祠に願い事をする話

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祠に願い事をする話

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最初は父親だった。全身がずきずき痛むのを堪えて、森の中にあった祠に手を合わせた。
「どうかあのくそったれの父親が死にますように」
祠が光るとか、優しい声が聞こえるとか、そういう夢みたいなことは少しもなくて、俺は涙を堪えながら家に帰った。

でもその夜、俺たちを殴って暴れる父親は、家の風呂で溺死した。

その次は借金取り。クソ野郎な父親の残した借金を少しでも俺たちから毟り取ろうと家の前で暴れたり、玄関の扉に貼り紙をしたりしてきた奴。妹が膝を擦りむいて帰ってきたその晩、俺は祠に手を合わせた。
「どうか、あの借金取りがもううちに来ませんように」
次の日から借金取りは来なくなって、俺と母親は必死に働いてどうにか借金を返すことができた。

その次は、パートで働く母親にセクハラしてくる店長。次の日にはいなくなっていた。その次は妹に意地悪をするクラスメイト。いつの間にか転校していた。

だんだん自分の願いに歯止めが効かなくなって来るのがわかっていた。

だから、これだって自業自得なんだ。

「…俺に説教ばっかりして来る兄ちゃんが居なくなりますように…!」
夕暮れ、そろそろ薄暗くなる橙の中。祠に手を合わせる制服を着た弟の小さな背中。だんだん家に帰って来るのが遅くなってきた中学生の弟を叱ったら、家を飛び出して出て行ってしまって、そこら中探して見つけたのが祠の前だった。

弟はもしかして俺が祠に願いをかけるのを見たのだろうか。それか、俺と同じようにただ何となく祠に願っているだけなのだろうか。
どちらでもいい。俺は明日には弟の前から居なくなる。絶望と、ほんの少しの安堵、心の中で、家族が幸せに過ごせることを祈る。それなのに。

ほんの一瞬、瞬きの間に弟は消えていた。

「…え?」
祠までの道は一本道。道の真ん中に立つ俺にぶつからずに通ることは出来ない。そもそも振り向けば俺に気づいたはずだ。弟だって何かを言うはずだ。

俺じゃなくて、弟が消えた?

さあっと顔が青ざめるのがわかる。転がるように祠の前に座り込んで目を瞑って祈る。
「ごめんなさい、ごめんなさい。弟を返してください!大事な弟なんです!だから、だからどうか…!」
祠に額がつくぐらい深く頭を下げる。

「…兄さん?何してんの?」
後ろから声がした。振り返ると訝しげな顔をした弟の姿。安堵で足から力が抜けた。崩れるように座り込んだ俺を心配して弟が駆け寄って来る。
「何これ?石?祠って奴?」
不思議そうな顔をする弟の手を引いて立ち上がる。
「いいんだよ、知らなくて。お前には関係ない奴だよ」
あ、いつもならこんな言い方すると弟に拗ねられる。そもそも叱りすぎて出て行ってしまったのに。そろりと弟の方を伺うと、きょとんとした顔の弟がいた。
「そうなの?じゃあいいけど。あ、てか兄さんごめんね。出てっちゃって。俺が悪かったよ。もうやらないからさ」
珍しくしおらしい弟に思わず笑みが溢れる。外に出たことで弟の頭も冷えたのかもしれない。
「いいよ、俺も怒りすぎたし。帰ろう。今日はハンバーグだよ」
「やった、兄さんのハンバーグ好き」
隣に並んだ弟が手を繋いでくる。珍しい。中学生になってから手なんて繋がせてくれなかったのに。嬉しくて手に力を込める。
「じゃ、一緒に帰ろう、兄さん」
まだまだ俺よりも頭の位置の低い弟とくっついて、俺たちはふざけ合いながら家に帰った。
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