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買い物
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「この店が良いだろう」
シルヴァン様が立ち止まったのは一軒の小さなお店だった。店の窓から洋服が並べられているのが見える。入り口には『ワインドの仕立て屋』と書かれた看板が掛かっている。シルヴァン様が先に立って店の中に入る。何やら作業をしていた男の人がこちらを見て驚いた顔をした。
「おやっ、子爵様。なんのご用ですか?シャールカの服は最近は頼まれてませんよ?」
「いや、シャールカじゃない。今日は彼女の服を仕立てに来た」
シルヴァン様に手で示された私を見て男の人は驚いた顔をする。
「…新しい使用人さんで?」
「いや、妻だ」
「妻!?」
声をひっくり返らせた男の人は私の前に立ち全身を眺め始めた。なんだか居心地が悪くて目線のやり場がない。
「…ワインド。彼女が困っている。あまり見つめすぎるな」
シルヴァン様の呆れたような声で男の人は我に帰ったようだった。
「あ、これは失礼しました。ようこそ、子爵夫人。私はワインドと申します。今日はどのような服をお求めで?」
どのような服。
私はそこで初めてどんな服を仕立ててもらうのか何も決めていなかったことに気づいた。
どんな服。私はどんな服が着たいだろう。あまり高価にならないように凝った装飾は無しで。あまり時間がかからないように珍しいような生地は無しで…。…いっそ既製品にしてもらおうか。ぐるぐる思考を巡らせていた私はパン!という大きな音ではっとなった。音の出所はシルヴァン様で難しい顔をして手のひらを合わせていた。先ほどの音は彼が手を打ち鳴らしたものだったようだ。
「…とりあえず生地をたくさん出してくれ」
「かしこまりました」
ワインドさんが恭しい礼をした。
赤い生地。青い生地。緑の生地。黄色の生地。他にもたくさんのカラフルな布たちに私は圧倒されていた。
「私のおすすめはこれですかね。この灰色の生地!光沢があって、ほら、触り心地もいいでしょう?お値段も予算内ですし」
確かに着た時に楽そうだし、値段もちょうどいい。
「これに「次のを出してくれ」
「あ、はーい」
返事をしようとしたのにシルヴァン様に遮られる。私が戸惑っている間に新しいものが用意される。
「こういうのはどうでしょう。最近流行りの紫!見てくださいこの艶のある生地。ちょーっと値は張りますが上等なものですよ」
おすすめしてくれるのなら良いものなのだろう。綺麗な生地だし、これでお願いしよう。
「じゃあ、これで「次を頼む」
…私が選ぼうとするたびにシルヴァン様が次の生地を頼んでしまう。いつの間にか私の周りにはおすすめされた色とりどりの生地がうず高く積まれていた。
「…どれでもいい」
呆然とする私にぽつんとシルヴァン様が言った。顔を見るとむすりとした顔をしている。
「値段も、時間も何も気にしなくていい。好きなものを選べばいい。勧められたものをそのまま選ぼうとするな。自分が好きなものを探せばいい」
ワインドも、俺も長い買い物は許す質だ。と最後にぽつんと付け加えられる。後ろの方でワインドさんがにこやかに微笑んでいた。
何も返事が思いつかなくてただ生地を見る。自分が好きなもの。私はどんなものが着たいのだろう。小さい頃はどんな服が好きだったっけ。最初に勧められた灰色の生地はシルヴァン様の髪の色に近くて並んだ時に映えるだろう。紫の生地も同じように。緑の生地ならシャールカの髪の色だから話の種になるだろうし、黄色の生地ならカレルの髪と瞳の色で、カレルに慌てられるかもしれない。全部、全部良いけれど。
「…これに、します」
手に取ったのは青色の生地。滑らかで光沢があって綺麗な色。私の瞳の色は、お母様譲りの青色で、その生地はまさしくそんな色だった。
「そうか」
シルヴァン様がわずかに口角を上げて微笑む。
「はい、承知いたしました。それでは、デザインの方を考えていきましょうか」
「え」
デザイン?
