烏と春の誓い

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第五章:夕刻

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「っう……」

 目を覚ました瞬間、ずきずきと痛む頭に呻く。少しずつ意識がはっきりしてくる中、梵は辺りが薄暗く錆び臭いにおいに気づく。霞む視界を必死に開けて場所を把握しようとするがあるのは雑多なガラクタの入っている大きな箱がいくつかと、あとはその中に隠すようにして混じる新しめの更に大きな箱に布か何かが被せてある。見た感じどこかの倉庫のようだ。

 身体を動かそうとすれば、手や身体を縛る縄に阻まれてしまって立ち上がる事すら出来ない。背後にある大きな鉄柱に括り付けられているせいで、そのまた後ろまで見ることがかなわなかった。

 今は何時だろうか。確か空と流と一緒に帰っていたはずが……記憶を遡ってみると、二人別れて家付近の道を歩いていたことまでは思い出せた。そしてその途中に見知らぬ番号からの電話が掛かってきた。電話に出ると、しゃがれた男の声がした。

『初めまして、五月女梵クン』

 不気味なその声にはっきりと名前を呼ばれ、緊張感や不快感が湧き上がる。

『誰ですか?』

『まあ言ってもわからないと思うけど、俺は楠尾って言うんだけどさ、君の大事な大事なお友達二人を預かってんだよなあ』

『っ、二人は無事なんですか』

『だからあ、迎えに来てやってくれよ』

 梵は楠尾と言う男の話を聞きながら、焦り始め、その間にも楠尾はお構いなしに二人がいると言う場所を告げてくる。

『あと、このこと誰かにいったら……どうなるかわかってるよな』

 すぐに氷見に相談しようと思っていた梵はグッと唇と噛み締めた。その後一方的に電話は切られてしまい、梵は暫くその場で悩みながらも結果、とりあえず先ほど言われた場所へと向かうことにする。こうやって電話をしてきたという事は、狙いは自分にあるようだった。何故かはわからないが、今はとにかく二人を救わなければ。

 それで楠尾に言われた場所までやってきたところで、後頭部に一瞬激痛が走ったのを感じたあとにすぐ意識を失ってしまったのだ。


 意識と視界がはっきりとしてきた所で、前方にあった閉じていた扉がガガ、ギギ、ゴゴッと錆びが混じる音と共に開かれる。

 現れたのは不良集団。何人いるのかはこのさいもはやどうでもよかった。

「お、意識戻ってんじゃん!」

「ちょっと殴っただけで失神しやがったもんなあ」

「言ってやるなよ、殴り合いなんてしたことないだろあいつ」

 下種な笑みを浮かべながら会話をする男たちに、梵は視線をやる。

「ああ?睨んでるつもりかそれで」

「へへっ、それにしてもあんな電話の内容信じてのこのこやってくるなんざとんだお人よしだぜ」

「つーかタダの学生すら捕まえられねえなんてあの三人後で楠尾さんにしめられるんじゃねえ?」

「ギャハハッ!そりゃそうだろ!」

「お前ら、ちょっとおしゃべりが過ぎるぞ。少しそいつをいたぶってやれ」

「すんません楠尾さんっ」

 男たちのそのまた後ろにいる男がどうやら電話を掛けてきた楠尾と言う男のようだった。不良たちの態度を見るにリーダー格なのだろう。命令を下したあと、楠尾は去って行った。

 そして楠尾の命令を実行すべく、不良たちが梵の方へと近寄ってくる。

「悪いなあ、良心は痛むけど楠尾さんの命令なんだ」

「はっ?お前に良心なんてあったのかよ!」

 軽口を叩き合いながらやってくる男たちの姿に、梵の視界に一瞬の白い靄が掛かった。
   

 ※ 


 見たことのない光景がフラッシュバックする。いや……これは見たことがある。

 
 ――― 見たことがある?


