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あの日、夫のヨキムは3時のおやつに夫人に出す揚げ物を上げていた。

こってりした揚げ物が食べたいと言われた夫はドーナッツを作っていたのだ。
先日竈の煤払いが終わり久し振りの揚げ物をしていた時だった。

突然煙突の方から何かの塊が落ちてきて調理をしていたヨキムは全身に油がかかってしまった。

悪い事は続くもので、そんな夫に竈の火が引火。

一瞬にして火だるま状態になってしまった。

私はあわてて水瓶から水を取ると夫にかけた。

心のどこかでは『もうダメだ』と思いながらも必死に水をかける。

そんな最中、ユイナお嬢様が現れて夫と私を暖かい光が包んだ。

私の目の前で火傷で爛れてしまった夫の顔が元の顔に戻って行く。

まるで、さっきの出来事が嘘のように身体に出来た水疱も何もかにもなかったように消えていた。

ただ、それが現実にあった事だと思わせるように服だけは焼け落ちている。

「これは……」

夫の息を確認すると、穏やかな寝息をたてていた。

ドサン。

何かが倒れる音がして後ろを振り返るとユイナお嬢様が倒れていた。

息を確認するとこちらも穏やかな寝息をたてている。

取り敢えず、私はユイナお嬢様をベッドへと運ぶ事にし、ユイナお嬢様を抱き抱えた途端に、腰の痛みがない事に気付く。

あんなに長い間痛かった腰の痛みが一切ない。

「まさか……回復魔法?」

この世界には魔法使いと言われる人達がいる。
魔法は100人に一人と言われている能力で、ろうそくに火を着けるだけでも平民から貴族の養子になるほどだ。
それが、魔法使いと呼ばれるまでの存在となると1000人に一人いるかどうか。
この国の魔塔と呼ばれる場所にも50人に満たない魔法使いしかいない。

中でも希に回復魔法を使える者もいて、そういった者達は聖者や聖女と言われる。
主に神殿で人々を助けるらしい。

しかし、貴族であれば一族の誉になるかもしれないが、その生涯は自由はなく、何時も裕福な王公貴族の治癒をしているのだとか。

基本的に聖女は未婚の者がなるもので、多額の寄付をする事で神殿を去り結婚するのだとか。

聖女になれば、相手の身分を問わず何処へでも嫁に行ける事から貴族のステータスとして、回復魔法が使えなくても聖女になる令嬢も多いと聞く。

要は、結婚する時の箔付けなのだ。

聖女だったと言うだけで、男爵令嬢でも王族と結婚出来るのだと言う。

寄付金にしても、嫁ぎ先から出して貰える事もあり、下級貴族の令嬢程聖女に志願する者が多いと聞く。

但し、先程も言ったように多額の寄付金が必要で、そうでなければ一生を神殿で過ごさねばならない。

「この事はバレたらユイナお嬢様は一生自由には過ごせない」

夫のヨキムが目を覚ましたら、この事は誰にも言わず墓まで持って行く事を約束しなければ。

そう思い私はユイナお嬢様の頭をそっと撫でた。

それから丸2日も目を覚まさないとは思いもせずに。
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