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30.約束の薔薇
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「すごい! バラが元気になってます!」
翌日、庭を訪れたフレディは、嬉しそうに微笑むアリアを見て、満足気に笑った。
お礼をしたいので何でも言って欲しい、とアリアに言えば、返って来た返事は想像とは違うものだった。
『あ、ああああのじゃあ、ここのバラを元気な姿に戻したいので、庭師の方をご紹介いただけませんか?!』
普通のご令嬢ならば宝石や、フレディとの食事を望むだろうに、アリアの望みはまったく違うものだった。望みと言っていいか疑問に思うほどだ。
フレディはアリアと約束をして、今日この庭にやって来た。
ただし、庭師ではなく、自身の開発した魔法薬を持って。
その魔法薬をバラに与えると、萎れていたバラたちはみるみる元気になった。
「ありがとうございます、公爵様!」
(か、可愛っ……)
元気になったバラたちを見渡し、アリアが満面な笑顔でお礼を言うと、フレディは顔を赤くして手で覆った。
「魔法って凄いですねえ」
しみじみと言いながらバラを見つめるアリアにフレディはふっと笑う。
「これくらいの魔法薬なんて、凄くないよ。俺は……俺の魔法は、人を傷つけるから……」
少し自嘲気味に言ったフレディは、アリアが目を見開いてこちらを見ているのに気付く。
(しまった、今のは失言だったか?)
取り繕おうと口を開こうとしたフレディに、アリアが立ち上がる。
「いいえ、凄いです!! どうして良いかわからなくて、ただ見ていることしか出来なかった私に、公爵様は手を差し伸べてくれました! 傷付けるなんてとんでもない! バラを元気にしてくれました! 凄いです!」
力いっぱい力説するアリアに、フレディの口元が緩む。
「……凄い?」
「はい! 凄いです!」
「……そっか」
フレディなら庭師を紹介することだって出来た。でも何となく、この場に他の人間を入れたくなかった。
魔法省の人間ですら近寄らない、この何もない庭を何故アリアが管理しているのかわからない。
でもフレディは、この二人の空間を誰にも邪魔されたくない、と思った。
「ねえ、今研究してるんだけど、このバラたちの色を赤だけじゃなくて、色とりどりにしたら君はもっと喜ぶのかな?」
「え? そんなことが出来るんですか?!」
フレディの話にアリアは目を輝かせた。
「ふふ、出来るよ。そうだな、君の瞳の色のアップルグリーンにだって」
「それは凄いですねえ……」
想像をしてうっとりするアリアに、フレディの表情も緩む。
「ねえ、その薬が完成したら、ここを虹色のバラの庭園にしてあげるよ。その時は一緒に見てくれる?」
「良いんですか?!」
伺うように言ったフレディの言葉に、アリアは嬉しそうに反応した。
「うん。約束……」
アリアの笑顔に、フレディは穏やかに笑って言った。
それからフレディは、アリアが管理する庭を時々訪れた。魔法の話やバラの話。他愛もないことを話し、一緒に庭を掃除した。
すっかり元気になったバラを眺め、笑うアリアをフレディは温かい気持ちで見つめていた。
アリアも、フレディが来てくれるのを期待するようになった。
そしてある日、その日も庭掃除をしていたアリアは、フレディが来るのを期待していた。
しかし訪れたのはフレディではなく、マディオだった。
「誰ですか……?」
当時、王女はまだデビュタント前で、男遊びをする前だった。マディオはそんな前から王女に想いを寄せる男で、ローズもそれを知っていた。
「ローズ様のために、死んでくれ……」
マディオは持っていたナイフを目の前に出すと、アリアに振りかぶった。
「きゃあ!」
間一髪でナイフを避け、アリアは逃げ出す。
「ローズ様を苦しめる奴はこの世から消えろ!」
マディオは訳の分からないことを叫びながら、アリアを追いかけてきた。
アリアとフレディが庭で会っていたことを知ったローズは、マディオにアリアを排除するよう、仕向けたのだ。
行き止まりまで追い詰められ、「死ねえ!」とナイフが向かって来た所で、騒ぎに気付いた城の警備隊により、マディオは取り押さえられた。
アリアは恐怖とショックから、その時に気を失い、そのままぽっかりと記憶を落とした。
アリアが覚えていないことを利用し、この事件は闇へと葬られた。
それから、冷遇には変わりないが、アリアは何故かローズの側に置かれることになった。
ローズが二度とアリアをフレディに近付かせないために監視下に置いたのだ。
そうこうするうちにローズはデビュタントを迎え、主催するパーティーやお茶会に貴族令息たちを取っ替え引っ替え招くようになった。記憶力の良いアリアが招待状の手配を任されるようになった。
フレディは魔法省の局長に就任し、ローズの誘いを断れるようになった。それが増々ローズの男遊びに拍車をかけていると、当時のアリアは知らなかった。
「こうしゃく……様……」
ベッドの上で覚醒したアリアは、なぞるように声を出した。
「残念だが、ここに助けが来ることはない」
上から降り注ぐマディオの声に、自分の置かれた状況を思い出す。
(こんな時に全部思い出すなんて……)
まだ混乱する頭で、マディオをぼんやりと見上げる。
「マディオ、早く済ませてよ」
ソファーにぼすん、と身体を落としたローズが苛立ちながら言った。
「はい」
マディオはローズからアリアに視線を戻すと、ニタッと気味悪く笑った。
(嫌だ……!!)
