この契約結婚は依頼につき〜依頼された悪役令嬢なのに、なぜか潔癖公爵様に溺愛されています!〜

海空里和

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17.アリアの過去

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「俺……もしかしてあの女と同じことをアリアにしていたんじゃ……」
「あら、気付いた?」

 ライアンの執務室で姉のレイラと会ったフレディは、部屋の奥にあるソファーで話していた。

「俺は何てことを……いや……アリアが可愛すぎて……」

 この前は深刻な顔を見せていた弟に、レイラはくすりと笑う。

「アリーちゃんのこと、本気なのね」
「……はい」
「でも、了承もなくキスするのはいただけないわね?」
「……はい……」

 レイラの言葉にフレディはがっくりとうなだれる。

 「仕事」を盾に、アリアの気持ちを無視して自分の気持ちを優先させていた。

(いや、でも嫌がってなかったよな……? 最初は泣かせてしまったけど、それ以降は可愛い蕩けた顔を見せてくれて……)

「でも、あなたがお義母様のことをそんなふうに話せるようになったなら良かった」

 ソファーの隣で腰掛けるレイラはフレディに優しい笑みを向ける。

「確かに……」

 フレディはアリアに過去のことを話してから、すっきりしていた。アリアが二人の出会いを覚えていなかったのは悲しかったが、それよりも彼女が自分の紡ぐ愛で赤くなるのが可愛くて、もっと甘やかしたい、そんな気持ちの方が大きかった。

「過去にいつまでも囚われるより、アリアを甘やかすことに頭も気持ちも、身体も使いたいと思うようになっていました」
「そう」

 自身の手を見つめ、フレディが言うと、レイラは嬉しそうに笑った。

 レイラはやっと忌まわしい過去から立ち直りつつある弟に安堵した。

「アリーは自分が役立たずだと思っているから、お前がたっぷり甘やかしてやれ」

 机の上で仕事をしていたライアンがいつの間にか二人の前に立っていた。

「それなんですけど、アリアはどうしてあんなに悪役令嬢に固執してるんですか?」

 フレディがライアンを見上げると、彼は眉尻を下げて微笑む。

「アリアは俺の妻です。もう隠し事は無しですよ」
「……本当は本人から聞いた方が良いんだがな」

 フレディの真剣な瞳にライアンはふう、と息を吐いた。

「アリーちゃんは無自覚だから話さないでしょうね……。それに、あんなことがあって記憶を閉ざしているから……」
「レイラ……」

 レイラの言葉をライアンが遮ったが、フレディは聞き逃さなかった。

「あんなこととは何です?! 姉上!!」

 フレディに問い詰められ、困ったレイラがライアンの方を見る。

「お前には全部話しておくよ……」

 ライアンはそう言うと、向かいのソファーに腰を落とした。

「まず、アリアの家が没落寸前なのは知っているな?」
「クラヴェル伯爵家ですよね? 確かに最初の契約の時、アリアはお金が必要だと……」

 アリアが悪役令嬢でフレディの元に来てから一週間も経たない。それなのに遠い昔のことのようにフレディは感じた。

「アリーが悪役令嬢役をやることになった経緯も話したな?」
「あの王女のせいですよね……」

 フレディは忌々しい王女を思い浮かべ、歯を噛み締め、鳴らした。

「まあ、そう言うな。きっかけが何であれ、俺はアリーのおかげで不届者を一斉摘発出来たし、お前も彼女に再会出来たろ?」

 ライアンの言葉にフレディは複雑な顔をする。

 その通りだが、アリアとは悪役令嬢ではなく、普通に再会したかった。

「王女のメイドをクビになった時にアリアは家を勘当されたんだ。王女の問題が明るみにならず、一人のメイドのことなんて騒ぎにすらならなかったが、アリアの父は彼女を恥知らずだと言ったそうだよ」

