タヌキ食堂へようこそ

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タヌキ食堂へようこそ

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 ある町に小さなとんがり屋根のおうちがありました。
 家には若い夫婦が住んでいました。

 秋晴れのある日。
 男性は、ずっと家にいたので久しぶりに外の空気を吸いたくなりました。
 ぶらぶら歩いていくと、気が付くと森の近くまで来ていました。どんどん歩いていくと、少し町から離れただけで町の空気から森の空気へと入れ替わったのを感じました。
 少しなだらかな道を左へ曲がると、色とりどりの花に囲まれた家がありました。
 庭には囲いらしいものがなく、どなたでもお気軽にお入りください、との看板が立てられているだけでした。
 好奇心にかられて若者が窓から中をのぞくと、エプロンをつけたタヌキが忙しそうに動き回っていました。
 男性は特におなかもすいていませんでした。
 それでもいい匂いに誘われて、気づいたら扉を開けていました。
「ようこそ。タヌキ食堂へ」
 エプロン姿のタヌキが、元気よく若者に声をかけました。
「こんにちは。お食事でよろしいですか?」
 タヌキのおばちゃんが話しかけました。
「いえ、おなかは特にすいていないので何か飲み物をいただけますか」
 男性は静かに言いました。
「何か飲み物を、ですね」
 男性をテーブル席に案内します。
「なにか飲み物を一つ!」
 タヌキのおばちゃんは、カウンターに向かって元気よく叫びました。
「あいよ。なにか飲み物を一つ!」
 タヌキのおじちゃんが答えます。
「お客さん、初めてですね。どちらからいらしたんですか」
 タヌキのおばちゃんは、水を男性の前に置きました。
「となり町から、やってきました。ぶらぶらお散歩していたら、お宅の家からいい匂いがしたので」
 男性は、にっこり微笑むとお水を一口飲みました。
「そうですか。ここは、外からだと何のお店かわからなかったでしょう」
 タヌキは、続けてハーブティーの入った花柄模様のポットを男性の前に置きました。
「実は、窓から中をのぞいたんです。そうしたら、なんだかよい匂いがして思わず扉を開けていました」
 男性は少し恥ずかしそうにうつむきました。
「お客さん、椅子低くないですか?」
 おばちゃんがそういった時、かさりと窓の葉っぱが揺れました。
 もんしろちょうがひらひらと窓から入ってきます。
「あら。もんきちょうさん、いらっしゃい」
 たぬきは、ちょうちょに梅ジュースをあげました。
「ああ、おばちゃんのジュースは元気が出るわ」
 タヌキの頭の上をひらひらと一回りすると、小さなコップからジュースを吸い上げました。
 次に食堂にやってきたのは、トガリネズミです。
 少しだけ開けてある扉の隙間から入ってきました。
「こんにちは」
 トガリネズミがとがった鼻をひくひくさせて、かすかに聞こえるくらいの声であいさつしました。
「タヌキ食堂へようこそー」
 弱っているように見えたトガリネズミも、おばちゃんの声で一回り大きな声を出しました。
「こんにちは。今日も暑くなりそうですね」
 タヌキのおばちゃんが、トガリネズミに話しかけました。
「本当に暑いですね。もうすぐ秋だっていうのに………溶けてしまいそうです。暑すぎて虫も少ないし、おなかがペコペコです。何か虫の料理をください」
 トガリネズミは、暑くてばてていましたが一生懸命声を出して注文しました。
「トガリネズミさん、体の割にたくさん食べないといけませんものね」
 おばちゃんがトガリネズミ専用のテーブルを小走りで取りに行きました。
「こおろぎのから揚げでいいですか。こおろぎのから揚げを一つ! 大盛で」
 タヌキのおばちゃんは、カウンターに向かって元気に叫びます。
「あいよーこおろぎの大盛り」
 おじちゃんも元気よく答えます。
