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第五章:夕刻
シャルとラッキーの正体
しおりを挟む空と流の夢想は間違いではなかった。
梵たちと別れたシャルロットは、顔に笑みを浮かべながら軽やかに歩いていた。ラッキーはその横で今も渋顔だ。梵と連絡先を交換することができたことはシャルロットにとって幸運だった。でなければこれ以降二度と会うことがないであろうから。偶然の再会なんてことはきっとない。しかし連絡先を交換さえ出来ていれば今後日本に来た時には連絡を取ることが出来る。
先ほどのような行動を取ったのは長く生きてきて初めての経験だった。
シャルロット・ラビガレッジは、外見は幼いが果てしなく長い時を生きてきた吸血鬼だ。
自分がいつどこでどうやって生まれ、そして親と言うものは存在するのか。それはもう既に、幾年もの記憶の中に埋もれてしまった。
生きるのに飽きたことは何回もあるし、自ら命を絶とうと思ったこともある。そして実際に実行してみた。
日光浴をしてみても、首を刎ねてみても、心臓を貫いてみても、頭を潰してみても、死ねなかった。
挙句の果てはアンデッドである吸血鬼を畏れ、脅威と考えた人間たちによって編み出された吸血鬼の殺す方法などと言うものにまで手を出した。
銀の弾丸、杭、そして自分で火をつけて燃えてみたりもした。対吸血鬼用のものを用意し、試してみたがダメだった。痛かった。ただ痛いだけで『死』を迎えることは出来なかったのである。
そのうち死ぬのを諦め、今度はやったことのない事をして時間を潰そうと考え始め、まずは世界を廻ることにした。
ある時は一国の端から端までを歩いたら何歩かかるかを調査したり、日光避けの屋根を付けた筏を作って上に寝転び、ひたすら海や川を漂流したり、その時歩いていた道に落とし穴を掘りまくったりなどと言う無意味なことをしていたこともあった。
もしかして自分と同じような存在が、同士が、この世界のどこかにいるのではないかと期待をしながら、探してみたこともあった。
結果は、――― いた 。
彼等と巡り会い、生きる価値と言うものを見出し、また生きることに飽きては生きる糧を見つけることの繰り返し。そんな時間を何度も何度も繰り返しながら一人で過ごしてきた。
それからいつだったか、ラッキー・ウォーカーと出会った。捨て子であった彼は、赤子そのままで、ただ泣くことしかできない状態だった所をシャルロットがただの暇つぶしに拾ったのだ。以来どれほろの時間がたっただろうか。シャルロットの中で、人間は長くて百年程しか生きられないとてもひ弱な人種だ。ラッキーはどうやらシャルロットの同胞だったようで、数百年経ったいまでも生きている。
ラッキーを拾ったことは、シャルロットにとってとても幸運なことだった。
だって、一人ではなくなったから。誰かと一緒にいる重要性と言うのを、シャルロットはようやく理解し、人間が群れたがる理由も何となくわかった。と同時に、人間とは寂しい生き物なのだという事も。
二人になってからも、時代の流れを感じ、受け入れながら世界各国を渡り歩いていたシャルロットとラッキーは、ある時イタリアと言う国にたどり着いた。
そこで出会ったのは二人の今のボスだ。豪快な性格と他を纏め上げるリーダーシップ。そのセンスは生まれ持った才能であると言ってもいいくらいに、男は周りを魅了した。
男のやり方に対して興味が湧いたシャルロットは、どうせ数十年だろうが暇つぶしにはなるだろうとラッキーを巻き込んで男の作り上げた組織に入ることにしたのだ。
――― シチリアマフィアに。
ボスはシャルロットとラッキーがどのような存在なのかを知っている。
最初は隠し通そうかと思っていたが、ある日シャルロットが輸血用のパックにストローをブッ刺して飲んでいる所を見られてしまった。
トマトジュースだとしらを切ろうとした二人に近づいてきたボスは、「だいたいいつも血の匂いがするからわかる」と言い、外見があまり変わらないことから人間ではないことに薄々感づいていたと言った。シャルロットが怖がられ追い出されたらそれはそれで仕方がないかと白状すると、なんと突然二人をまとめて抱きしめた。バシバシと背中を加減なしの力で叩き、「お前ら最っ高だ!いつか会ってみたかったんだよなあ、ヴァンパイア!」とか言いながらシャルロットに鋭い犬歯があるのかをしきりに聞きいてきて口を開いて確かめられたり、急にラッキーの胸を持っていた銃で撃ちぬいたりそれはもう凄い興奮の仕方だった。
不死者である二人はもちろん死ぬことはないが、いきなりやられれば怒るのは必須で、その瞬間にボスとの大喧嘩が始まった。仲間たち総出で止められるまで続いたそれは後に『カポパッゾ』と呼ばれることとなる。
そんな感じの頭の螺子一本がどこかへすっ飛んでいるようなイカれたボスではあるが、彼はシャルロットたちに居場所をくれた存在でもあった。『カポパッゾ』によってシャルロットとラッキーがヴァンパイアだという事が「名誉ある男たち」に知られ、シャルロットは内心彼等がどんな変化を遂げるかに興味があった。
だがその反応は、両極端であった。いい意味で。
「まじで!?」「シャルロットになら血吸われてみてえ」「ラッキーは……輸血パックで頼む」「俺はラッキーにでも……」「え?」「ていうか今までどんな感じで生きてきたの?」と言う興味津々な意見から、「あ、そうだったの?」「へえ」「なんか人間ぽくないなとは思ってた」とか淡泊な意見まで。
男たちのあまりにも変わらぬ態度を見て、シャルロットは自分も気づかないうちにほっとしていた。
組織に入ってから早十年が経過しようとしている。こんなにも長く幾人もの決まった人間に囲まれながら生活するのは初めてで、仲間意識などと言うものも生まれ始めてきた。
そんな彼等が楽しそうにしていれば楽しいし、悲しそうにしていれば悲しい。そう思えるくらいには大切な場所になっていた。
今回、日本へときたのは、手を出してはならない物に、手を出してはならない者が、手を出したから。シャルロット達のファミリーには金を管理する人間が数人存在するのだが、そのうちの一人が敵対する組織から襲撃をくらって負傷した。その時持っていた金を、辺りに蔓延っていた野次馬の中でどさくさにまぎれて盗んだ奴がいるのだ。
盗人の顔を知るのは負傷した者だけだが、今もなお意識不明の重体で、ベッドの住人だ。
仲間を大事にするボスが逃がすはずはなく、盗人の追跡を誰にするかで少し揉めた。
マフィアが国外へ移動するのは思うよりも面倒なことなのだ。それこそ警察がうるさい。そこで白羽のやがたったのがシャルロットとラッキーだった。
シャルロットとラッキーには国籍と言うものがなく、警察も二人がどういう人間かわからず、ただマフィアの近くをうろちょろしている少女と青年という感じで見ていた。
だからボスは、偽造パスポートを作り、二人を変装させて日本へ送り込むという方法をとることにした。
以上の経緯から日本へとやってきたわけだが。ここにきて意外な出来事が起きている。
シャルロットの精神は熟し、悟りでも開くのではないかと言う境地にまで達していた。しかし、そんなシャルロットにも経験したことのないことが一つ存在した。
それは、『恋』、である。
人間にとって、恋だの愛だのをなんとなくでも知る最初の手立ては、母と父の関係性だろうか。シャルロットにはそれがなかった。最初から一人だったシャルロットには、それを感じる『心』と言うものが欠如していたのだ。
梵に助けられる度、早まるこの胸の鼓動が何なのか、心に灯る暖かい何かを初めて感じていた。
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