アルダブラ君、逃げ出す

んが

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よし子さんは神様です。

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 トラックの中では、オライオンとポニーちゃんが眠そうにあくびをしていました。
 ゴルちゃんは具合悪い《ふり》をしていました。
「お待たせ、みんな」
 よし子さんがトラックに乗り込むと、三匹はよし子さんにぴたっとくっつきました。
「待ってたよー」とオライオンが甘えた声を出しました。
「待ってたわ」ポニーちゃんも、よし子さんの腕をペロンとなめます。
「具合悪いふりは疲れるよー」ゴルちゃんも、とことことよし子さんの膝に駆け上がりました。
「ごめんごめん。じゃあ、みんな海につくまで静かにしていてね。一応回覧板には 『動物たちの体調不良のため病院に連れていきます。また、その後海にて運動療法を行います』っていうことにしてあるから。みんな具合悪い《ふり》よろしく」
 よし子さんが三匹に言うと、オライオンが怒ったように小さく吠えました。
「おれ様とポニーは本当に眠れねえんだって」
「そうなのよ」
 ポニーちゃんも不満げによし子さんを見つめます。
「実は、僕も最近夢の中にお姉さんが出てくるんだ。なんだか怒っているみたいなんだよ。サングラスをなくしたからかなあ」
 ゴルちゃんも不安そうに毛づくろいを始めました。
「ゴルちゃんも眠れてないのね……さあ、出発するからみんなゆっくりして」
 よし子さんがバックミラーをのぞくと早速みんなうつらうつらし始めました。

 がたごとがたごと 
 トラックが揺れます。
 ふと、前を見ると細長いひものようなものが見えました。
 速度を落として近づくと、カタツムリ君たちが横一直線に並んでいました。
「あぶないあぶない。カタツムリ君たち、気づかなかったらふんでるよ」
 よし子さんは、窓を開けて注意します。
「……」
 カタツムリ君たちが何か言っているようです。
 よし子さんは、トラックから降りました。
「こんにちは。動物園の方ですよね。先日は海へ一緒に連れて行ってくださり、ありがとうございました。楽しかったです。ところで、アルダブラ君は乗っていますか?」
 カタツムリ君が代表してよし子さんに聞きました。
「今日はいないのよ」
 ちっちゃい者たちが、びっくりして立ち上がりました。
「そうですか。村のスピーカーで動物たちが海へ行くと伝えていたので、アルダブラ君もいるかとみんなを誘ってきたのですが……」
 カタツムリ君が角を後ろに倒しました。
「行政無線を聞いたのね。残念ながら、今日はオライオンとポニーちゃん、ハムスターのゴルちゃんだけなのよ」
 よし子さんが、説明します。
「少ないんですね」
 カタツムリ君が触角を動かしながら言いました。
「いろいろ事情があってね」
「では、帰ったらアルダブラ君に(ぜひ、また一緒にお散歩しましょう)とお伝えくださいませんか? 僕たち海も楽しかったんですが、やはり一番最初のアルダブラ君と一緒にお散歩したのが本当に楽しかったんです」
「わかったわ。必ず伝えるわね」
 よし子さんは、カタツムリの角と小指を合わせて約束しました。

