愛バラ

麻生空

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取り敢えずセドリック一択で8

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「エマ嬢」

何かを期待するような眼差しでオーウェンが私を見つめて来る。

「さぁ、私をもっと踏んで下さい」

「……」

無理です。



私は一歩後退り、回らない頭をどうにか回す。

てっきりオーウェンは『S』と『M』で言えば『S』だと思っていた。
だって攻略対象だよ。
サディスティックな方が良いよね。

あっ。
勘違いしないで下さいね。

私はいたってノーマルですから。
それに、やだよM男なんて……。
それにどちらかと言うとS男の方が良いと思うし……。

って違う。

私にそんな趣味はない。

断じて無い。



ジリジリと近付くオーウェンは
「あぁ。何ならロープで縛ってから踏んで下さい」
何処からともなくロープを手に取り恍惚とした顔でレベルを上げて来た。
「どっから出た!?そのロープ」
思いっきり素で聞いていた。

「フフフフ……愛の道具は何時でも取り出せる様にと服に仕込んでいるんだ」
妖しく微笑むオーウェン。
意味解らん!
「さぁ、エマ嬢。この私の愛の道具を受け取ってくれ。そして、このロープで私と更なる高みへと共に登ろう」
妖しく笑うオーウェン。

「その要求にはお応え出来ませんわ」


一歩一歩後退する私に
「つれない人だ。こんなに私をいたぶっておいてそれはない」

何をおっしゃるのか?

「私一回しか踏んでないわよね」
真顔で反論していた。

「痛恨の   一 ・発   でしたよ」
『はぁ』と甘い溜め息をつかれる。


一発に妙なアクセントがついていて何か厭らしく聞こえるのは気のせいかしら?
そんな事を考えていると踵が壁にぶつかっていた。

「さぁエマ嬢。私をいたぶって下さい。罵ってくだしい。さぁ。さぁ」


無理無理……絶対無理。
何を言っても喜ばれる様な気がする。


セドリックとは違う意味でヤバいと思った。


ジリジリと距離を詰めるオーウェン。



その時。




「オーウェンそこまでだ」



ヒーローは美味しい所で登場すると言う。

「「セドリック」」

思わずハモってしまったが、その声色は真逆だった。


オーウェンは苦虫を噛み潰したような顔をし、私は涙目になっていた。



「おいでエマ」

セドリックの声に促され私はその胸にと飛び込む。


これも、誤解が無い様に言わせて貰えれば、変態な要求に私の頭が思考停止していた為に起きた奇行きこうだ。
いつもだったらこんな事はしない。

だって変態の前でセドリックが一瞬神に見えてしまったのだもの。
『よしよし』と頭を撫でて来る手が何処と無く優しい。

何時もの厭らしい手付きでなかった為に、私は心理的にほだされてしまったのだ。
後から思うにこれは一種の『吊り橋効果』だったのでは?とも思う。

何処までも優しいセドリックの包容に『他の攻略対象怖い』と思い、そんな私に『もうセドリックで良いんじゃないか』とキャサリンの声が聞こえたようにさえ思う。


少しして落ち着いて来た私にセドリックが耳許で優しく囁く。
「部屋の外でキャサリンが待っているから行っておいで、私はオーウェンと少々話があるからね」
思わずキュンとしながらコクコクと頷き私は部屋を出た。

そこには心配そうに待つキャサリンが居て、部屋から出て来た私をぎゅっと抱き締めてくれる。
「もうエマ。心配したんだからね」
心底心配そうに言われた私は何かが切れたかの様に泣きながらキャサリンにしがみついた。
「キャサリン。怖かったよ~」
ワァワァと泣く私をあやしながら別室へと招き落ち着くまで待ってくれる。

本当何て優しいのか。
泣いていた為に仮面を外した私にキャサリンはそっと淡いピンクのハンカチを差し出す。
キャサリンの心尽くしに更に涙腺が崩壊したのは言うまでもない。

そんな私が泣き止んだ頃セドリックが部屋に入って来た。

私の顔を見てセドリック苦笑する。
「こんなに泣き腫らして」
そう言いながらセドリックの手が私の目尻から涙を拭う。
「今日は私が屋敷まで送って行くから帰ろうか」

え?
送る?
セドリックが?

目をパチクリさせるも、泣き腫らしたまなこが視界を歪める。

まるで以前の私の様だなと思っていると

「相変わらず可愛くないね。それで殿下の婚約者って……殿下の趣味を疑ってしまうよ」
子憎たらしい台詞を吐きながらオーウェンの弟のジャックが現れる。

出た~メンヘラ。

思わずガン見しているとセドリックが嫌な顔つきになる。

「私の婚約者に大層な物言いだね。ジャック」

体感温度が二・三度下がった様に思う。

思い返せばこの兄弟に良い思い出は無い。

常に貶されていた様に思う。

そう言えば記憶が戻る前のキャサリンにも嫌味しか言われた事がない様な……。

でも今はとても献身的に私の相談にのってくれる大切な転生仲間だ。

そう思っていると
「いくらお兄様でも私のお客様に失礼な物言いは許せませんわ」
機嫌悪くキャサリンはジャックを嗜める。

「悪かったね。キャサリン」
ジャックはそう言うとセドリックと私の方へと向き直り。

「殿下もエマ嬢も失礼致しました。この埋め合わせはいずれ」
ジャックは深々と一礼するとその場を辞した。

「本当に兄達がごめんなさい。今度はこんな事が無い様に私がお伺いするわね」
キャサリンが苦笑気味にそう言えばセドリックが「そうしてくれ」と短く返した。

そして私はセドリックに背をとられながら帰路につくのだった。

あまり色々な事があった為に邸からの去り際、セドリックとキャサリンがアイコンタクトをとり、キャサリンがほくそ笑んでいたなどと気付きもしなかった。

そして、去り行く馬車を遠くから熱い眼差しで見つめていたオーウェンにも気付かなかった。
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