烏と春の誓い

文字の大きさ
上 下
39 / 43
第7章:情報屋『円』

空になった心

しおりを挟む


 円義が目を覚ますと、天井が目に映る。

 どこだろう。視線を動かしてみると、他にも幾つかのベッドがあり、病室のようだった。

 最初はぼうっと霞んでいた頭の中も、少しずつ靄がなくなっていく。

 何故自分がこんなところで寝かされているのかを思い出していくうちに、胸にぽっかりと空いたようなどうしようもない虚無感が襲ってきた。

「っ……」

 そうだ、春は?春はどこにいる。他にも気にするべきことはあるだろう、だが今の円義の頭の中は春の事だけしか考えられなかった。

 勢いに任せて上体を起こそうとしたが、全身に鈍い痛みが走り、どさりとベッドの上に逆戻りしてしてしまう。

 病室の扉がガラリと開けられて人が入ってきた。氷見と夏島だった。

「っ誓!目が覚めたのか!」

 円義が目を覚ましているのを見つけると、慌てて近づいてきて、身体を起こすのを手伝ってくれる。

「……春、は?」

 春という言葉が出た瞬間に、氷見の表情も、夏島の表情も僅かに曇った。

「ねえ!教えてよ!春はどうしたの!?っぅ」

 大声で問い詰めると、反動で身体が軋み、胸のあたりに痛んだ。

「ちょっと落ち着け、ちゃんと話すから」

 勢いのままに身体を前に倒していると、夏島が静かに両肩をそっと押し、そのままベッドを動かして身体を起こしていられるようにしてくれる。
  
 二人がベッド脇にある椅子へと座った。

 少し気持ちが落ち着いた円義が次に気になったのは、氷見と夏島の頬にある大きなガーゼだ。

「それ……どうしたの」

 円義のさすそれの意味がすぐに分かった氷見は「転んだ」とすかさず返事をする。嘘だ、と直感して更に聞こうとするが、遮るように氷見が話し始めた。

 虚ろな顔をしたままでいる円義に、隠すことなくはっきりと経緯を伝える。

「あの後気を失ったお前を病院に運んだ。そんで、春の葬儀は、――― 終わった」

 その言葉を聞いた時、円義の瞳が潤んだ。それまでは、あれは夢だったのではないかと思えていたから。そのうち春が、元気よくやってくるに違いないと考えることが出来た。
  
「お前はそれから一週間も寝っぱなしだったから、伝えることが出来なかったんだ」

 悪かった、と深く頭を下げる氷見と、続けて夏島も顔を伏せる。

 言葉を発することなく黙り、まるで魂の抜けたようになってしまった円義を見て、氷見を夏島がお互いに目配せをして、夏島が懐に手を入れて一つの箱を取り出す。

「誓」

 普段相手の名前をほとんど呼ばない夏島が、円義の名前を呼んだ。

 ゆっくりと顔を上げて夏島の方を見ると、手に持っていた箱の蓋を開けて中を見せてくる。入っていたものを見て、円義が目を見開き、震える唇で呟く。

「これ……ッ」

 夏島が頷き、悲しそうに伝えてきた。

「春が、していた指輪。火葬の時に、どうしても取らないといけないから……」

「指輪だけだと無くすといけないからチェーンを付けてきた。いらなかったら外していい」

 途中で口を噤んだ夏島の代わりに、横で見ていた氷見が続ける。 
 
 受け取った指輪を、力の限りに両手でぎゅっと握りしめる円義がふるふると頭を横に動かした。

 唇を噛み締めていたそこからは微かに血が滲んでいる。それを見た氷見が、ベッドへ膝をついて手を円義の両頬に伸ばしてくる。そして弱い力で引っ張った。

「い、ひゃ。なに」

「泣きな」

 次いで黙ったままだった夏島も円義の頭に手を乗せて撫でる。

「こういうときに泣いとかないと、泣けなくなる」

 暖かい掌。初めて皆と出会ったときと何も変わらない。

 
 ―――― 春だけが……いなくなった。

 
 後悔先に立たずと言うけれど、本当にそうだ。

 どれだけその時を後悔しないように生きていても、時間が足りることはない。

 もう永遠に、いなくなってしまった。どれだけ願っても、二度と会えない。


 これからは、姿も声も温もりも笑顔も泣き顔も少しずつ、忘れて行くことしか出来ない。

 

「……~~うう、あぁ……あああああああああっ」



 突きつけられる受け入れられない現実に、円義はただただ泣き続ける。

 止められない涙が枯れるまで。

 こうやって誰かが生きて、誰かが死んでいく世界は、きっと今日も平常運転なのだろう。




 数日後、円義誓と名札のある病室の中にあったのは、綺麗に畳まれた掛け布団と、空になったベッドであった。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

人生前のめり♪

ナンシー
ライト文芸
僕は陸上自衛官。 背中に羽を背負った音楽隊に憧れて入隊したのだけれど、当分空きがないと言われ続けた。 空きを待ちながら「取れる資格は取っておけ!」というありがたい上官の方針に従った。 もちろん、命令は絶対。 まあ、本当にありがたいお話で、逆らう気はなかったし♪ そして…気づいたら…胸にたくさんの記章を付けて、現在に至る。 どうしてこうなった。 (…このフレーズ、一度使ってみたかったのです) そんな『僕』と仲間達の、前向き以上前のめり気味な日常。 ゆっくり不定期更新。 タイトルと内容には、微妙なリンクとズレがあります。 なお、実際の団体とは全く関係ありません。登場人物や場所等も同様です。 基本的に1話読み切り、長さもマチマチ…短編集のような感じです。

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...