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星空
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うとうとと心地よい眠りからふいに目が覚めた。自室に持ち込んだ本はいつの間にか閉じてしまっていた。どこまで読んだのか覚えていないから続きのページを探すのに苦労するだろう。
「・・・幸せな苦労ね」
独り言ちて静かに伸びをした。
ウィレット子爵家に嫁いでから2週間ほどになる。子爵家での生活は平穏そのものだった。しばらくは朝早く起きて掃除をし始めてはシャールカに怒られていたけれど、いつの間にか、朝はゆっくりと眠れるようになっていた。寝過ごした朝、私を揺り起こしたシャールカがまるで何かに勝ったかのように嬉し気にはしゃいでいたのを覚えている。シャールカとカレルとは多少は仲良くなれたと思う。幼少期から子爵とともに育ってきたという二人は本当に仲良しで、ぽんぽんと言い合いをするのが見ていてとっても楽しい。後は子爵に会うことが出来ればよいのだけど。カレルが言うには自業自得で仕事をため込み、それを完全に終わらせてしまうまで部屋から出せないぐらいには危機的状況らしい。私も手伝うと言っているのにカレルたちは書類を渡してはくれなかった。
「やっと顔色が良くなってきたのにすぐに仕事なんてさせられませんよ」とはシャールカの談。
「ベルティーヌ様は仕事を始めれば終わらせるまで止まらないタイプに見えるので」とはカレルの談。
それなので、私は日がな一日読書をしたり刺繍をしたりしている。ゆったりとした理想的な貴族の夫人の生活だと言えるかもしれない。
本当なら夫人は家の切り盛りなどをするべきなのだけれど、使用人が二人しかいないこの家では私が取り仕切る必要もなく二人はてきぱき働いてくれる。あとは社交も必要だと思うのに、子爵が本当に偏屈らしく、ウィレット子爵家には茶会やパーティの招待状が一通も届かない。私も大して社交をしてきたわけではないから、他の貴族と関わる機会が本当にない。うちで茶会を開こうにも伝手も費用もない。何かするべきだとは思うのに、何もすることがないから、私はただゆったりと過ごしている。
「・・・このままじゃ、ダメになりそう」
本当はもうなっているのかもしれない。だって昼食を食べた今、とっても眠くてベッドに横になってしまいたいもの。うとうとしながら窓の外を見る。そしてふと思いついた。
「・・・星が見たい」
幼い頃のように無心で空を見上げたい。この家からでも見えるだろうけど、少し歩けばもっと開けた場所があったような気がする。何となく、誰もいないところで静かに星が見たかった。夜中にこっそり家を出て、こっそり戻ってくればきっと二人にもバレない。そうと決めれば、夜のために今少しでも眠りたい。私は眠気に逆らわずに目を閉じることにした。
みんなが寝静まる夜中。私はこっそりと窓から抜け出した。二階の部屋ならロープか何か準備する必要があったけれど、私の部屋は一階にあるからただ抜け出すだけでいい。思わずふふと笑ってしまう。こんなにお転婆な事したの、本当に小さな時以来。シャールカに気づかれないように寝巻に着替えていたからその上に一枚ストールだけ羽織った。まだそんなに寒い季節ではないからこれだけできっと大丈夫。目指すは家と街から少し離れた森の方。窓から見える景色に丘があることに私は気づいていた。あそこからはきっとよく星が見えるだろう。こっそり持ち出しておいた靴で地面を踏みしめる。若干の獣道を歩き、少しの藪をかき分けて、息も切れないぐらいの距離にその丘はあって、想像通り星は綺麗に見えた。丘の真ん中に立って空を見上げる。本当は座って見たいけど、寝巻を汚してしまうからやめた。次があれば、何か敷く物を用意しよう。丘は真っ暗でその分空が輝いて見える。感嘆のため息がもれる。あぁ、そう、そうだ。幼い頃、私は星空が何よりも好きだった。お母様が亡くなって、お父様が家に寄り付かなくなって、忘れてしまっていた私の大好きだったもの。思わず私は涙を流していた。
どれぐらいだっただろう。飽きもせず空を見上げていた私の意識を背後からの物音が覚ました。びくりと震える。こんな夜中だ。人はいないだろう。もし、野生動物だったら。シャールカたちは大きな動物はこの辺にはいないと言っていたけど、小さな動物でも危ないことはある。音のした方を向いて警戒する。音はゆっくりと近づいてくる。人間ぐらいの大きなものが走るような音。私がごくりとつばを飲み込んだとき、がさりと藪を抜けて、その人は姿を現した。
