生まれ変わりの聖女は子供でも最強です！〜死にたがりの元婚約者を立ち直らせたらまた恋が始まりました〜

第一章 フォークス領編

マフィン

　一日でフォークス領の結界直しを強行したものの、結局はルーカス様の療養でここにしばらく留まることになった。

　一緒に来た近衛騎士たちもルーカス様の護衛を交代でするため、このお屋敷で預かっている。

　ルーカス様と正式？に婚約を結ぶことになったので、そのことは瞬く間に知らされていった。

　伯父様と伯母様はびっくりしていたけど、涙を流して喜んでくれていた。名誉あることだと。

　……何だか申し訳ない気持ちになった。とりあえず聖女としてこの国のために頑張るので、二人にがっかりさせる気持ちを和らげたい。

　騎士たちからは「王太子妃殿下」と呼ばれたが、前みたいに「リリア」と呼んで欲しいと言ったら、「リリア様」で統一された。ルーカス様も「好きにしろ」と笑っていた。

「一生味わうことのない王太子妃を楽しまなくて良いのか？」

　なんて意地悪を言われたけど。

　あれからルーカス様は『リヴィア印』のポーションを食事に入れなくても、食べられるようになってきた。

　少しずつだけど、顔色も良くなって、荒んでいた雰囲気も随分変わった。

　私を子供扱いすることなく、気付けば同じ目線で話してくれている。……意地悪が多めだけど。

　会ったばかりの氷のような冷たい瞳は柔らかくなり、口の端を上げて笑うことも多くなった。

　不意に垣間見える、綺麗な瞳を細めて笑う顔に、一気に『リヴィア』の気持ちに戻る感覚がして怖くもある。

　ルーカス様を好き……になんて、またそんな気持ちを『リリア』としては持ってはいけない。

　『リヴィア』の生まれ変わりなんて、誰も信じる話じゃないし、今はリリアとして生きているから。

　パン、と自分の頬を叩き、私は目の前の材料を見た。

　王都へ行けば、聖女としての任務が待っている。きっとのんびり出来るのは今だけ。

　そう思って、私は趣味のマフィン作りを始めたのだった。

　このフォークス領は小麦を栽培しているので、小麦粉が豊富にある。そして、美味しい！

「お嬢様、楽しそうで良かった」
　
　マフィン作りを手伝ってくれていたマリーが私を見て微笑んだので、私は目をパチクリさせた。

「殿下の婚約者になられたと聞いて、心配しましたが、お二人は本当に仲がよろしくて……今ではお似合いだと私は思います」

　両手を合わせて、本心から言ってくれているだろうマリーに、私は「ありがとう」と作り笑いをした。

　マリーは身内だからな。ルーカス様と私がお似合いなんて、あるわけない。下手したら兄妹に見えるもの。

　そう思いながらも、マリーの言葉がくすぐったくて、私は顔に熱が集まるのを感じながらも、マフィン作りに勤しんだ。

◇◇◇

「お疲れ様でーす」

　マフィンを完成させた私は、マリーと一緒にそれを持って、屋敷の庭に出た。

　このフォークス家のお庭ではよくジャンお兄様も自主訓練としてよく使っている。

　今はルーカス様に付いていない近衛騎士たちがアレクの元、鍛錬をしていた。

「リリア」
「リリア様！」

　丁度休憩に入ったアレクと騎士たちに笑顔で迎えられる。

　近衛騎士の皆さんは私に対して好意的なので嬉しい。

「これ差し入れです」

　皆の前にマフィンを差し出すと、歓声があがった。

「やった！」「待ってました！」の声と共に皆が次々とマフィンを手にしていく。

　ここ数日、差し入れにマフィンを持って来るのがすっかり定着していた。おかげで色んなマフィンが作れて楽しい。

「リリア、毎日大変じゃないかい？」
「いえ！　楽しいです！」

　アレクの問に笑顔で答えると、彼は目を細めて頭を撫でてくれた。

「リリア様のマフィン、隊員の間で本当に好評なんですよ」

　マフィンを手に来たのは、ユーグ様だ。

「ユーグ様！　本当ですか？」

　皆喜んでくれているなら作りがいもある。

「色んな味があって、今日はどれにしよう、って喧嘩になるくらいです」

　その人懐っこい笑顔でユーグ様が教えてくれたので、嬉しくなる。

「リリア様って……」

　そう言いかけて、ユーグ様は私の背後に向かって深く礼をした。

　気付けば、騎士の皆も立ち上がり礼をしている。

　まさかと思い振り返ると、そこにはルーカス様がいた。

　ルーカス様が手を上げると、アレクは皆に指示をし、休憩は終わりとなった。

　キン、キンと剣のぶつかる音が鳴り響く庭のベンチに、私はルーカス様と並んで座って、訓練を見ることになった。

「うちの近衛騎士たちを餌付けしているみたいだな」
「餌付けって……！」

　クッといつもの意地悪な笑顔で口を抑えながら笑うルーカス様に、私はムッとなる。

「お前、お菓子なんて作れるんだな」

　私の反応を楽しむようにまだ笑っていたルーカス様が、私の手元に残ったマフィンを眺めて言った。

「マフィンには自信がありますから！　ルーカス様も召し上がります？」

　少し誇ったようにルーカス様に言うと、彼はフッと笑って言った。

「いや、いい」
「甘い物お嫌いですもんね」
「………」

　思わず流れるような会話だったので、自分が何を言ったかなんて、気付きもしなかった。ルーカス様が驚いたようにこちらを見ていたのに、私はつい、調子に乗ってペラペラと話し続けた。

「マフィンには、お食事マフィンというのがあって、ルーカス様も食べられると思いますよ？」
「っ………」

　ルーカス様が何か私に言いかけた時。

「失礼いたします。お嬢様、お屋敷にお戻りください」

　礼をしながらマリーがやって来た。

　私はルーカス様の方を見ると、彼は目を閉じて笑った。

「行くと良い」
「失礼いたします……」
　
　そんなルーカス様に後ろ髪を引かれながらも、私はマリーと屋敷に戻って行った。

「リヴィア………」

　残されたルーカス様がそんなことを呟いていたことも知らずに、私はまた、ルーカス様が大好きな鴨のマフィンでも作ろうかなー、なんて呑気に思っていた。