 ライアンの説明にフレディの中で怒りがフツフツと湧き上がる。

「彼女は悪役令嬢じゃない自分には価値が無いと……」

 怒りを押さえ、膝の上で拳を握りしめたフレディはライアンに問う。

「ああ……。元々、メイドの頃から王女の我儘だけでなく、嫌がらせをされていたようだ。家からも王女からも役立たずと言われ続ければ、自分に自信も無くなるだろう」
「彼女は役立たずなんかじゃない……」

 自信なさげに笑うアリアを思い出し、フレディは胸が締め付けられた。

(今すぐアリアを抱き締めたい……)

「お前がアリーと出会った庭、あそこを任されたのも王女の嫌がらせだった。あんな離れた場所の庭、王女が訪れるわけもないのに、アリアは黙って手入れしていた」

 アリアとの出会いの場所。フレディにとっては大切な場所だが、それが王女に命じられた仕事のためだったと知り、フレディは複雑になる。

「でもアリアはあの庭での仕事を覚えていなかった……」

 ライアンの話を聞いて、フレディは増々疑問に思う。

「最初は俺のことを覚えていないだけだと思った。でも、すっぽり抜けている。それが記憶を閉ざしている、という話に繋がるんですね?」
「理解が早くて助かるよ」

 ライアンは苦笑してフレディを真っ直ぐに見た。

「アリーはあの庭で、王女に懸想した子息から逆恨みされて襲われている」
「――――っっ!!」

 予想より遥かに悪い話に、フレディは膝の上の拳を強く握った。

「幸いにもすぐに衛兵が駆けつけ、アリーは無事だった。王女はもちろんお咎め無しで、アリーが悪者にされた。アリーはショックで、あの庭に関する記憶を全部無くしたようだ。それからも王女に献身的に仕えていたが、後はお前に話した通りだ」
「俺は……」

 フレディは顔を覆った。

「俺は自分が覚えられていないことばかりショックを受けて、アリアの気持ちを慮ることをしなかった……呑気に薔薇を見せて……」
「お前は知らなかったことだから仕方無い」
「でもあの庭は魔法局の真下です……なぜ俺が知らないんです?」

 アリアに助けてもらってから、何度かあの庭で会った。会ったというより、フレディがアリアに会いに行っていたともいえる。

 しかしアリアはある日を境にあの庭に来なくなった。王宮中を探したが、多く働くメイドの中でアリアを見つけることは困難だった。

 フレディはアリアが王女付のメイドだと知らなかった。王女を避けていたのだから、アリアとも出会えるはずが無かった。

「もっと早く知っていれば……」

 フレディは悔しさで顔を歪ませた。

「仕方ないさ。あの事件は国王陛下の命の元、内々に揉み消された。当時の宰相によってな」
「…………アリアは、そんな前から王女の、あの王家の犠牲になっていたのですね」
「ああ。だからこそ、メイドをクビになった時、声をかけた。俺が宰相で良かったよ」

 ライアンの言葉に、フレディは本当にそうだと思った。

 当時の宰相のままだったら自分はアリアに再会することは無かった。義兄が早くに権力を持ってくれたことに感謝した。

「アリーちゃんはね、無意識に男の人を怖がっていたのよね。でも悪役令嬢に扮すると、途端に強気で自信に満ちた彼女になる」
「ああ……」

 レイラの説明にフレディも納得する。

 悪役令嬢に扮した彼女の自信はどこから来るのか。まったく違う自分になれることを喜んでいるようにも見える。

「だから、アリーちゃんのままでフレディにキスを許した、って聞いて驚いたのよ。最初は無理やりでもね?」
「はっ?!」

 初めてアリアにキスをした時のことを蒸し返され、フレディは顔を赤くして姉を見た。

「心の奥底にはフレディとの記憶があるんじゃないかな?」
「そうだな……。アリーはフレディには無意識に心を許している気がする」

 レイラとライアンを「えっ、えっ」と見比べながらフレディは顔を増々赤くする。

「フレディ、アリーに本気なら、お前が幸せにしてやって欲しい」

 まるでアリアの兄のように真剣に彼女を託す義兄に、フレディもしっかりと目を見て答える。

「そのつもりですよ」

 フレディの答えにライアンとレイラは幸せそうにお互いを見合った。
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