「・・・何をしている」
知らない男の人だった。
「・・・幸せな苦労ね」
独り言ちて静かに伸びをした。
ウィレット子爵家に嫁いでから2週間ほどになる。子爵家での生活は平穏そのものだった。しばらくは朝早く起きて掃除をし始めてはシャールカに怒られていたけれど、いつの間にか、朝はゆっくりと眠れるようになっていた。寝過ごした朝、私を揺り起こしたシャールカがまるで何かに勝ったかのように嬉し気にはしゃいでいたのを覚えている。シャールカとカレルとは多少は仲良くなれたと思う。幼少期から子爵とともに育ってきたという二人は本当に仲良しで、ぽんぽんと言い合いをするのが見ていてとっても楽しい。後は子爵に会うことが出来ればよいのだけど。カレルが言うには自業自得で仕事をため込み、それを完全に終わらせてしまうまで部屋から出せないぐらいには危機的状況らしい。私も手伝うと言っているのにカレルたちは書類を渡してはくれなかった。
「やっと顔色が良くなってきたのにすぐに仕事なんてさせられませんよ」とはシャールカの談。
「ベルティーヌ様は仕事を始めれば終わらせるまで止まらないタイプに見えるので」とはカレルの談。
それなので、私は日がな一日読書をしたり刺繍をしたりしている。ゆったりとした理想的な貴族の夫人の生活だと言えるかもしれない。
本当なら夫人は家の切り盛りなどをするべきなのだけれど、使用人が二人しかいないこの家では私が取り仕切る必要もなく二人はてきぱき働いてくれる。あとは社交も必要だと思うのに、子爵が本当に偏屈らしく、ウィレット子爵家には茶会やパーティの招待状が一通も届かない。私も大して社交をしてきたわけではないから、他の貴族と関わる機会が本当にない。うちで茶会を開こうにも伝手も費用もない。何かするべきだとは思うのに、何もすることがないから、私はただゆったりと過ごしている。
「・・・このままじゃ、ダメになりそう」
本当はもうなっているのかもしれない。だって昼食を食べた今、とっても眠くてベッドに横になってしまいたいもの。うとうとしながら窓の外を見る。そしてふと思いついた。
「・・・星が見たい」
幼い頃のように無心で空を見上げたい。この家からでも見えるだろうけど、少し歩けばもっと開けた場所があったような気がする。何となく、誰もいないところで静かに星が見たかった。夜中にこっそり家を出て、こっそり戻ってくればきっと二人にもバレない。そうと決めれば、夜のために今少しでも眠りたい。私は眠気に逆らわずに目を閉じることにした。
みんなが寝静まる夜中。私はこっそりと窓から抜け出した。二階の部屋ならロープか何か準備する必要があったけれど、私の部屋は一階にあるからただ抜け出すだけでいい。思わずふふと笑ってしまう。こんなにお転婆な事したの、本当に小さな時以来。シャールカに気づかれないように寝巻に着替えていたからその上に一枚ストールだけ羽織った。まだそんなに寒い季節ではないからこれだけできっと大丈夫。目指すは家と街から少し離れた森の方。窓から見える景色に丘があることに私は気づいていた。あそこからはきっとよく星が見えるだろう。こっそり持ち出しておいた靴で地面を踏みしめる。若干の獣道を歩き、少しの藪をかき分けて、息も切れないぐらいの距離にその丘はあって、想像通り星は綺麗に見えた。丘の真ん中に立って空を見上げる。本当は座って見たいけど、寝巻を汚してしまうからやめた。次があれば、何か敷く物を用意しよう。丘は真っ暗でその分空が輝いて見える。感嘆のため息がもれる。あぁ、そう、そうだ。幼い頃、私は星空が何よりも好きだった。お母様が亡くなって、お父様が家に寄り付かなくなって、忘れてしまっていた私の大好きだったもの。思わず私は涙を流していた。
どれぐらいだっただろう。飽きもせず空を見上げていた私の意識を背後からの物音が覚ました。びくりと震える。こんな夜中だ。人はいないだろう。もし、野生動物だったら。シャールカたちは大きな動物はこの辺にはいないと言っていたけど、小さな動物でも危ないことはある。音のした方を向いて警戒する。音はゆっくりと近づいてくる。人間ぐらいの大きなものが走るような音。私がごくりとつばを飲み込んだとき、がさりと藪を抜けて、その人は姿を現した。
「・・・何をしている」
知らない男の人だった。
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