女神様の宝石箱

麻生空

文字の大きさ
上 下
17 / 24

ロバート

しおりを挟む
「お久しぶりです。殿下」
神父はそう言って深々とお辞儀をする。

「私もうろ覚えだったが、やはり十数年前に失踪したロバート叔父上か……」
そう言って自身の叔父を見た。
「はい、アレ……「アルだ」」
アルの鋭い声にロバートは一瞬たじろいだ。
「敬称も何もいらない、今は只のアルとして」
「はい。賜りました」
ロバートは恭しくアルへ頭を下げる。
「まずは、何故出奔しゅっぽんしたのかお聞きしても?」
アルの問い掛けに一瞬の間があり、ロバートは困った様に笑った。
「元々女神様が掛けられた呪いは、気持ちの通じ合ったキスを自身が決めた相手と……とありました。故に皇族は政略結婚が出来ない。私も相思相愛の伯爵令嬢に恵まれネックレスの呪いが成就するものと思っていたのですが、彼女は次第に私個人よりもその権力に目がらんで行きました。カウントはそこで止まり進むことはありませんでした」
ロバートは何処が遠い目で天井を眺めた。
「そんな私に二度目の恋がやって来ました。庶民出の文官です。彼女は控えめでとても気の利く娘でした。交際は順調に進んだのですが、ある時を境にやはりカウントをしなくなりました。だから問い掛けたのです。私を権力無しの個人として愛してはいないのか?と」
そう言いロバートはお茶をぐいっと飲み込んだ。 
「『貴方の権力も貴方の一部。愛しております』と」
すっとアルの方を見たロバートは更に話を進めた。
「二度も裏切られた思いがしました。もう誰も愛せないのだと……それで、身分も何もかも捨ててここへ来たのです」
「そうか……それでジュリアに会ったのか……」
「はい。まさか殿下の婚約者だとは……そんな噂など全然入らず。恥ずかしい限りです」
そう言いながらロバートは新しいお茶を注ぐ。
「いや……実はジュリアは私の本当の身分を知らない」
「は?」
「元々兄弟から暗殺者を差し向けられて逃げている最中だったんだ」
「暗殺者ですか……噂は聞いておりましましたが……まさか本当とは……で……アルは何故兄君がたから暗殺者など……」
あの聡明な兄君達が何故?
「もともと皇族の男子には呪いがあるだろう?」
「はい」
ロバートは静かに頷く。
「呪いを一早く解いて伴侶を得た者が次の皇帝になる」
それは昔から決まっていた事。
我が一族の暗黙のルール。
「我等皇族しか知らない事実ですね」
何故なら皇帝は次代を作らねばならない義務があるからだ。
「して、何故に殿下の兄君達に狙われる事に?」
あれほど仲が良かったのに?
ロバートはそう思いアルを見た。
「兄君達が選ぶ令嬢が何故かことごとく私に惚れるんだ」
アルはそう言うと苦笑いを漏らす。
「まさか……以前からの悪癖が?」
この小悪魔のような皇子は、昔から思わせ振りな態度をとる事があった。
「どうだろうね。思わせ振りな態度がなかったとは言えないけど……」
意味深に笑うアルにロバートはため息を吐く。


「それで何故逃走中に婚約など?」
問題はそこだ。
「婚約者にした件か?たまたま怪我をして行き倒れていた私を拾ってくれた教会に、今日みたいにジュリアが来て自宅に連れ帰り看病してくれたんだ」
夜通し看病してくれるとか……本当に噂とは当てにならないな。
「はぁ……で、何故公爵令嬢と婚約などと言う事に?」
「たまたまジュリアの呪いの事に気付いてな。面白い女だと思いちょっと添い寝していたら、ジュリアが起きる前に父親が出て来て何故か婚約者になった訳だ」
ロバートは一瞬あんぐりかえってしまった。
「相変わらず悪趣味な悪戯を……」
ロバートのその言葉にアルは苦笑いをする。
「では、ジュリア様は貴方が……」
「何も知らず婚約者になっている。父親には暗殺者が差し向けられている事と本当の身分を話してある。実の娘の安全よりも高い身分を取る様だ」
そう言って笑ってやった。
「処で叔父上。一つお聞きしたい」
「何だ?」
突然の話題の転換にロバートはアルを見る。
「叔父上はどちらの気持ちが離れたと思われますか?」
ロバートは一瞬沈黙した。
それは、自身が伴侶にと望んだ女性達の事だ。
「伯爵令嬢の方は政略結婚しておりますが、文官の方は未だに結婚していませんよ」
そう言ってアルは立ち上がりロバートの方へと歩み寄った。
「叔父上。貴方は愛されていたのではないでしょうか?そして、今も愛されている。だから……それだけは忘れないであげて欲しい」

そっと肩に手を乗せその場を離れた。

それに何か意味があるわけではないが、扉の向こうで男のすすり泣く声が微かに聞こえた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

処理中です...