この契約結婚は依頼につき〜依頼された悪役令嬢なのに、なぜか潔癖公爵様に溺愛されています!〜

海空里和

文字の大きさ
上 下
1 / 34

1.契約結婚

しおりを挟む
「いいか、お前との結婚はあくまでも契約だ。公爵夫人になれるなどと露にも思わぬことだな」

 若くしてローレン公爵家の家督を継いだフレディは、目の前のアリアに向かって言い放った。

「当然ですわ。お金さえいただけるなら喜んでこの契約結婚を受け入れますとも」

 アリアはアップルグリーンのその瞳を喜々とさせ答えた。

「……普通離婚されるとわかっていて受けないものだがな。流石は悪役令嬢といったところか?」

 フレディは冷たい視線をアリアに向けて乾いた笑みを浮かべた。

「お褒めに預かり光栄ですわ。離婚されれば、わたくしは自由ですもの。お金もいただけてこんな美味しい話、誰が断りましょう?」

 フレディの冷たい視線を物ともせず、アリアはカラカラと笑ってみせた。

「はっ、流石男を取っ替え引っ掛えしてきた女だ。離婚すれば、また遊びたい放題だもんな? だが、俺との結婚期間の間は控えてもらうからな?」
「ええ。その代わり、フレディ様が楽しませてくださるのかしら?」

 フレディの嫌味をさらりとかわしたアリアに、彼の眼光が鋭く光る。

「この、女狐めが」
「あらやだ、冗談ですわ」

 女のくせにはしたない、と言わんばかりのフレディの睨みに、アリアはあっけらかんと答えた。

「いいか、俺はお前を愛することはない! 他の男たちと同じだと思うなよ?!」
「あら、残念」

 罵倒するフレディに、アリアは妖しくもにっこりと笑ってみせた。

 そんなアリアにまともに話をするのが馬鹿らしくなったのか、フレディは一つ息を吐くと、テーブルの上に契約書を置いた。

「これにサインを」

 アリアは契約書に一通り目を通すと、燃えるような赤いストレートの髪を耳にかけ、サインするために身体を屈ませた。

「どうぞ」

 サラサラとサインを記した契約書をアリアはフレディに手渡そうとする。

「――っ!」

 二人の手が触れそうになった所で、アリアはフレディに手を払われてしまった。

 ギロリとこちらを睨むフレディに、アリアは気に留めず微笑んだ。

「失礼しました。女嫌いで潔癖、というのはお噂通りですね?」

 アリアを払ったフレディの手にちらりと視線を流し、微笑する。

 彼の手には手袋がはめられている。それでも、アリアに触られるのは嫌だったらしい。

「ふん、そうじゃなきゃ、誰がお前みたいな打算的な女と契約結婚なんか……」

 フレディは侮蔑の表情でアリアを見やり、触れそうになった手を、手袋をハンカチで拭き取った。

「だからこの屋敷の使用人も少ない。楽できると思うなよ? 最低限のことは自分でやってもらうからな」
「……この秘密の契約結婚を漏らさないためにも人は少ないほうが好都合ですわね」
「…………」

 フレディの冷たい物言いにも動じないアリアに、流石のフレディも言葉が出て来なくなる。

(もっと面倒くさく、わめくと思ったのに……。何で俺に都合よく聞き分けが良いんだ?)

 物語に出て来る「悪役令嬢」そのものだと名高いアリアとの契約結婚は、自らが望んだもの。義兄である宰相に取り計らってもらった。義兄からは「彼女は有能な悪役令嬢だから安心すると良い」と言われていた。

 アリアの悪い噂を知っていたフレディは、どういう意味かと首を捻ったが、煩わしいこれからの社交シーズンを考えると、契約結婚という方法に出るしかなかった。

 何故男好きで有名なアリアがフレディとの契約結婚を受けたのか疑問もあったが、女嫌いで有名な自分をアリアなら籠絡出来る自信があるんだろう、とフレディは心の中でアリアを軽蔑してこの日を迎えた。

 そして、アリアと話してみて、悪役令嬢らしい返答が返って来て、「やはり噂通りの女だ」と思ったものの、引くところは引く。その違和感は覚えつつも、「また男と遊んで暮らす金が欲しいだけだろう」とフレディは自分を納得させた。「お前を愛することはない」と言い放ったのに、妖しく笑う目の前の女は自信があるようにも見えた。

「いいか、俺はお前を絶対に愛さないからな」
「まるで惹かれそうな自分に言い聞かせているかのようですわね」
「――――っ!」

 アリアに分からせるために繰り返した言葉だったが、逆に誂われてしまった。

 妖艶に微笑むアリアは悪女そのもの。それなのに。胸がざわつくのは、そのアップルグリーンの瞳のせいだろうか。

 フレディはソファーから立ち上がると、アリアを残し、応接室を出た。

「これを出しておいてくれ」

 側にいた家令のベンに婚姻届を手渡す。先程の契約結婚の契約書と同時にアリアがサインしたものに、フレディのサインも入れてある。

「……かしこまりました」

 ベンはそれだけ言うと、婚姻届を受け取り、その場を後にした。

 ふう、とフレディは自身の広い屋敷を見渡す。

 フレディは若くして魔法省の局長も務める有能な魔法使いだった。爵位を継ぐと同時に、それを返上しようとしたが、王族に止められてしまった。

 魔法の研究だけに集中したいフレディの意向を汲み取り、領地だけは返領された。フレディは公爵のまま、王都のタウンハウスに住み続けていた。議会の月以外は年中魔法省に通い、魔法の研究を行う。彼にとってそれが最良の暮らしだった。煩わしい社交シーズンさえなければ。