 しゅわしゅわ
 こおろぎをあげる音が聞こえてきました。
 男性の耳がコオロギと聞いてぴくっと動きました。
 おばちゃんが、揚げたてのから揚げを持ってきました。
「あーこれこれ、夏バテにはこおろぎのから揚げですよね」
 トガリネズミは、おいしそうに自分の体と同じくらいの大きさのこおろぎをぽりぽりと食べました。
 男性は、昆虫っておいしいのかな、と想像しましたが頭をぶんぶんと横に振りました。
 男性はポットに残っているハーブティーをカップに注ぎました。その時男性のおなかがぐうっと鳴りました。
「お客さん、おなかすいているのではありませんか? ブルーベリーパイ、召し上がりますか。もうすぐ焼けますよ」
 タヌキが、ハーブティーのおかわりを持ってきました。
「ドングリクッキーもありますよ」
 タヌキのおばちゃんは、エプロンのポケットからクッキーを取り出しました。
「どんぐりクッキーとは珍しい」
 男性は、思わず手を出していました。口元が緩みます。
「これは、おいしい」
 男性は、どんぐりクッキーをさくさくと食べました。
「ハーブティーによく合いますね」
「どんぐりを熱湯でゆでて、麺棒でドングリを砕くんです。次にバターを常温で溶かしてホイップします。そこにドングリの粉と小麦粉を混ぜて焼くんです」
 おばちゃんが、作り方を教えてあげました。
「今度うちの奥さんに教えてあげよう。お菓子作りが上手なんです。今はちょっと作っていませんが……」
 男性が、体を曲げて匂いを嗅ぎました。
「秋にリスのアルバイトを雇ってたくさん拾ってきてもらうんです。それを冬の間凍らせるんですよ。そうすると、虫がいなくなります。そのドングリを冷蔵庫で一週間ほど置くと甘いドングリの出来上がりです。クッキーの素材はそうやって作ります」
 タヌキのおばちゃんが、ポンポンとおなかをたたきました。
「去年のドングリで作ったものですが、おいしいでしょう」
 タヌキのポケットがこそっと音がしたので、男性が首をかしげました。
「ポケットが膨らんでいますね」
 カンガルーが、不思議に思ってタヌキのエプロンを指さしました。
「小腹が空いたときにちょっとつまんでいるんですよ。そうしないと、おなかが空いてたまにお客さんを食べたくなってしまうときがあるので……」
 タヌキは、エプロンからトカゲやダンゴムシなどのドライフルーツならぬドライ昆虫を見せました。
 男性は、ぎょっとして目をぱちくりさせました。
「さすが、プロ意識に富んでいられる」
 その様子を見ていたトガリネズミが、若者の顔を見上げ話しかけました。
「そちらのお若い人、もしかしたらこの間うちの子を助けてくれた方ではないですか」
 男性は、トガリネズミから急に話しかけられてびくっとしました。
「え、ああ! あの時の子ネズミのお父さんでしたか」
 男性は、おずおずと返事をしました。
「この間は、うちの子が私のそばから離れてしまったのを助けてくださって、ありがとうございました」
 トガリネズミは、小さく鼻を鳴らしました。
「ああ、あの時のトガリネズミさん。すぐに気づかず申し訳ありません。あの時は、私で何とかなったのでよかったです。けがもなくて」
 男性は、耳に手を当てます。
「それにしても、失礼ながらその小柄なお身体でよく町まで歩いてこられましたね」
「町にはあまり出かけないのですが、時々子供たちが飽きるので社会見学に連れていきます。出かけるときはいつも鳥さんに運んでもらいます。子どもたちにはしっかりつかまっているように言うんですけどね。助けてもらった子は地面に出ていたミミズが干からびてしまうのでは心配になって、つい私の尻尾を離してしまったようですよ」
 トガリネズミは、小さな象のような鼻をくいっと持ち上げました。
「小さな私たちでもよく見つけられるのですね。感心しました」
「いえいえ、たまたまですよ。私は特に小さな生き物が好きでよく観察してしまうのです」
