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第7章:情報屋『円』
空になった心
しおりを挟む円義が目を覚ますと、天井が目に映る。
どこだろう。視線を動かしてみると、他にも幾つかのベッドがあり、病室のようだった。
最初はぼうっと霞んでいた頭の中も、少しずつ靄がなくなっていく。
何故自分がこんなところで寝かされているのかを思い出していくうちに、胸にぽっかりと空いたようなどうしようもない虚無感が襲ってきた。
「っ……」
そうだ、春は?春はどこにいる。他にも気にするべきことはあるだろう、だが今の円義の頭の中は春の事だけしか考えられなかった。
勢いに任せて上体を起こそうとしたが、全身に鈍い痛みが走り、どさりとベッドの上に逆戻りしてしてしまう。
病室の扉がガラリと開けられて人が入ってきた。氷見と夏島だった。
「っ誓!目が覚めたのか!」
円義が目を覚ましているのを見つけると、慌てて近づいてきて、身体を起こすのを手伝ってくれる。
「……春、は?」
春という言葉が出た瞬間に、氷見の表情も、夏島の表情も僅かに曇った。
「ねえ!教えてよ!春はどうしたの!?っぅ」
大声で問い詰めると、反動で身体が軋み、胸のあたりに痛んだ。
「ちょっと落ち着け、ちゃんと話すから」
勢いのままに身体を前に倒していると、夏島が静かに両肩をそっと押し、そのままベッドを動かして身体を起こしていられるようにしてくれる。
二人がベッド脇にある椅子へと座った。
少し気持ちが落ち着いた円義が次に気になったのは、氷見と夏島の頬にある大きなガーゼだ。
「それ……どうしたの」
円義のさすそれの意味がすぐに分かった氷見は「転んだ」とすかさず返事をする。嘘だ、と直感して更に聞こうとするが、遮るように氷見が話し始めた。
虚ろな顔をしたままでいる円義に、隠すことなくはっきりと経緯を伝える。
「あの後気を失ったお前を病院に運んだ。そんで、春の葬儀は、――― 終わった」
その言葉を聞いた時、円義の瞳が潤んだ。それまでは、あれは夢だったのではないかと思えていたから。そのうち春が、元気よくやってくるに違いないと考えることが出来た。
「お前はそれから一週間も寝っぱなしだったから、伝えることが出来なかったんだ」
悪かった、と深く頭を下げる氷見と、続けて夏島も顔を伏せる。
言葉を発することなく黙り、まるで魂の抜けたようになってしまった円義を見て、氷見を夏島がお互いに目配せをして、夏島が懐に手を入れて一つの箱を取り出す。
「誓」
普段相手の名前をほとんど呼ばない夏島が、円義の名前を呼んだ。
ゆっくりと顔を上げて夏島の方を見ると、手に持っていた箱の蓋を開けて中を見せてくる。入っていたものを見て、円義が目を見開き、震える唇で呟く。
「これ……ッ」
夏島が頷き、悲しそうに伝えてきた。
「春が、していた指輪。火葬の時に、どうしても取らないといけないから……」
「指輪だけだと無くすといけないからチェーンを付けてきた。いらなかったら外していい」
途中で口を噤んだ夏島の代わりに、横で見ていた氷見が続ける。
受け取った指輪を、力の限りに両手でぎゅっと握りしめる円義がふるふると頭を横に動かした。
唇を噛み締めていたそこからは微かに血が滲んでいる。それを見た氷見が、ベッドへ膝をついて手を円義の両頬に伸ばしてくる。そして弱い力で引っ張った。
「い、ひゃ。なに」
「泣きな」
次いで黙ったままだった夏島も円義の頭に手を乗せて撫でる。
「こういうときに泣いとかないと、泣けなくなる」
暖かい掌。初めて皆と出会ったときと何も変わらない。
―――― 春だけが……いなくなった。
後悔先に立たずと言うけれど、本当にそうだ。
どれだけその時を後悔しないように生きていても、時間が足りることはない。
もう永遠に、いなくなってしまった。どれだけ願っても、二度と会えない。
これからは、姿も声も温もりも笑顔も泣き顔も少しずつ、忘れて行くことしか出来ない。
「……~~うう、あぁ……あああああああああっ」
突きつけられる受け入れられない現実に、円義はただただ泣き続ける。
止められない涙が枯れるまで。
こうやって誰かが生きて、誰かが死んでいく世界は、きっと今日も平常運転なのだろう。
数日後、円義誓と名札のある病室の中にあったのは、綺麗に畳まれた掛け布団と、空になったベッドであった。
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