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第六章:メランコリー
終わりと復讐
しおりを挟む楠尾以下チンピラたち全員を拘束し終え、梵と三人で外に出る。
怪我を負っている梵に、氷見が自分の上着を掛けると「よく頑張ったな」ポンポンと頭を撫でて無事だったことを褒める。
「自分でもよくわからないんです……途中で意識がなくなったと思ったら氷見さんに叩かれてて」
「悪かったな……疲れただろう?少しゆっくりしてな」
「ありがうございます」
倉庫の扉に寄り掛かるようにさせるよ、梵は少しうとうととし始めた。
梵から離れて夏島の所へと向かうと、氷見はまず感謝の言葉を述べ、同時に気になっていたことを聞く。あれだけに詰まっていた仕事は進んでいるのだろうかと。
「ところで、助力頼んでおいてなんだけど、お前仕事大丈「ああ……大丈夫だ」」
氷見の質問に対して、かなり食い込み気味に返事を返した夏島の目が尋常ではないくらいに泳いでいたる。その姿を見て、氷見は悟った。絶対やばいやつだ、と。
氷見は夏島の肩をポンと叩いた。
「頑張れ」
ただ一言、そう言うしかないが、夏島の作品を楽しみにしている人たちが日本全国さらには世界中に大勢いるのだ。ここは大人しく捕まったほうがいいと思わないではないが……。
氷見がそのまま夏島の方に視線を向けていると、夏島の背後のほうに何か黒いものが見えた。
あれはまさか?と目を凝らす氷見に気づいた夏島は、悪寒を感じる。
直後。
「見つけましたよおおおおおお?せんせええええええ!」
夏島を確保せんと、バイクの轟音と共にやってきた和達の姿が明白になってきた瞬間と、夏島の全力疾走のスタートダッシュは同時だった。
既に数メートル先へと逃げている夏島の背中と、横をバイクで抜き去って行く和達を見ながら、
「この光景見るの、一体何回目だ……毎度毎度大変だなあ」
一難去ってまた一難。ふう、と氷見が息を吐く。
「梵君!!無事か!?」
そこへ、蘭に保護されていた空と流がやってきた。車から降り、足早に梵のもとへ駆け寄っていった空が抱きしめる。
「よかったっ、よかったよう」
後から来た流も、梵の無事な姿を見て安堵し、「よかった」と呟く。
「空、そんなに抱きしめたら梵が苦しいだろ。怪我してるんだぞ」
「あっご、ごめんね梵君」
梵の安否が気になりすぎていたせいでそこまで気が回らなかった空は、慌てて力を弱める。
「ったく、いつも身体から先に動く癖、なんとかしろ」
「うう~~~っ。いひゃいよりゅう」
そんな空の行動を咎めるように流が空の両頬を左右から引っ張った。
二人の姿を見ながら、梵は安堵する。
ずっと緊張状態にあったからこそ、全身の無駄な力が抜けてふわふわとしていた。梵のせいで危ない目にあったと言うのに心配までしてくれた上にここまで来てくれた二人。
空と流のじゃれあいによって空の顔が変顔に近くなっていた。仕返しとばかりに空も必死に流の両頬を引っ張ろうとする。そしてそのうち流の顔の半分が引っ張られている状態に。
変わらない二人の相変わらずのやり取りに、梵の口角が自然とあがる。
「ふ」
三人のやり取りを見ていた氷見は目を見開いた。
空と流を連れてきて、二人が梵のもとへと走り出した後に氷見の横に並んで話していた蘭も、「あらあら」と思わず関心する。
――― 梵が、笑っていた。
パシャリ。
氷見は上着のポケットからスマホを取り出すと、瞬間を逃さないように連射した。
「ちょ……早すぎて気持ち悪いわ氷見ちゃん」
「梵の笑顔はそれだけ貴重なんです」
写しまくる氷見に、蘭が微妙な顔をしているが、実際本当に貴重なのだ。
親戚とはいえ年に数回の集まりで顔を合わせる程度であったが、昔の梵はよく笑う子だった。それが、あの襲撃事件によって、記憶をなくしてしまった上に、感情表現豊かだった梵は事件のショックによってまるで感情が抜け落ちたようにほとんど笑わなくなってしまったのだ。
あれは梵が七歳の時の出来事だから、一一年間、氷見は梵と会いはしてもこんな笑顔を見たことは一度もなかった。
( そう言えば、あの人たちにも送らないとな )
氷見は、あるLINEのグループを開くと、そこに先ほどの梵の写真を何枚か張り付ける。
するとすぐさま既読二となった。一人は梵の母で、氷見にとっては叔母にあたる五月女咲。もう一人は、阿良々木だ。このグループを作ったのは叔母の咲なので、何故にこの三人なのかは不明である。そのLINEグループのトーク画面には暫くの間萌え死ぬスタンプが大量発生することになるのだが、とりあえずはこれでいいかとLINEを落としてスマホを再びポケットへとしまった。
「そう言えば、相手の人数結構いたみたいだけど貴方と夏島君の二人だけでよく勝てたわね」
「いや……三分の一は梵の仕業」
「――― ハ!?まじかよ……」
「蘭さん、口調」
家庭の事情から、身を守る術を持っていないと危ないからと言う叔母の指摘で色々な武道を習わされてたと聞く。その中の幾つかの種目の大会で優勝したこともあったはずだ。
記憶をなくしてからも習い事は続けさせていたようで、日常でそうそう使う機会がないからただの大人しい子と言うイメージだったのが改めさせられる一件であった。
「ンンッ、凄いのねえ、あの子」
その後も、三人のやり取りを蘭と話しながらも見守っていると、氷見の視界の端に動くものがあった。
あっちは確か、縄で縛った楠尾たちがいる方向だ。仲間はすべて楠尾と同じように身動きが取れないようにしてある。動くものがあるとすればそれは……。
氷見はただ静かにそれを横目で流す。そうして姿が見えなくなった後、天を仰いだ。
「ふう……」
「あら、氷見ちゃんどうしたの」
「んー……」
まともな言葉を発しない氷見に、蘭は首を傾げる。
「世の中不条理だなあって」
あの子は死んでしまったのに、あのクズが未だに生き続けている。
虚しさの残る苦しさを感じながら、空を見続ける氷見の聴覚に侵入してきたのは、どこか遠くで鳴っているパトカーのサイレンの音だった。
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