 トガリネズミとカンガルーが隣の席同士話している様子を見て、タヌキのおばちゃんがとことこ歩いてきました。
「これ、サービスです」
 タヌキのおばちゃんがブルーベリーパイとハーブティーをテーブルに置きました。
「お客さんは、トガリネズミさんとお知り合いだったんですね」
 タヌキのおばちゃんがニコニコしながら言いました。
「うちの子が町で私のしっぽを離してしまってうろうろしていたら、自転車にひかれそうになってしまったんですよ。その時、こちらの方がひょいひょいっとうちの子を救い上げてくれたんです」
 トガリネズミが言うと、「じゃあ、命の恩人ですね」とおばちゃんが笑いました。
「そんなことありません。ただの人間ですよ」
 男性は、ぽりぽりと頭をかきました。
「それにしても、あの時はおじいちゃんの三輪自転車に巻き込まれなくて良かったです」
 男性が言うとトガリネズミも鼻を上下に動かしました。
「ほんとうに。あれでもっとスピードが出ている乗り物に巻き込まれていたらと思うとぞっとします」
 トガリネズミが、ブルブルっと体を震わせました。
「トガリネズミさんにとっては町に行くのは命がけなんですね」
「そうです。怖いところだから行かなければいいのでしょうが、子どもたちにはいろんな世界を知ってほしいんです。それにしても、この間はなんだかいつもより人が少なかったような気がしたけど……」
 男性はトガリネズミにもいろいろ事情があるのだな、とコオロギほどの大きさの生き物を見ながら考えました。
「私の名前はカスガと言います」
 思わず男性はトガリネズミに手を差しだしていました。
「私はトンガです。なんだか似てますね」
 トガリネズミも手を差し出しました。ふたりの手と手が触れあいます。
「カスガとトンガの出会いに乾杯」
 ふたりはにっこり笑うとハーブティーで乾杯しました。
 大小のカップがかちんと音を立てます。
「カスガさんとお友達になれてうれしいです」
 トガリネズミが言うと男性はトガリネズミをじっと見つめて言いました。
「私は友達と呼べる友達が少ないんです。今は妻と二人暮らしです。仕事も家でしているので同僚にも会えません。もしよければ友達になってもらえませんか?」
 トガリネズミはクックッと笑って言いました。
「さっき私は『友達になれてうれしい』といいましたよ」
 トガリネズミがちっちゃい目玉をくるくるさせて男性を見ました。
「カスガ、またここへ来ますか」
 トンガが言いました。
「きっときますよ」
「では、またここでお会いしましょう」
 トガリネズミは男性に手を振ると、そっと椅子から降りました。
 

 男性は、タヌキにお勧めの料理を聞きました。
「それは、もちろんタヌキ汁ですよ」
「えっ」
 男性は、ぎょっとして椅子からずり落ちそうになりました。
「もちろん、偽タヌキですよ」
 タヌキはあははははと笑います。

 男性が帰り支度をしていると、タヌキのおばちゃんがとことこと近づいてきました。
「お客さん、楽しかったかしら」
「ええ、トガリネズミさんともお友達になれましたし。楽しかったです」
 男性は、入った時よりも身体が軽くなったように思えました。
「ハーブティーもドングリクッキーも美味しかったです。心が温まりました。今日は妻が待っているので帰ります。また……時々来てもいいですか」
 タヌキのおばちゃんはうなずくと、アケビのつるで編んだかごを手渡しました。
 かごの中にはブルーベリーパイとドングリクッキーが入っていました。
 男性は、にっこり笑うと「こんなにたくさん、ありがとうございます。妻も喜ぶでしょう」と大事そうに抱きしめました。
「またいつでも来てください。ここは癒しの喫茶店。どなたでもお越しになれます」
 タヌキはそういうとエプロンで手を拭いて手を振りました。

 









 
 
 

 
 



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