タヌキ食堂へようこそ

んが

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毎日忙しいなあ

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 カスガは次の朝早くから働いていました。
 家の掃除をしたり、栄養たっぷりのサラダを作ったりご飯を用意して、奥さんが起きるまでこまごまと家事をするのが日課となっていました。
「カスガはほんとに働き者だね」
 奥さんは、感心して言いました。
「私も少し動かないとおなかの赤ちゃんのためにもよくないから少し仕事残しておいてよ」
「どうせ僕今自宅にいるんだし、出来ることはするよ。マミはこの間お医者さんからあまり無理しないで、おなかの赤ちゃんのためにもゆっくりのんびりするようにって言われたでしょ」
 カスガが言うとマミは「そうだけど、何もしないのも申し訳ない」とぷうっと頬をふくらませました。
「じゃあ、マミはテーブルふきよろしく」
 カスガはマミに台ふきを手渡しました。
 カスガの庭にはモンキチョウやシジミチョウが飛び、花の蜜を吸っていました。シジュウカラなどの野鳥もやってくるのでした。自然豊かなこの庭では鳥たちは餌にも困りません。

 町では気味の悪い伝染病が流行っていて、むやみに外出することは禁じられていました。
 毎日何千人も感染者が出たとニュースで報じられていて、町に住む人々は恐怖におびえながら生活しているのです。それでも、我が家には鳥も虫もいて、ほっとできる場所ではありました。

「ねえ、カスガ。昨日はどこに行っていたの? 用もないのに出かけたらだめだよ。怒られちゃうよ」
 マミがテーブルをきれいに拭きながらカスガの顔を見つめます。
「ちょっとお散歩に行ってたんだよ。政府もお散歩はしていいって言っているし、だれにも怒られないよ」
 カスガは目を細めてマミに説明しました。
「そっか。お散歩はいいんだっけ。ごめん。それにしても、目が覚めたらかごが置いてあって驚いたよ。しかも中からおいしそうなブルーベリーパイが出てきてまたまたびっくり!」
 奥さんはまるい目をさらに見開いてカスガの顔をじっと見つめました。
「ちょっとつまんだらおいしくて、気が付いたら半分食べてた」
「まだ残っている?」
「もちろん、あんなにたくさんのお菓子を全部食べたら体重が一気に増えてお医者さんに怒られちゃう」
 奥さんはくすくす笑いながら消毒液を台ふきにスプレーすると、テーブルを丁寧に拭きました。
「じゃあ、今から食べよう。森の中にタヌキのおばちゃんとおじちゃんがやっている食堂があってね、偶然見つけたんだ。そうしたら帰り際に、タヌキさんがお土産にってかごに入ったお菓子を持たせてくれたんだよ」
「タヌキ? タヌキのブルーベリーパイなんて食べたらタヌキになっちゃわない? あ、でももうタヌキみたいなおなかか」
 奥さんはおなかをポコポコたたく真似をしました。
「ああ、だめだよそんなにポコポコたたいたら。子カスガがびっくりしちゃう」
 カスガが慌てて奥さんのおなかにやさしく手を当てました。
「ごめんね、子カスガ、ママは本当におっちょこちょいですねえ」
「そんなことないですよ、ママはしっかり者ですよー。安心しなさい」
 二人はマミのおなかに向かって一生懸命に話しかけます。
 奥さんはふぅと背中を伸ばして腰に手を当てました。
「それにしても、いいところだったよ。現実を忘れてしまいそうになった」
 カスガが言うと、マミがうらやましそうにカスガのほっぺたをつつきました。
「いつの間にそんな楽しいことをして」
「へへ、実はトガリネズミのトンガとも友達になった」
 カスガが白状すると、「トガリネズミのトンガですって! トガリネズミの友達がいるなんてなかなかいないわよ」


 二人は笑ってタヌキのおばちゃんからもらったブルーベリーパイを電子レンジで温めて、サラダやスープと一緒に食べました。
「ツツッピーツツッピー」と庭からにぎやかなシジュウカラの鳴き声が聞こえてきます。



 
 
 
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