境界の国

麻生空

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「シオン様こちらをお向きになって~」

廊下側の教室の窓越しに下級生の女子生徒達が騒いでいる。
主に前に乗り出しているのは貴族の令嬢だ。

「おい、シオン様。ファンの達がお呼びだぞ」
ジョナサンはそう言うと読書にふける友人の頭を小突いた。
「キャーッ」
その途端に黄色い悲鳴が鳴る。

「これって何特ですか~」
「死んじゃうかも~」
「絵になりすぎ~」

数名の令嬢方が悶絶している。

毎度の事ながら思うんだ。
「腐女子スゲー」
ジョナサンは他人事のようにそう言う。
「お前のせいだよ。それに彼女達は私の性別を知っているのだから腐女子と言う言葉は当てはまらない」
シレッとそう言うとアナスタシオは席を立った。

廊下へと移動するアナスタシオ。
「「「シオン様」」」
女子生徒達が殺到する。

何せもうすぐ卒業してしまうのだ、今生の別れのような女性陣の包容の中へアナスタシオは平気で身を捧げている。

「あの。あの」

数人の女子生徒が大きな箱をアナスタシオへと差し出した。
「シオン様の事を思い。有志一同で作りました。是非卒業式で着て下さい」

その場に集まった女子生徒達が潤んだ瞳でこちらを見つめる。

「ありがとう。君達の気持ちは有り難く頂戴するよ」
アナスタシオはニコリと笑いかける。
すると、そこに集った女子全員が「きゃ~っ」と派手に悲鳴を上げたと思ったら、数名の女子生徒が萌え死にした。

そんな様子を教室の中から見ていた同級生一同は「シオン王子恐るべし」とボソリと呟いたと言う。


何故こんなに女子が女子にモテるのか?

元々スラリとした肢体に美形顔。
紫の髪はこの国でも珍しく、本人に言わせれば高値がつくというらしい。
孤児院の為にと、髪を伸ばせば直ぐに切って売ってしまう。

そんな彼女は人当たり良く、特に女性に優しいフェミニスト振り。

平民の、それも孤児の癖に気付けば「王子様」扱い。

勿論その方が色々食べ物を貰えるとあってアナスタシオも黙認している。

但し、弊害として誰もアナスタシオと特別な関係になる者がいない。
つまり、女友達がいないのだ。

何故なら女子達の紳士同盟ならぬ婦女子同盟と敵対したい怖いもの知らずはいないからだ。

そして、倒れた女子に「大丈夫?」と問い掛けたアナスタシオに、婦女子同盟のリーダーでもある公爵令嬢レイチェルが「大丈夫ですわ。私達で医務室へお連れしますので」と軽くアナスタシオに言う。

勿論、アナスタシオもそれ以上は突っ込まない。
と言うのも、以前倒れた女子生徒をお姫様抱っこして大事件になった事があったからだ。

故に、今の不思議な距離感を取っている。

そして、卒業式の服を手に入れたアナスタシオは
「大切に着るね」
と再び微笑んだのだ。

多分。

きっと。

あれは男性用の正装だと思う。

友人達が遠い眼差しでその箱を見ていた。
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