(あの女との契約もしばらくの我慢だ)

 潔癖なフレディにとって、他人を家に迎え入れるのは我慢ならなかったが、これからの煩わしい社交シーズンを乗り切るためだと割り切った。

 しかしフレディは気付いていなかった。直接手が触れそうになったときはアリアの手を振り払ったものの、彼女が家にいることに嫌悪を感じなかったことに。

 フレディは結婚の契約をしたその日も魔法省に足を運び、帰宅は就寝近くになった。

 婚姻届はベンにより提出され、アリアとフレディはあっさりと夫婦になった。

 アリアは夕食と風呂を済ませ、寝室にいるとベンから知らされた。

(形だけでも初夜を済まさねば……)

 気が重たく、息を吐くと、フレディは寝室のドアに手をかける。

 夫婦の寝室はもちろん用意されていて、この契約の秘密を守るためにもフレディはアリアと同じ部屋で寝る必要があった。どこからこの秘密が漏れるかはわからない。

 幼い頃から仕えてくれている、家令のベンだけは事情を知っていた。

 女嫌いのフレディはメイドも通いの既婚者を数人しか雇っておらず、そのメイドたちに噂を外に出されるのだけは避けなければいけなかった。

 重たく感じる扉を開くと、ベッドの上で土下座している女の姿が見えた。

「!?」

 フレディは目を瞠った。

 燃えるような赤い髪の悪女はそこにはおらず、ラベンダー色の美しい髪がベッドに伏せられている。

 見覚えのあるアップルグリーンの瞳を上げると、その女は情けない声で叫んだ。

「も、申し訳ございませんでしたあああ!!」
「は?!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?

恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ! ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。 エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。 ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。 しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。 「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」 するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

【完】皇太子殿下の夜の指南役になったら、見初められました。

112
恋愛
 皇太子に閨房術を授けよとの陛下の依頼により、マリア・ライトは王宮入りした。  齢18になるという皇太子。将来、妃を迎えるにあたって、床での作法を学びたいと、わざわざマリアを召し上げた。  マリアは30歳。関係の冷え切った旦那もいる。なぜ呼ばれたのか。それは自分が子を孕めない石女だからだと思っていたのだが───

限界王子様に「構ってくれないと、女遊びするぞ!」と脅され、塩対応令嬢は「お好きにどうぞ」と悪気なくオーバーキルする。

待鳥園子
恋愛
―――申し訳ありません。実は期限付きのお飾り婚約者なんです。――― とある事情で王妃より依頼され多額の借金の返済や幼い弟の爵位を守るために、王太子ギャレットの婚約者を一時的に演じることになった貧乏侯爵令嬢ローレン。 最初はどうせ金目当てだろうと険悪な対応をしていたギャレットだったが、偶然泣いているところを目撃しローレンを気になり惹かれるように。 だが、ギャレットの本来の婚約者となるはずの令嬢や、成功報酬代わりにローレンの婚約者となる大富豪など、それぞれの思惑は様々入り乱れて!? 訳あって期限付きの婚約者を演じているはずの塩対応令嬢が、彼女を溺愛したくて堪らない脳筋王子様を悪気なく胸キュン対応でオーバーキルしていく恋物語。

【完結】夫が私に魅了魔法をかけていたらしい

綺咲 潔
恋愛
公爵令嬢のエリーゼと公爵のラディリアスは2年前に結婚して以降、まるで絵に描いたように幸せな結婚生活を送っている。 そのはずなのだが……最近、何だかラディリアスの様子がおかしい。 気になったエリーゼがその原因を探ってみると、そこには女の影が――? そんな折、エリーゼはラディリアスに呼び出され、思いもよらぬ告白をされる。 「君が僕を好いてくれているのは、魅了魔法の効果だ。つまり……本当の君は僕のことを好きじゃない」   私が夫を愛するこの気持ちは偽り? それとも……。 *全17話で完結予定。

婚約破棄させてください!

佐崎咲
恋愛
「ユージーン=エスライト! あなたとは婚約破棄させてもらうわ!」 「断る」 「なんでよ! 婚約破棄させてよ! お願いだから!」 伯爵令嬢の私、メイシアはユージーンとの婚約破棄を願い出たものの、即座に却下され戸惑っていた。 どうして? 彼は他に好きな人がいるはずなのに。 だから身を引こうと思ったのに。 意地っ張りで、かわいくない私となんて、結婚したくなんかないだろうと思ったのに。 ============ 第1~4話 メイシア視点 第5~9話 ユージーン視点  エピローグ ユージーンが好きすぎていつも逃げてしまうメイシアと、 その裏のユージーンの葛藤(答え合わせ的な)です。 ※無断転載・複写はお断りいたします。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」

処理中です...