マディオの手が伸び、引き裂かれたドレスが剥ぎ取られる。
「フレディ様……っフレディ様っ!!」
気付けば彼の名前を叫んでいた。
「ちょっと……っ、フレディ様の名前を気安く呼ばないでっ! ……まあ、ここは王族しか知らない隠しの間だから、フレディ様が来ることはないわっ!」
ローズはソファーから立ち上がり、激昂したかと思うと、ふん、と鼻を鳴らして笑った。
「マディオ、早くその女を黙らせて!」
「はい」
ローズの命令にマディオの手がアリアの肌に触れる。
「嫌だ! フレディ様、フレディ様――」
叫んだ瞬間、隠し間の扉がドオン、と激しい音を立てて吹き飛んだ。
「な、何?!」
爆風に煽られながら手で顔を覆うローズ。
マディオも手を止め、入口を振り返った瞬間、風でベッドの上から吹き飛ばされる。
何が起こったのかと身体を起こしたアリアの目に入ったのは、吹き飛んだ入口に翻る魔術師のマント。
「フ、フレディ様……っ」
その姿を見た瞬間、アリアの目から涙がボロボロと溢れた。
翌日、庭を訪れたフレディは、嬉しそうに微笑むアリアを見て、満足気に笑った。
お礼をしたいので何でも言って欲しい、とアリアに言えば、返って来た返事は想像とは違うものだった。
『あ、ああああのじゃあ、ここのバラを元気な姿に戻したいので、庭師の方をご紹介いただけませんか?!』
普通のご令嬢ならば宝石や、フレディとの食事を望むだろうに、アリアの望みはまったく違うものだった。望みと言っていいか疑問に思うほどだ。
フレディはアリアと約束をして、今日この庭にやって来た。
ただし、庭師ではなく、自身の開発した魔法薬を持って。
その魔法薬をバラに与えると、萎れていたバラたちはみるみる元気になった。
「ありがとうございます、公爵様!」
(か、可愛っ……)
元気になったバラたちを見渡し、アリアが満面な笑顔でお礼を言うと、フレディは顔を赤くして手で覆った。
「魔法って凄いですねえ」
しみじみと言いながらバラを見つめるアリアにフレディはふっと笑う。
「これくらいの魔法薬なんて、凄くないよ。俺は……俺の魔法は、人を傷つけるから……」
少し自嘲気味に言ったフレディは、アリアが目を見開いてこちらを見ているのに気付く。
(しまった、今のは失言だったか?)
