烏と春の誓い

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第7章:情報屋『円』

私のヒーロー

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 名古屋駅での待ち合わせ時間。

 今日も春と一緒にふらふらと買い物デートをするはずだった。

 一三時、金時計の下。出会えるはずの時間になっても現れない春に、LINEを送ってみる。

 しかしいつまで経っても既読にすらならずに三十分。流石におかしい。

 スマホのGPS機能を利用して春の居場所を特定すると、そこは港区のどこかを示していた。

「え……何でこんなところに」

 はっと思いついたのはあの男。確か楠尾と山野の密会の場所も港区の倉庫だった。春が危ない。

 円義はすぐに春のいる場所へと移動しようとしたが、もし他に仲間がいたら一人ではどうにもならない。操作していたスマホの画面を切り替えて氷見へと電話を掛ける。数コール目と同時に出たのがわかりすぐに事情を説明すると無言で聞いていた氷見がすぐに向かうと言われ、駅の外で待っていると、氷見と夏島がそれぞれライダースーツを着てバイクに乗ってやってきた。

「乗れ!近くに雪もいたから連れてきた、場所はさっき教えてくれたところでいいんだな?」

「っはい!」

 ヘルメットを渡されて被り氷見の後ろに跨ると、バイクが発進する。

( 春……すぐに行くから、無事でいて )

 轟音を鳴らしながら猛スピードでバイクを操る氷見にしがみつきながら、祈り続けた。

 思考を働かせること以外何も出来ない現状のもどかしさが胸をしめつける。

 今まで晴れていた天気がまるで円義の心と同化しているように曇天へと変わり始めた。目的地へはもうすぐ着くと言うところで、ついに雨がポツポツと降り出し、何か嫌なことが起こるのではないかと不吉さを予感させる。ネガティブになってしまう思考をどうにか止めて大丈夫、大丈夫、繰り返し心の中で唱えていると、轟音が小さくなり、バイクが止まった。

「誓、着いたぞ!春はどこだ」

 濡れないようにバッグに入れていたスマホを手に持ち電源をつけると、GPSの場所は目先にある倉庫を指している。

「あそこです!そこの倉庫みたいな所の中に!」

 微かにわかる程度だった雨は本格的に降り出し、外を走る三人の身体を濡らしていく。

 閉まっていた倉庫の大きな扉を夏島が力業で思い切り開けると、中の様子が見えた。

 その時見た光景を、円義はきっと一生忘れることは出来ないだろう。

 楠尾を含む五人の男に囲まれながら、傷つき倒れている春の姿を見た瞬間、円義の頭の中が真っ白になった。直後、激昂へと変化する。足が一人でに動き出し、春のいる方へと向かっていた。背後では気づいた氷見たちの静止の声が聞こえるが止められない。

 円義たちに気づいた楠尾たちが振り返り、一直線に向かってくる円義を迎え撃とうと構えた。

 それでも円義の視線は楠尾ただ一人に向かったまま。

 先に仲間が止めるだろうと油断していた楠尾だったが当てが外れ、既に仲間たちは急ぎ円義を追い越した氷見と夏島によって抑えられていた。

 そのことに気づくも遅く、円義のタックルをもろに腹にくらう。

「ぐべぇッ」

 勢いによって吹き飛ばされた。

 ふーふーと肩で息を吐きながらなおも楠尾に近づこうをする円義を、微かな声が止める。

「ちー……、ちゃん?」

「っはる!」

 痛む身体を必死で起こそうとする春の呼ぶ声に、慌てて駆け寄った。

 ぐっと抱き起こす。

「来てくれたんだ、ごめんね、デート行けなくて」

「そんなのいい!無事で、っよかった」

 ぎゅうぎゅうときつく抱き着きついてくる円義に優しい笑みを見せる。

「帰ろ」

 こんな場所にいつまでも春を置いておきたくなかった円義が、春の前にしゃがみ、両手を後方へ伸ばした。

「おんぶするから乗って」

 目の前にある広い背中を見た春は、「ちーちゃん、本当に大きくなったねえ」と円義を揶揄う。

「何それ、どこかの孫に言うセリフみたいだよそれ」

 大きく、温もりを感じる目の前の背中におぶさろうとした春は、背後で動く音に気付き、慌てて円義を突き飛す。

  
 ――― パァンッ


 同時に、大きな発砲音。

「あ……ッ」

 態勢を崩した円義が慌てて春の方を見ると、此方に倒れこんでくる姿だった。

 ドサリと二人で倒れこむ。

 春の背中に手を這わせてた時、円義はぬるりと暖かい何かの感触を手に感る。

 ――― 紅い……血?

 一瞬円義の世界から音が消え、春の更に後方に目を向けると、拳銃を此方に向けている楠尾の姿があった。

 「ゴホッ」と言う苦しそうな喘ぎと共にビチャリと嫌な音によって、雑音の世界が戻る。 

 恐る恐る腕の中にいる春を見たとき、わなわなと口元が震えた。

「春っ……はる!」

 少女のお腹周りは夥しい血によって、紅く染まっている。最初は痛みを堪えるような表情をしていたが今はもうそれがない。激痛を通り越し、痛覚が鈍ってきていたのだ。

 少しずつ、少しずつ。

 手をだらりと投げだしたまま、春は荒く息をしながら、名前を呼ばれて閉じていた目をゆっくりと開けた。そして自分を抱きかかえる相手が誰かわかると、静かに微笑みを浮かべる。

「だいじょ、ぶ?」

 弧を描く少女唇の端には、吐血によって血がこびり付いており、顎の方まで伝っていた。

「うんっ」

 春の頭をぎゅっと抱え込むように、顔を近づけて額をコツリとくっるける。

「ふふ。なあに、キス、する?」

「春、春」

 甘えるように名前を呼び続ける円義に、「口、つけて」とねだった。

 円義はそっとキスをする。

「春、死なないで……ッ」

 きっと最後になるであろうお願いに、ちゃんと応えてくれた円義に、春が話し始める。

「私が死ぬの、一%は……君の、せいだからね」

 最愛の人からの咎めの言葉に円義はグッと唇を噛み締めた。

「でも私ね、何も後悔してないよ。君と出会ったことも、皆と出会ったことも。ねえ、ちーちゃん……後悔するような生き方したら……っ、いけん、よ?」

 春はまた、微笑んだ。その瞳からは涙が伝う。

 少しずつ、少しずつ、春の胸の鼓動がゆっくりになっていく。

「っは……春っ、好きだよッずっとずっとこれからも」

 最後の力を振り絞った春が、雨か涙か、わからないほど伝い続ける頬に掌を当て、円義はその掌の上から己の掌を被せる。


「それは、だめ。ちー、ちゃん……は、ひとりじゃ、ないよ?だからっ進んで、欲しい。立ち止ま……たら、おこる、よ」


「うっううっ」


「ね……え、私の、ヒー、ロー?」



 春の瞳が閉じ始める。そして、それを最期に、彼女の時が止まった。



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