シルヴァン様が立ち止まったのは一軒の小さなお店だった。店の窓から洋服が並べられているのが見える。入り口には『ワインドの仕立て屋』と書かれた看板が掛かっている。シルヴァン様が先に立って店の中に入る。何やら作業をしていた男の人がこちらを見て驚いた顔をした。
「おやっ、子爵様。なんのご用ですか?シャールカの服は最近は頼まれてませんよ?」
「いや、シャールカじゃない。今日は彼女の服を仕立てに来た」
シルヴァン様に手で示された私を見て男の人は驚いた顔をする。
「…新しい使用人さんで?」
「いや、妻だ」
「妻!?」
声をひっくり返らせた男の人は私の前に立ち全身を眺め始めた。なんだか居心地が悪くて目線のやり場がない。
「…ワインド。彼女が困っている。あまり見つめすぎるな」
シルヴァン様の呆れたような声で男の人は我に帰ったようだった。
「あ、これは失礼しました。ようこそ、子爵夫人。私はワインドと申します。今日はどのような服をお求めで?」
どのような服。
私はそこで初めてどんな服を仕立ててもらうのか何も決めていなかったことに気づいた。
どんな服。私はどんな服が着たいだろう。あまり高価にならないように凝った装飾は無しで。あまり時間がかからないように珍しいような生地は無しで…。…いっそ既製品にしてもらおうか。ぐるぐる思考を巡らせていた私はパン!という大きな音ではっとなった。音の出所はシルヴァン様で難しい顔をして手のひらを合わせていた。先ほどの音は彼が手を打ち鳴らしたものだったようだ。
「…とりあえず生地をたくさん出してくれ」
「かしこまりました」
ワインドさんが恭しい礼をした。
赤い生地。青い生地。緑の生地。黄色の生地。他にもたくさんのカラフルな布たちに私は圧倒されていた。
「私のおすすめはこれですかね。この灰色の生地!光沢があって、ほら、触り心地もいいでしょう?お値段も予算内ですし」
確かに着た時に楽そうだし、値段もちょうどいい。
「これに「次のを出してくれ」
「あ、はーい」
返事をしようとしたのにシルヴァン様に遮られる。私が戸惑っている間に新しいものが用意される。
「こういうのはどうでしょう。最近流行りの紫!見てくださいこの艶のある生地。ちょーっと値は張りますが上等なものですよ」
おすすめしてくれるのなら良いものなのだろう。綺麗な生地だし、これでお願いしよう。
「じゃあ、これで「次を頼む」
…私が選ぼうとするたびにシルヴァン様が次の生地を頼んでしまう。いつの間にか私の周りにはおすすめされた色とりどりの生地がうず高く積まれていた。
「…どれでもいい」
呆然とする私にぽつんとシルヴァン様が言った。顔を見るとむすりとした顔をしている。
「値段も、時間も何も気にしなくていい。好きなものを選べばいい。勧められたものをそのまま選ぼうとするな。自分が好きなものを探せばいい」
ワインドも、俺も長い買い物は許す質だ。と最後にぽつんと付け加えられる。後ろの方でワインドさんがにこやかに微笑んでいた。
何も返事が思いつかなくてただ生地を見る。自分が好きなもの。私はどんなものが着たいのだろう。小さい頃はどんな服が好きだったっけ。最初に勧められた灰色の生地はシルヴァン様の髪の色に近くて並んだ時に映えるだろう。紫の生地も同じように。緑の生地ならシャールカの髪の色だから話の種になるだろうし、黄色の生地ならカレルの髪と瞳の色で、カレルに慌てられるかもしれない。全部、全部良いけれど。
「…これに、します」
手に取ったのは青色の生地。滑らかで光沢があって綺麗な色。私の瞳の色は、お母様譲りの青色で、その生地はまさしくそんな色だった。
「そうか」
シルヴァン様がわずかに口角を上げて微笑む。
「はい、承知いたしました。それでは、デザインの方を考えていきましょうか」
「え」
デザイン?
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