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第一章 フォークス領編

結界を張り直そう4

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「ドラゴンを倒すなんて無理だわ! 境界に返さないと…!」

 大量の魔物と対峙しながらも、その後ろにそびえ立つドラゴン。壊滅の道しか見えない。

 青ざめていると、ルーカス様が声をかけてきた。

「おい、ドラゴンを返したらすぐに結界は閉じられるな?」
「え、出来ますけど…、」

 ドラゴンを返す方法が……と言おうとしたが言えなかった。

 ルーカス様が私を抱えて走り出したからだ。

「ルーカス様?!」
「喋ると舌を噛むぞ」

 ルーカス様はそう言うと、みるみるうちにアレクたちがいる戦場にたどり着いた。

「ルーカス?!」

 アレクも魔物を倒しながら、こちらを見て驚いていた。

「ここは任せたぞ」
「それはわかったが、リリアをどうするつもりだ?」
「こいつは必ず守ってやる」

 ルーカス様はアレクにそう言うと、結界の方向に向かって走り出した。

 騎士たちが魔物を倒した間を上手く縫って走っている。流石ルーカス様だ。

 そして少し離れると、ルーカス様はドラゴンに向かって閃光弾を放った。

「な?!」

 ルーカス様の行動に思わずギョッとする。

「そんなことしたら、ドラゴンがこっちに来ます!」
「だからだろ!」

 慌てる私にルーカス様は不敵な笑みを浮かべていた。

 ドラゴンの気を引かせて、境界まで連れて行く作戦なのはわかるけど、無謀すぎるーー!!

 案の定、ドラゴンはこちらにそのギョロリとした目をやると、バサバサと羽を立ててこちらに飛び立ち出した。

「どうするのーーー??」

 未だルーカス様に抱えられている私は涙目だ。

「何だ、子供らしい所もあるじゃないか。あんなに生意気だったのに」

 ルーカス様は余裕な顔で、口の端を少し上げた。

 生意気なのはすみません。なんせ、中身十六歳なので。

 そう思っていると、ルーカス様は魔法陣を展開させた。それが転移魔法であることはすぐにわかった。

 ルーカス様は魔法の才能に秀でたお方だったけど、二人分の転移魔法なんて、命を削るほどの大技だ。それこそ、『リヴィア』が命をかけて結界を張ったほどに。

 でもルーカス様は止める間もなく、転移魔法を発動させてしまった。

 眩い光に目をギュッと閉じると、一瞬のうちに三箇所目の結界までたどり着いた。

 かつて『リヴィア』が張った結界は、かなり砕け、『魔の国』の境界が覗いていた。

 かつて他の境界からは魔王がこちらにやって来ようとしていた。

 早く閉じなければーー

 そう思うのに、あの恐ろしい赤い目とどす黒い手を思い出して、身体が震える。

「リリア」

 ニャーン、とトロワの呼びかけに、はっとする。

 そうだ、早くドラゴンを押し込んで結界をーー

「う…」

 そう思って体制を立て直すと、横でうずくまっているルーカス様がいた。

「ルーカス様!!」

 慌ててルーカス様の身体に触れると、ヒヤリと冷たい感覚に、ドキリとする。

「だい、じょう、ぶだ……」

 口から血を流しながら立ち上がろうとするルーカス様。

 全然大丈夫なんかじゃないよ!!

 やっぱり転移魔法なんて無茶が身体を蝕んでいるんだ!

「ルーカス様、今治癒を……」

 私が急いで治癒魔法を使おうとすると、ルーカス様は私の手を取って、止めた。

「結界の…ために、力は取って…おけ……」

 力無く言うルーカス様に、私は狼狽えてしまう。

「でも……!」

 そんな私にルーカス様は微笑んで、頭を撫でてくれた。

「リヴィアが命をかけた国を守って欲しい」

 こんな時だけ、あの時と同じ笑顔。ずるい。

 私はポロポロと泣くことしか出来なかった。

「やっぱり、こど、も……だな」

 私の頬を伝う涙をルーカス様は拭いながら、微笑んだ。

 ゴォォ、とけたたましい音と共に、ドラゴンの吐く炎が近くまでやって来た。

「来たか……」

 ルーカス様はそう言うと、私の周りに氷魔法で防壁を作った。

「ルーカス様!」
「タイミングを間違うなよ!」

 そう言うとルーカス様は私の側を離れ、境界に向かって走り出した。

 あんなにボロボロなのに…!

 ルーカス様はドラゴンの囮になるようだった。ドラゴンもルーカス様めがけて飛んでいく。

 ルーカス様は、ドラゴンの吐く炎を氷魔法で防ぎながら、境界まで何とかおびき寄せた。

 ドラゴンの激しい攻撃を交わしながら、ドラゴンの後ろに回るルーカス様。

 私は両手を握りしめながら、見ていることしか出来なかった。

 ルーカス様はまた魔法陣を発動させると、光魔法を発動させた。魔物の弱点である光魔法は誰にでも使えるわけではない。聖女と、そしてルーカス様だ。

 でも、この状態での光魔法ってーーー

 ルーカス様は剣の形をした光魔法をドラゴンに向かって差し込み、境界まで押し込もうとしていた。

 その口からは、また吐血をしている。

「ルーカス様!! もうやめて! 死んじゃうよ!!」

 私はルーカス様に向かって叫んだが、もちろん彼には届かない。

「助けて。ルーカス様を助けて! トロワ!!」

 そう叫ぶと、トロワが宙に舞い、光りだした。

「リリア、お前なら大丈夫。思うようにやってみな」

 トロワはそう言うと、私の頬をそっと触れた。

 私は頷くと、ルーカス様の元に走り出した。

「光よ、集まれーー」

 私もルーカス様と同じ光の剣を発動させて、ドラゴンめがけて打った。

「ばか……何で来た……」

 もう限界であろうルーカス様がこちらを見たので、私も言い返した。

「バカはルーカス様ですよ! 私はルーカス様を死なせませんから!」
「やっぱり生意気……だな」

 ルーカス様は力無くも、皮肉な笑顔で言った。

 そして、二人の光の剣がドラゴンを境界まで押し出すと、ルーカス様はそれを見届けて、その場に倒れた。

「ルーカス様!」
「あいつは大丈夫だ! リリア、早く!」

 トロワの声に落ち着きを取り戻し、私は結界を張る。

「結界よ、巡れ」

 キイイン、という音と共に、結界をすぐに強固な物へと張り巡らせた。

 余力があった私は、結界を確認すると、すぐにルーカス様の元へと走った。

「大丈夫。リリアならこれくらい治せる」

 トロワに導かれ、私は治癒魔法を発動させた。

 私の身体から一気に魔力が持っていかれるのを感じた。でも命を削るのとは違う感覚。

 大丈夫だ・・・・。そう思った私は、ルーカス様に魔力を注ぎ込んだ。

 吐血は止まり、青白い顔にはだんだんと赤みがさしていった。

「もう大丈夫だろう」

 トロワはルーカス様を覗きこみ、そう言った。

 その声に私は安心して、ルーカス様のすぐ横で意識を手放したのだった。
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