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第7章:情報屋『円』
烏の飛び立ち
しおりを挟む同時刻 ≪烏≫ 溜まり場
部屋の中には秋路と春、氷見と夏島の四人だけしかおらず、各々が好きなことをしている。 その中で、春だけは自身のスマホを見ながらそわそわしていた。
「どうしたの、春」
横で何やら書き物をしていた夏島が、うんうんと唸る春に尋ねると、「ちーちゃんからの連絡がない」しょぼんとした顔になりながら唇を尖らせる。
「あいつも氷見から護身術を習って一人前の男だ。そんなに心配しなくてもいいだろ」
奥にあるソファーの上で仰向けに横になりながら口をはさんでくる秋路に、春がギロッと効果音が付きそうなほど睨みつけた。
「そもそもお兄ちゃんがいけないんだよ!私たちに内緒であんな大事なこと話し合うなんて!調べるだけならいいじゃない!」
むうう、と春が頬を膨らませる。
「……それは俺に、仲間を信じるなって言ってるのか?」
「そ、そういう訳じゃないけど……」
「二人とも、少し落ち着け」
兄妹喧嘩に発展しそうな展開に、氷見が待ったをかける。
「どっちの言い分にも一理ある。よって、今日中に誓から連絡がないなら動く。これでどう?」
「ひーちゃん!!大好き!」
味方をしてくれた氷見に春が抱き着いた。
「おい。春の株上げてんじゃねえぞ」
妹の中で株を上げる存在はもれなく気に入らないシスコンに慣れている氷見は刺すような視線に何も感じない。
「シスコン」
「……んだと?もういっぺん言ってみろ雪ぃ」
唐突にブッ混んできた夏島の言葉に、面地を切りはじめる秋路。
「そのままの意味」
「表出ろ」
「はいはいそこまで。いい加減にしないと全員追い出すよ」
次から次に揉め始めるメンバーたちを一言で抑えつけることが出来るのは≪烏≫の中と言えど氷見だけだろう。
騒がしい場所よりもどちらかと言えば落ち着いた環境を好む氷見にとって今の状況は煩わしい。本気で追い出そうかなと考えていた所で、溜まり場の扉が開いた。
カラン、ギィ――……
「っ……う」
メンバーが来たのかと思い扉を見た春が、息も絶え絶えに扉にもたれ掛かる円義の姿に息を飲む。立っているのも辛そうな円義の表情に、慌てて近づく。
「ちーちゃん!?どうしたのその傷!」
よく見れば身体のあちこちに殴られたような傷があった。一番酷かったのはナイフでつけられたであろう口元の切り傷だ。流れ出す夥しい血が顎の辺りを覆っている。
血を止めようと拭ったのだろう、円義の服の袖が血を吸って真っ赤になっていた。
頬も目元も痣があり、腫れている。
異様な雰囲気に気づいた他の三人も円義の状態を見て事態を察し、氷見が奥にあるソファに乾かしてあったバスタオルと枕を置いて簡易的なベッドを作る。
崩れ落ちそうな円義を支えていた春だったが、いつの間にか出来た体格差から意識を失いそうな円義の体重まで支えきることが出来ずに一緒に倒れそうになった。
いつの間にか近くに来ていた夏島がグイッと春が支える方とは反対の円義の腕を掴み、そのまま両腕に乗せてソファまで運ぶ。
「春、奥の部屋に救急箱があるから取ってきて。雪はそこにあるタオル取って」
こう言った手当に慣れている氷見が的確に指示をし、夏島に渡されたタオルを一番出血の多い口元に当てて止血する。その間に春が持ってきた救急箱を開けて消毒液やガーゼ、テープでこれ以上血が出てこないようにする。
治療の間に少し意識がはっきりしてきた円義が、震える手で自身のスマホを取り出して渡してきた。視線は一番離れた所から様子を見ていた秋路に向いている。
「証拠、を……」
初めて見る円義の傷つきように心配そうな眼差しを向けてはいたが、こうなった原因が今円義が持つスマホの中にある。それはいわば楠尾が黒だと言う確たる証拠ということだ。
≪烏≫の一員として認め始めている円義をこんなにした相手が、以前信じると言った楠尾であるならそれは勿論許されないことだ。仲間を信じると言っておきながら円義の忠告を受け入れようとしなかった自身への罰なのか。
だが≪烏≫の者の中で一番上に立つ自分が揺れるわけにはいかない。円義の手にあるスマホを取り、少し離れた所で表示されているものを見る。
それから微動だにしない秋路を見て、氷見が春に手当ての続きを頼む。
了承した春がソファ横に膝をついたのを見てから、夏島と二人で秋路に近づいて、その手の中にあるスマホの画面に目をやった。
映っていたのは―――。
「これ……楠尾、か?」
「そうみたい。一緒にいるこのおっさん誰」
既に映っていた動画を最後まで見終わっていた秋路が、スマホを氷見たちへと渡す。
「見ろ」
言われるままに最初から再生する。
流れていく映像に、氷見も夏島も眉を顰めた。
「楠尾さんといる男は……山野組の人です」
先ほどの夏島の疑問に対しての答えだろう、円義が身を起こしながら楠尾が相手にしている男の正体を告げる。
「……どうするの」
映っている二人とその会話。今後のことを氷見が秋路に問う。
「今回のことは俺の責任だ。信じる者を見誤り、仲間を傷つけた」
「でもそれはお兄ちゃんのせいじゃない!」
「俺が、勝手にやったことです。あなたののせいじゃない」
「けじめはつける。裏切者に次は無い」
此方に背を向けながら言う秋路の背中には言い知れぬ何かを感じた。
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