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第一章 フォークス領編

結界の穴

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「リリア、マリーと一緒にいろ!」

 剣を抜いて、ジャンお兄様は護衛の元に走り出した。

「ま、もの?」
「大丈夫ですよ、お嬢様」

 マリーは私の小さな身体をぎゅうと抱きしめた。

 リリアになってから魔物に遭遇するのは初めてだ。

 この丘はよく来るが、魔物は出たことが無い。周辺の森ではフォークスの騎士隊によって頻繁にパトロールと討伐がされており、かなり平和なはずだった。

「結界の亀裂……?」

 私はふとトロワの話を思い出した。トロワに聞こうとしたが、気付けば彼はいない。

 トロワの姿を見つけようと辺りを見渡していると、お兄様と護衛の姿が遠目で見えた。

 魔物はすぐそこに迫っているようだった。二人は剣で魔物に応戦していた。途中、お兄様の魔法の火が立ち上るのも見えた。

 強いと言えど、二人で大丈夫かしら

 そんな心配をしていると、頭の中に声が響いた。

『リリア!! 来てくれ!!』

 トロワの声だ。私はマリーをチラリと見ると、駆け出した。

「お嬢様?!」
「もしものために周辺を見てくるわ!」
「ダメです……!お嬢様!!」

 ごめん、マリー!

 私は必死に呼び止めるマリーの声を後ろに、トロワに呼ばれる場所に向かった。

 丘を少し降り立ち、森に入る。

「ここは……」

 見たことのある風景に、胸がざわついた。

「リリア!」

 少し進むと、光輝く光の壁の前にトロワがいた。この光の壁は、『リヴィア』が張った結界だ。

「トロワ、どうしたの?」

 嫌な予感を胸にトロワに問いかけると、珍しく難しい顔をしたトロワが小さな手で場所を示す。

「!!」

 私は思わず手で口を覆った。

 結界に穴が空いている!

 その穴からは閉じたはずの魔の国の境界が顔を出している。禍々しい空気。

「きっとここから魔物が出ている」
「どうすれば……」

 またいつ魔物がここから出るかわからない緊迫した状況に、私は困惑した。

「リリア……、結界を修復してくれないか?」
「えっ?!」 

 トロワの言葉に思わず驚いてしまう。

「私、聖魔法は使えないよ?」
「魂がきっと覚えている、って女神様が」
「ええ……何でそれ黙ってたの?」

 そんな感覚は無いものの、教えてくれていたなら、こうなる前に私も何か出来たかもしれない。

「リリアには穏やかに生きて欲しいから、本当に必要な時に教えるように言われていた」

 トロワはしょぼんとした顔をして、「それがまさか本当に必要な時が来るなんて。しかもこんなに早く……」と呟いた。

 私はそんなトロワの頭を撫でて、グッと穴を見直す。

やり方・・・は覚えているから、何とかなるでしょ!」
「リリア……!」

 トロワがパッと明るい顔をして、私を見た。そんなトロワに笑顔を返す。

 聖魔法を発動させて、結界ーー

 リヴィアだった時に何度もやった工程。久しぶりなので緊張する。

 本当に私に聖魔法があるのか半信半疑だったけど、発動させてみると、それは確かに私の中にあった。

「結界よ、巡れーー」

 パアン、という眩しい光りの音と共に、結界は張り巡らせられた。……前よりも強固に。

「凄いぞ、リリア! 穴を塞ぐだけで良いのに、既存の結界を強くしやがった!」

 興奮するトロワを前に、私は「はは」と苦笑いをする。

 ええ…リヴィアよりも力、強くなってない?

 自分の手をじっと見つめていると、急に視界がぐらりと揺れた。

 あ……やっぱりリリアの小さな身体には負担がかかるのか……

「リリア!!」

 そう思った瞬間、トロワが私を呼ぶ声がして、私は意識を手放した。

◇◇◇

「お嬢様!!」

 目が覚めると、私はベッドの上にいた。

「旦那様! 奥様!!」

 バタバタと伯父様たちを呼びに行くマリーの声がする。

 ふと横を見れば、心配そうに覗くトロワの顔があった。

「トロワ……」

 彼の名前を呼べば、トロワは申し訳なさそうな顔をしていた。

「何て顔をしているの」

 力無くもフッと笑って見せたが、トロワは浮かない表情のままだった。

「ごめん、リリア。お前のキャパを見誤って無理をさせた」
「そんなの……私も加減がわからなかったから、仕方ないよ」
「でも、俺はリリアの従属なのに……」

 俯くトロワの顔を両手でギュムッと挟んだ私は、頬を膨らませて彼に言った。

「最悪の事態を防げたんだから、良いでしょう? それに、トロワが人を呼んでくれたから私はこうして無事なんでしょう?」

 私は無事にこのベッドで寝ていた。トロワがマリーかお兄様をあの森まで誘導してくれたに違いない。

 私の問にトロワはコクリと頷いた。

「でもリリアの力が強くてびっくりしたわよ」

 頷いたトロワに満足して、私は話題を変える。

「これなら、結界の亀裂を直していけるんじゃないかしら?」
「リリアは普通の生活がしたくないのか?」

 私の言葉にトロワは驚いていた。

「そりゃあ、普通の学院暮らしをしたいけど、自分に国を守る力があるなら、使わないとねえ」

 顎に手を置いて考え込む。

「でも、十歳が国中を巡るのは無理だから、今の聖女様に任せつつ、私は見つけたら修復する、っていうのはどうかしら?」
「リリアらしいや!」

 ウインクしながら提案した私に、トロワが吹き出した。

 まあ、今の聖女様がいるなら、出しゃばるものでもないしね

 トロワと笑い合って話していると、部屋の外が騒がしくなった。

「お待ちください……!」

 伯父様の声だ。

 何があったんだろう?そう思う暇もなく、私のドアはノックもされずに開かれた。

 入って来たのは金色のサラサラの髪に綺麗な青い瞳の男の人。

 十年経ってもわかる。

 私の婚約者だった人。ルーカス様だ。
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