 車に戻ると、オライオンが目をあけていました。
「どうした」
 オライオンが、荷台から顔を出しました。
「カタツムリ君たちが、アルダブラ君も乗っていると思って来たみたい」
 よし子さんは、小声で答えました。
「アルダブラのところによく手紙よこしているみたいだしな。アルダブラも、カタツムリ君たちとまたお散歩したいと話していたよ」
 オライオンが、あくびをしました。
「カタツムリ君たちもそうみたい」
 よし子さんも伸びをしました。
「みんなそうなんだな。ぶた太も湧水で泥浴びが楽しかったというし、おれ様も初めに行ったあのドッグランでの開放感が忘れられねえ」
 オライオンもうーんと背中を伸ばしました。
「多分オラアルブ探検隊は、こっそり出て行ったから余計に楽しかったのよね」
 よし子さんは最初の時のオライオンのむくれた顔を思い出して笑いました。
「それは絶対にあるな。アルダブラなんて鼻歌歌っていたものな」
 オライオンとよし子さんは、くっくっと声をひそめて笑いました。
「こっそりじゃなくても楽しかったわよ」
 ポニーちゃんが薄目をあけました。
「起こしちゃったかしら?」
 よし子さんが、運転席に戻りました。
「ううん、ちょうど起きたの」
 ポニーちゃんは、ふわっとあくびをしました。
「この間はみんなで一緒に海へ行ったでしょ。動物園から一歩外に出ただけであんなに空気が違うとは思わなかったわ。冒険みたいのはないけど、逆にみんなに見守られている安心感があったし。本当に楽しく駆け回れた」
 ポニーちゃんは、うーんと前足をのばしました。
 ゴルちゃんの寝言が聞こえてきました。
「サングラス必ず見つけるから……姉ちゃん……だからそんなに怒らないで……」
 ウズラの卵のように丸まりながら、プルプル震えています
「サングラス見つかるといいわね」
 ポニーちゃんが、ゴルちゃんにそっとハンドタオルをかけてあげました。
「ではではー。再び出発」
 よし子さんは、念入りに左右上下確認してから車を動かしました。
「それにしても、オライオンはどうして『お悩み相談室』なんて始めたの?」
 トラックが動き出すと、ポニーちゃんが口を開きました。
「なんでかって。前に本で読んだんだよ。悩んだ人がカウンセリングというものを受けて元気になる話を」
 オライオンは、恥ずかしそうにポニーちゃんの顔を見ました。
「ほん? カウンセリング?」
「そうなんだよ。動物園もみんないい人ばっかりだし、なかまたちといるのも楽しいけどよ」
 オライオンが、むくりとからだを起こしました。
「動物たちも時々ぶつぶつ言ったり、すごく怒っていたりするだろ」
 オライオンが、腕を組んで考え込みます。
「そうかも。なんだかみんな大丈夫かしらって思うときがあるわよね」
 ポニーちゃんも最近感じていました。
「そういう時に誰かに自分の不満を聞いてもらいたくなる時ってあるだろう」
 オライオンは、顔をあげてポニーちゃんの顔をじっと見ます。
「あるわ。私も時々アルパカさんとか羊さんに愚痴を聞いてもらうわ。でも、アルパカさんとか羊さんとかは人を乗せることはまずないから、何人も子供を乗せる話をしてもぴんとこないみたい。だから、話を聞いてもらってもすっきりしないことはあるわ。子供たちにおなか一杯なのに野菜を無理やり食べさせられる苦しみはわかってくれるけど」
 ポニーちゃんは、山盛りのニンジンスティックを思い出してげっぷをしました。
「そうだろ。だから、イオン君に頼んでおすまし村の図書館からカウンセリングの本を取り寄せてもらったんだよ」
 オライオンは久しぶりに気持ちが高揚してきました。
「としょかん? としょかんって何?」
 ポニーちゃんは、きょとんとしています。
「本がたくさん置いてあるところだよ」
オライオンはたてがみを前足でかきあげました。
「『ほん』って何? 私は『ほん』を見たことがないわ」
「『紙』はしってるかい?」
「知ってるわ。時々、床に新聞紙や広告が敷いてあるもの。あれって紙でしょ」
 オライオンは、うなずきました。
「新聞紙より厚みがある物が多いが、そいつを何枚も重ねてまとめたものを『本』というんだ。大抵は文字が書いてある。絵だけのものもある。いろんなことが書かれていて面白いんだよ」
「そうなのね」
 ポニーちゃんは、にっこりと笑いました。
「おれ様、昔からなぜだか本が好きなんだよ。前にりょうさんが本を読んでいたとき、おれ様が興味を持ったからりょうさんがおれ様に文字を教えてくれたことがあるんだ」
 オライオンは遠くを見つめながら話します。
「へえー」
 ポニーちゃんも感心したように返事をします。
「おれ様が字が読めるようになると、りょうさんは時々おれ様に本を貸してくれるようになったんだ」
 オライオンは、遠くの山を見ます。
「園長さんも他のスタッフも毎日何かと忙しそうだろ。そんなときにおれ様たまたま本が読めるようになっただろ。だから、おれ様がみんなの悩みを少しでも聞いてあげられたらなって。動物たちの受け皿になれたらなって思ったんだよ」
「ふうん」
 ポニーちゃんは、オライオンがそんなことを考えていたとは知りませんでした。
「こんなに忙しくなるとは思わなかったがな。しかもカウンセラーなのに自分が不眠症になっちまった」 
 オライオンが、はずかしそうに笑いました。
「もっと勉強したいと思ったんだが、動物園にいては本を読むすべがない」
 オライオンは話し続けます。
「そうね」
 ポニーちゃんも興味深く聞き入ります。
「そこで図書館から本を借りたらどうかと思ったんだよ」
 オライオンは、荷台の枠に前足をかけました。
「ダメもとでイオン君に相談したら、図書館のカードを持っているというだろ。だからカウンセラーになりたい人のための本を借りてもらったんだ」
 オライオンはおおーんと小さく吠えます。
「りょうさんじゃなくてイオン君に頼んだのね」
 ポニーちゃんが確かめます。 
「イオン君はおれ様がりょうさんから字を教わったのを知っているからね」
 オライオンが目を細めて言いました。
「イオン君も本を読むのね」
 ポニーちゃんは、金髪のイオン君が本を読んでいる姿が想像できないようでした。
「意外といろいろ勉強してるし、いいやつなんだぜ」
 よし子さんは、(帰ったらイオン君に伝えなくちゃ)と思いながらハンドルを右に回しました。
「じゃあ、今度みんなで図書館に連れて行ってもらいましょうよ。私も図書館に行ってみたいわ。ねえ、よし子さん」
 ポニーちゃんに急に話を振られて慌ててきゅっとハンドルを握りました。 
「そ、そ、それはまた園長さんに聞いてからねー」
 よし子さんは、首にかけたタオルで汗を拭きました。
 赤とんぼがブーンとトラックの前を何匹も飛び交っていきます。
 そろそろ海が見えてきました。
 バックミラーからはオライオンが楽しそうに笑っている姿がよく見えます。
 

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