妾はバイトすることにしました

27家畜の餌ですか

静まり返る訓練場に

「キュルルルル………」

と言う音が鳴り響く。

「おや、どうやら朝から超特急で飛ばして来たので、この子達がお腹を空かしてしまったようですね」

まぁ、想定より早い到着だし、食事をしないでやって来た事は想像に硬い。

「ルーク、白竜に餌をあげたいんだけど、ここにはこの子達が満足する食事はあるかな？」

流石キルト。

どもる事もなく私の偽名をスラスラと呼んだ。

「多分………ある？かな。ねぇジル兄上」

私は思わずジルベルト様に事の次第を振った。



ジルベルト視点＊＊＊＊＊＊＊

昼頃到着と聞いていたルクス嬢の竜は午前の模範試合の最中に空より舞い降りた。

それも、恐れていたあの天才………否、天災を連れて。

初めてお会いした時はだれかが「空より舞い降りた黒い天使」と言ったのを思い出す。
スラリとした体躯にピタリとあった執事服。
黒髪を綺麗に撫で付けた美丈夫はまるで一枚の絵画のようだった。

ただし、その残酷なまでの強さをしらなかったから思った事で、その強さと傲慢さを知った今となっては天使の部分には全否定したい思いだ。

故に、勿論想定していなかったか？と聞かれれば、彼女がラッセン領から来たと聞いた時から嫌な予感はビリビリしていた。ましてや令嬢の癖に愛竜が来る話から、誰が連れて来る事は想像に硬かった。
強いて言えば理解してたくないと頭が言っていたというか………。
兎に角、心の何処かではキルト様でない事を祈っていたのも確かだ。

何せあのキルト様が出る国からの魔獣討伐要請は無敗を記している。

それがSS級の魔獣でもだ。


故に、空より舞い降りた忘れもしないその姿を見て、私も団長も確実に固まってしまったのは致し方ない出来事なのだ。

だから、英雄の孫と言う七光りバカのザインが、命知らずにもキルト様に突っ掛かるのを防ぐことが出来なかったのは仕方がない。

もう心の中ではキルト様の慈悲に縋る思いだった。

『どうか死人だけは出ませんように』と。

しかし、それは要らぬ懸念だったようでキルト様はザインを軽くあしらった程度に留めてくれた。

ホッとしているのも束の間でキルト様が私達にも相手をするようほのめかす。

正直荷が勝ち過ぎている。

ここは丁寧にお断りし、どうにかしてキルト様には穏便に退出して頂こうと思案する。

すると、丁度良い時にキルト様が連れて来た白竜のお腹が鳴った。

固唾を飲んでタイミングを見計らっているとルクス嬢が助け船を出してくれる。

「多分あるよね。ねぇジル兄上」

ルクス嬢が振り返り様に私にそう問い掛けていた。

確かに、竜の為の餌は貯蔵してある。

定期的な魔獣討伐の後に魔方陣で鮮度を保つようにしてある貯蔵庫にそれなりの量が入っている。

魔獣は伝説のSSS級(神話時代の存在)から始まりF級までの９段階で区切られている。

普段多く見かける魔獣はF級で、これは冒険者の駆け出しに良く討伐する対象だ。

また、この辺りからD級までは特別な調理をしなくても食せる肉になる。

ただ、竜(成獣したもの)は魔獣で言うとA級からC級に属する。

食事もかろうじてD級を食すが、基本はB級かC級を好む。

我が騎士団の貯蔵庫にあるのは殆どがC級だ。

果たして伝説の白竜がそれで満足してくれるか………。

しかし、ここで無いとは言えない。

「お口汚しかとは思いますが、貯蔵庫へご案内致します」

団長を見るとコクリと頷かれる。


そして、我らが騎士団の誇る竜の食事を貯蔵している貯蔵庫の扉を開いた瞬間、貯蔵庫の中ではない方向から冷気が漂って来た。

恐る恐る後ろを振り返るとキルト様の目が冷ややかに笑っていた。

「これがこの国最強と歌われた竜騎士団と魔術師団の知恵の結晶？家畜の餌ですか」

不機嫌なキルト様の隣ではルクス嬢が困ったような顔で「やっぱりか………」とため息をつかれていた。