァンは静かに言葉を紡ぐが内容がちょっと怖い。
「それって、私の匂いがあの時と変わっていないから分かったと?……何故お兄様は処女じゃなくなると匂いが変わる事をご存知なのですか?」
疑問が確かな形で私の中に作られる。
「まぁ。体験済だから?かな?」
何でしょうかね、その『体験済』って。
自体験なのか、それとも……。
思わず胡乱うろんな目で見てしまったのは不可抗力だと思う。
だってアリアと契約を交わしたのって一昨日の事だから……。
まっ……まさか……あの日、あの流れでアンと致したのでしょうか?
思わずそんな風に考えてイヴァンを見てしまう。
「まぁ。この話はここまでかな。お互いに言いにくい事があるからね」
イヴァンはそう言うと食事の手を進めた。

はぐらかされた~!!
私は呆然とイヴァンを見ていた。
大体、この話題はお兄様からしたのに、自分が都合悪くなると逃げるだなんてずるいわ。
何となく食欲もないのでホークだけをカチカチと言わせながらイヴァンを見ていた。

食事も終盤になった頃イヴァンが珍しい物を見る様な目で私を見てきた。

「全然食べてないね。あの大食漢のエマが」
イヴァンに指摘されてふと手元を見る。
殆ど食べていない朝食。
「今朝はあまりお腹が空いていない様でして……」
「ふ~ん」
イヴァンの明らかに不信そうな目に『何故お腹が空かないのだろう?』と思ってしまった。

だって昨日はキャサリンと朝食を食べてから何も食べていないはずなのだから……。

「まぁ、どちらにしろこの話は良いよ。もう直ぐセドリックも来るだろうしね」

そう言うとイヴァンは食後のデザートとばかりに果物へと手を伸ばす。

そんなイヴァンを見ても、正直食欲がわかない。
いつもだったら私も負けじと果物を取っていただろうけど、本当に食欲がない。
私はそのままホークを置いた。

朝食が終わると暖かい紅茶が運ばれて来て、話題がセドリックからオーウェンに変わる。

「昨日急に顔を見たいと手紙が来てね。忙しいと言ったんだがなかなか引かない。しかたがないから今日の昼頃に会う約束になったんだ」
「はぁ……」
あまり脈絡がない話の展開に頭が『?』になる。
「オーウェンは仕事仲間としては頼りになるが、人としての趣味嗜好は別だからね。嫌な予感がしたから、今日オーウェンが来る事をセドリックに報告したんだ」
お兄様、それって「チクった」と言いませんか?
「だから、どんな公務もそっちのけで家に来ると思うよ」
「それって不味くないですか」
「大丈夫。そんな時はライアンが何とかするから」
「はぁ……ライアン様が……」
「多分セドリックはエマを連れ出しに来ると思うよ」
何故そうなるのか?
「だってさ。オーウェンは年齢とか気にしないで既成事実とか作っちゃうタイプだよ。セドリックだって長い付き合いだからそれくらい熟知しているはず。エマに仮面を着けて牽制するのも限界がある。事実昨日何かあってオーウェンはエマに興味をもったんだから」
意味あり気にイヴァンが言うが、まさか虎の尾っぽを踏んだとばかりにオーウェンの足を踏んだら『M』のスイッチを押してしまっただなんて……思い出すだけで気持ち悪い。
攻略対象との接触をセドリックが躍起になって回避してくれるのならとても有難い。
それに、気のせいでなければ私は既にセドリックからは逃れられない様に思う。
正直、昨日の様に私を気に掛けてくれたり、贈り物も自身の労力で稼いだお金で買ってくれたりと、なんだか気持ちがほっこりして来る出来事に私自身もぐらついているのも事実。

鬼畜で毒舌で冷たい人だと思っていたのに凄く優しいし、それに国民の血税と言う考え方がその人柄を横柄ではないと物語っている。
人でなしだと勝手に思っていたなんてセドリックに申し訳ない。
正直王太子妃なんて私には務まらないって思う気持ちも大きいけど、憧れの想い出の君が実の兄という今、セドリック以上の物件はなかなか無いように思う。
性格の問題も私の勘違いの様だし。


「おい。エマ。聞いているかい?」
考えて事に集中し過ぎた私にイヴァンが声をかける。

「えっ。ごめんなさい。お兄様。少しボーっとしてしまいましたわ」
「てへ」とお茶目にして見せると。

「可愛い」
とボソリと横から声が聞こえた。

はっとして横を向くと、そこにはセドリックが立っていた。

「おはようエマ。魔力もある程度戻った様だし、今日はこれからまたジェイカル商会に行こうか」
『あっ約束の件だ』と思い至り「お手数お掛けします」とセドリックの手をとりながら礼をする。
セドリックはそんな私に少し困った様な顔を向けたが直ぐ様イヴァンの方を見た。
「ではイヴァン。今日は1日エマを借りて行くよ」
「はい殿下。妹の事宜しくお願い致します」
イヴァンは深々と礼をすると私の方を見て
「あまり無理はするなよ」
と優しく言った。

「大丈夫だよイヴァン。私が隣にいるのだから」
そう言うとセドリックは私の手をとり手首にキスを落とす。
ドクンと心臓が高鳴るのを感じて思わず目を伏(ふ)せた。

そんな様子を見ながら「全然セドリックの事を分かってない……だから心配なんだ」とイヴァンがボソリと呟いた事に私は気付かなかった。
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