 黒服を着た男たちが、幼い梵に近寄ってくる。手を伸ばし、捕らえようとしてくる。

 恐怖 萎縮 怖気 怯え 畏れ 寒気 恐怖  
 
 恐ろしく背筋に冷たいものが走るような、だがしかし震えようとする身体とは反対に、萎縮や緊張によってたじろぎ、無意識に己の身体を守る為に亀の如く固まろうともしていた。

 感じたことのないような様々な感情がいくつも梵の中をぐるぐるぐるぐる。

 気持ち悪く吐き気がした。

 目の前がだんだんとブラックアウトしていくのがわかる。

 意識を失ってはいけないのに、精神が耐えてくれない。脳が緊急事態という名の緊急指令を出している。

「こいつ、また気を失いやがったぜ!」

 つい先刻まで自分たちを睨みつけていた梵の頭がカクリと折れ、今は頭の天辺が見える。

「流石にこんだけ人相の悪い奴らに囲まれればそりゃあ気絶したくもなるだろ!」

「違いねえ!」

 弱いもの相手に優位に立ってこそ、真価を発揮するチンピラたちだ。逃げろ逃げろと大勢の仲間と共にたった一匹の獲物で遊ぶ姑息なハイエナの様な彼等は、逃げ場を失い果ては意識の離脱と言う恐怖からの逃げを選択するしかなかった梵をあざ笑う。

 内一人が、その笑える光景をスマホで撮影しようと、ポケットから真っ赤なスマホを取り出して梵に向かってカメラを向けた。そして録画開始の赤いボタンをタップしようとした瞬間だった。


「アガッあああああああっ!?あごっ、俺のあごが……ぁッ」

 
 一瞬の間に、一人のチンピラが己の顎を手で押さえながら痛みにのたうち回っている。

 周りに立っている残り九人のチンピラたちは、その刹那に起きたことが未だに理解、現状把握が追い付かずに目を見開いて見ているだけだ。


 一体どういうことだ。

 何が起こった?

 今、この場には味方が九人。

 テキは……いない。

 ただ一人、気絶しているこのガキ以外は―――。

 
 誰が、やった――? 


 答えは簡単だった。

 痛みにあがく男がその場にいる誰よりも、梵の近くに立っていたから。


 次の瞬間、二番目に梵の近くに立っていたチンピラの口から歯が数本ポロポロと落ちていた。しかも外部からの攻撃によって口内の歯茎から無理やり引き剥がされたために大量の出血付きでだ。

「はッ、俺のはがあああああ」

 歯が欠けたことにより出来た穴から、空気が漏れて入れ歯を取った後のようなスカスカな絶叫が辺りに響き渡る。

 口から止めどなく流れている血が地面にビチャリと飛び散るのを見ながら、初めて残りの八人は誰がこの状況を作り出したのかを理解する。


 それからすぐに三人目が正面から水月を突かれて気絶し、倒れこんだ。


 ようやく自分たちの状況が少しずつ追い詰められ始めていることを理解し始めた七人のチンピラたちは、持ってきていた棒やスタンガン、金属バットや木刀とかを手に取る。


 何なんだこのガキは、何で両手が自由になってる? ロープでかなりきつめに縛っておいたはずだ。逃げ出さないように。それが何でついてない。まさか、縄抜けでもしたのか?そんな馬鹿な!

 チンピラの一人が梵の手首に目をやると、しっかりと縛られていた跡があった。

 まさか、まさかなのか?

「こっ、こいつ、自分で縄を解きやがった……!」

 後ろ手に縛られている状況から縄抜けし、すぐさま攻撃に入るなど、どんな芸当なのか。

 梵がどうやって拘束を解いたかを考えている間にも、四人目がやられる。

「くっそ、テッタまでやりやがって!ふざけんじゃねええええッ」

 相手はたった一人だ、残り全員で掛かれば絶対に負けるはずがない。

 まだ余裕の消えない残りのメンバーが一斉に梵に向かって駆けだした。

 次々に襲い来るチンピラたち相手に少し手こずり傷を負わされるものの、梵の動きは鈍っておらず、掌底打によって五人目を気絶させた後は足払いで六人目をこけさせて頭を打ち気絶、七人目、八人目、九人目。

 ―――軽々と他のメンバーを伸していく梵の姿に、カチカチと歯を鳴らす十人目は残るのがあと自分しかいないことに絶望を感じながら、何が起こったのかに気づくことなく視界が真っ暗になった。


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