38 / 43
第7章:情報屋『円』
私のヒーロー
しおりを挟む名古屋駅での待ち合わせ時間。
今日も春と一緒にふらふらと買い物デートをするはずだった。
一三時、金時計の下。出会えるはずの時間になっても現れない春に、LINEを送ってみる。
しかしいつまで経っても既読にすらならずに三十分。流石におかしい。
スマホのGPS機能を利用して春の居場所を特定すると、そこは港区のどこかを示していた。
「え……何でこんなところに」
はっと思いついたのはあの男。確か楠尾と山野の密会の場所も港区の倉庫だった。春が危ない。
円義はすぐに春のいる場所へと移動しようとしたが、もし他に仲間がいたら一人ではどうにもならない。操作していたスマホの画面を切り替えて氷見へと電話を掛ける。数コール目と同時に出たのがわかりすぐに事情を説明すると無言で聞いていた氷見がすぐに向かうと言われ、駅の外で待っていると、氷見と夏島がそれぞれライダースーツを着てバイクに乗ってやってきた。
「乗れ!近くに雪もいたから連れてきた、場所はさっき教えてくれたところでいいんだな?」
「っはい!」
ヘルメットを渡されて被り氷見の後ろに跨ると、バイクが発進する。
( 春……すぐに行くから、無事でいて )
轟音を鳴らしながら猛スピードでバイクを操る氷見にしがみつきながら、祈り続けた。
思考を働かせること以外何も出来ない現状のもどかしさが胸をしめつける。
今まで晴れていた天気がまるで円義の心と同化しているように曇天へと変わり始めた。目的地へはもうすぐ着くと言うところで、ついに雨がポツポツと降り出し、何か嫌なことが起こるのではないかと不吉さを予感させる。ネガティブになってしまう思考をどうにか止めて大丈夫、大丈夫、繰り返し心の中で唱えていると、轟音が小さくなり、バイクが止まった。
「誓、着いたぞ!春はどこだ」
濡れないようにバッグに入れていたスマホを手に持ち電源をつけると、GPSの場所は目先にある倉庫を指している。
「あそこです!そこの倉庫みたいな所の中に!」
微かにわかる程度だった雨は本格的に降り出し、外を走る三人の身体を濡らしていく。
閉まっていた倉庫の大きな扉を夏島が力業で思い切り開けると、中の様子が見えた。
その時見た光景を、円義はきっと一生忘れることは出来ないだろう。
楠尾を含む五人の男に囲まれながら、傷つき倒れている春の姿を見た瞬間、円義の頭の中が真っ白になった。直後、激昂へと変化する。足が一人でに動き出し、春のいる方へと向かっていた。背後では気づいた氷見たちの静止の声が聞こえるが止められない。
円義たちに気づいた楠尾たちが振り返り、一直線に向かってくる円義を迎え撃とうと構えた。
それでも円義の視線は楠尾ただ一人に向かったまま。
先に仲間が止めるだろうと油断していた楠尾だったが当てが外れ、既に仲間たちは急ぎ円義を追い越した氷見と夏島によって抑えられていた。
そのことに気づくも遅く、円義のタックルをもろに腹にくらう。
「ぐべぇッ」
勢いによって吹き飛ばされた。
ふーふーと肩で息を吐きながらなおも楠尾に近づこうをする円義を、微かな声が止める。
「ちー……、ちゃん?」
「っはる!」
痛む身体を必死で起こそうとする春の呼ぶ声に、慌てて駆け寄った。
ぐっと抱き起こす。
「来てくれたんだ、ごめんね、デート行けなくて」
「そんなのいい!無事で、っよかった」
ぎゅうぎゅうときつく抱き着きついてくる円義に優しい笑みを見せる。
「帰ろ」
こんな場所にいつまでも春を置いておきたくなかった円義が、春の前にしゃがみ、両手を後方へ伸ばした。
「おんぶするから乗って」
目の前にある広い背中を見た春は、「ちーちゃん、本当に大きくなったねえ」と円義を揶揄う。
「何それ、どこかの孫に言うセリフみたいだよそれ」
大きく、温もりを感じる目の前の背中におぶさろうとした春は、背後で動く音に気付き、慌てて円義を突き飛す。
――― パァンッ
同時に、大きな発砲音。
「あ……ッ」
態勢を崩した円義が慌てて春の方を見ると、此方に倒れこんでくる姿だった。
ドサリと二人で倒れこむ。
春の背中に手を這わせてた時、円義はぬるりと暖かい何かの感触を手に感る。
――― 紅い……血?