取り繕おうと口を開こうとしたフレディに、アリアが立ち上がる。
「いいえ、凄いです!! どうして良いかわからなくて、ただ見ていることしか出来なかった私に、公爵様は手を差し伸べてくれました! 傷付けるなんてとんでもない! バラを元気にしてくれました! 凄いです!」
力いっぱい力説するアリアに、フレディの口元が緩む。
「……凄い?」
「はい! 凄いです!」
「……そっか」
フレディなら庭師を紹介することだって出来た。でも何となく、この場に他の人間を入れたくなかった。
魔法省の人間ですら近寄らない、この何もない庭を何故アリアが管理しているのかわからない。
でもフレディは、この二人の空間を誰にも邪魔されたくない、と思った。
「ねえ、今研究してるんだけど、このバラたちの色を赤だけじゃなくて、色とりどりにしたら君はもっと喜ぶのかな?」
「え? そんなことが出来るんですか?!」
フレディの話にアリアは目を輝かせた。
「ふふ、出来るよ。そうだな、君の瞳の色のアップルグリーンにだって」
「それは凄いですねえ……」
想像をしてうっとりするアリアに、フレディの表情も緩む。
「ねえ、その薬が完成したら、ここを虹色のバラの庭園にしてあげるよ。その時は一緒に見てくれる?」
「良いんですか?!」
伺うように言ったフレディの言葉に、アリアは嬉しそうに反応した。
「うん。約束……」
アリアの笑顔に、フレディは穏やかに笑って言った。
それからフレディは、アリアが管理する庭を時々訪れた。魔法の話やバラの話。他愛もないことを話し、一緒に庭を掃除した。
すっかり元気になったバラを眺め、笑うアリアをフレディは温かい気持ちで見つめていた。
アリアも、フレディが来てくれるのを期待するようになった。
そしてある日、その日も庭掃除をしていたアリアは、フレディが来るのを期待していた。
しかし訪れたのはフレディではなく、マディオだった。
「誰ですか……?」
当時、王女はまだデビュタント前で、男遊びをする前だった。マディオはそんな前から王女に想いを寄せる男で、ローズもそれを知っていた。
「ローズ様のために、死んでくれ……」
マディオは持っていたナイフを目の前に出すと、アリアに振りかぶった。
「きゃあ!」
間一髪でナイフを避け、アリアは逃げ出す。
「ローズ様を苦しめる奴はこの世から消えろ!」
マディオは訳の分からないことを叫びながら、アリアを追いかけてきた。
アリアとフレディが庭で会っていたことを知ったローズは、マディオにアリアを排除するよう、仕向けたのだ。
行き止まりまで追い詰められ、「死ねえ!」とナイフが向かって来た所で、騒ぎに気付いた城の警備隊により、マディオは取り押さえられた。
アリアは恐怖とショックから、その時に気を失い、そのままぽっかりと記憶を落とした。
アリアが覚えていないことを利用し、この事件は闇へと葬られた。
それから、冷遇には変わりないが、アリアは何故かローズの側に置かれることになった。
ローズが二度とアリアをフレディに近付かせないために監視下に置いたのだ。
そうこうするうちにローズはデビュタントを迎え、主催するパーティーやお茶会に貴族令息たちを取っ替え引っ替え招くようになった。記憶力の良いアリアが招待状の手配を任されるようになった。
フレディは魔法省の局長に就任し、ローズの誘いを断れるようになった。それが増々ローズの男遊びに拍車をかけていると、当時のアリアは知らなかった。
「こうしゃく……様……」
ベッドの上で覚醒したアリアは、なぞるように声を出した。
「残念だが、ここに助けが来ることはない」
上から降り注ぐマディオの声に、自分の置かれた状況を思い出す。
(こんな時に全部思い出すなんて……)
まだ混乱する頭で、マディオをぼんやりと見上げる。
「マディオ、早く済ませてよ」
ソファーにぼすん、と身体を落としたローズが苛立ちながら言った。
「はい」
マディオはローズからアリアに視線を戻すと、ニタッと気味悪く笑った。
(嫌だ……!!)
マディオの手が伸び、引き裂かれたドレスが剥ぎ取られる。
「フレディ様……っフレディ様っ!!」
気付けば彼の名前を叫んでいた。
「ちょっと……っ、フレディ様の名前を気安く呼ばないでっ! ……まあ、ここは王族しか知らない隠しの間だから、フレディ様が来ることはないわっ!」
ローズはソファーから立ち上がり、激昂したかと思うと、ふん、と鼻を鳴らして笑った。
「マディオ、早くその女を黙らせて!」
「はい」
ローズの命令にマディオの手がアリアの肌に触れる。
「嫌だ! フレディ様、フレディ様――」
叫んだ瞬間、隠し間の扉がドオン、と激しい音を立てて吹き飛んだ。
「な、何?!」
爆風に煽られながら手で顔を覆うローズ。
マディオも手を止め、入口を振り返った瞬間、風でベッドの上から吹き飛ばされる。
何が起こったのかと身体を起こしたアリアの目に入ったのは、吹き飛んだ入口に翻る魔術師のマント。
「フ、フレディ様……っ」
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