一瞬円義の世界から音が消え、春の更に後方に目を向けると、拳銃を此方に向けている楠尾の姿があった。
「ゴホッ」と言う苦しそうな喘ぎと共にビチャリと嫌な音によって、雑音の世界が戻る。
恐る恐る腕の中にいる春を見たとき、わなわなと口元が震えた。
「春っ……はる!」
少女のお腹周りは夥しい血によって、紅く染まっている。最初は痛みを堪えるような表情をしていたが今はもうそれがない。激痛を通り越し、痛覚が鈍ってきていたのだ。
少しずつ、少しずつ。
手をだらりと投げだしたまま、春は荒く息をしながら、名前を呼ばれて閉じていた目をゆっくりと開けた。そして自分を抱きかかえる相手が誰かわかると、静かに微笑みを浮かべる。
「だいじょ、ぶ?」
弧を描く少女唇の端には、吐血によって血がこびり付いており、顎の方まで伝っていた。
「うんっ」
春の頭をぎゅっと抱え込むように、顔を近づけて額をコツリとくっるける。
「ふふ。なあに、キス、する?」
「春、春」
甘えるように名前を呼び続ける円義に、「口、つけて」とねだった。
円義はそっとキスをする。
「春、死なないで……ッ」
きっと最後になるであろうお願いに、ちゃんと応えてくれた円義に、春が話し始める。
「私が死ぬの、一%は……君の、せいだからね」
最愛の人からの咎めの言葉に円義はグッと唇を噛み締めた。
「でも私ね、何も後悔してないよ。君と出会ったことも、皆と出会ったことも。ねえ、ちーちゃん……後悔するような生き方したら……っ、いけん、よ?」
春はまた、微笑んだ。その瞳からは涙が伝う。
少しずつ、少しずつ、春の胸の鼓動がゆっくりになっていく。
「っは……春っ、好きだよッずっとずっとこれからも」
最後の力を振り絞った春が、雨か涙か、わからないほど伝い続ける頬に掌を当て、円義はその掌の上から己の掌を被せる。
「それは、だめ。ちー、ちゃん……は、ひとりじゃ、ないよ?だからっ進んで、欲しい。立ち止ま……たら、おこる、よ」
「うっううっ」
「ね……え、私の、ヒー、ロー?」
春の瞳が閉じ始める。そして、それを最期に、彼女の時が止まった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません
和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる?
「年下上司なんてありえない!」
「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」
思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった!
人材業界へと転職した高井綾香。
そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。
綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。
ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……?
「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」
「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」
「はあ!?誘惑!?」
「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」
ちょっと待ってよ、シンデレラ
daisysacky
ライト文芸
かの有名なシンデレラストーリー。実際は…どうだったのか?
時を越えて、現れた謎の女性…
果たして何者か?
ドタバタのロマンチックコメディです。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
【完結】その同僚、9,000万km遠方より来たる -真面目系女子は謎多き火星人と恋に落ちる-
未来屋 環
ライト文芸
――そう、その出逢いは私にとって、正に未知との遭遇でした。
或る会社の総務課で働く鈴木雪花(せつか)は、残業続きの毎日に嫌気が差していた。
そんな彼女に課長の浦河から告げられた提案は、何と火星人のマークを実習生として受け入れること!
勿論彼が火星人であるということは超機密事項。雪花はマークの指導員として仕事をこなそうとするが、日々色々なことが起こるもので……。
真面目で不器用な指導員雪花(地球人)と、優秀ながらも何かを抱えた実習生マーク(火星人)、そして二人を取り巻く人々が織りなすSF・お仕事・ラブストーリーです。
表紙イラスト制作:あき伽耶さん。
湖の町。そこにある学校
朝山みどり
ライト文芸
寂れた町の学校。照明器具を買う予算を賄う為に、寄付をつのる事にした。寄付と言ってもただ貰いに行ってもなにも貰えない。どうすれば??
劇を、それもミュージカルを上演して見てもらおう。そう思って、生徒も先生も頑張る。
すると・・・手を差し伸べてくれる人が現れる。
素直に親切にされる生徒と先生・・・さて、どうなるでしょう??
正義のヒーローはおじさん~イケてるおじさん三人とアンドロイド二体が事件に挑む!?~
桜 こころ
ライト文芸
輪島隆は55歳のしがないおじさん、探偵事務所を営んでいる。
久しぶりに開かれる同窓会に足を運んだことが、彼の運命を変えることになる。
同窓会で再会した二人のおじさん。
一人は研究大好き、見た目も心も可愛いおちゃめな天才おじさん!
もう一人は謎の多い、凄技を持つ根暗イケメンおじさん?
なぜか三人で探偵の仕事をすることに……。
三人はある日、野良猫を捕獲した。
その首輪に宝石がついていたことから大事件へと発展していく。
おじさん三人とアンドロイド二体も加わり、探偵の仕事ははちゃめちゃ、どんちゃん騒ぎ!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる