烏と春の誓い

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第五章:夕刻

始まる鬼ごっこ

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『今すぐに芦屋の倅を捕まえてこい!』


 突然電話を掛けてきたかと思えば、山野が怒声交じりの命令を下してきた。

 この上からの物言いに、楠尾は腹の底が煮だつ。金の為とはいえ、こんな男の下につくのもしゃくになってきた。

 だがあの口調だとだいぶ焦っているようだ。さっさと捕まえて金だけ貰うかと思いなおした楠尾は、すぐに手下へと電話を掛け、現在進行形で五月女梵を尾行させている手下に進捗を聞く。

 つけさせてからだいぶ経つが今日は失敗の報告が来ていない。という事は上手くいっているのだろう。そう踏んでいると、手下からの報告の内容は思わぬものだった。

『楠尾さんすんません……家を狙って拉致るのは無理そうです……』

「どういうことだ」

 電話口から聞こえてくる手下の声が、少し強張っている。
 
『対象の住むマンションまでは特定出来ました。そんで部屋の号数を調べてみたら、そこの住人の名前が【 氷見 】なんすよ……』

 氷見 ――― 氷見……あいつか。忘れもしない、≪烏≫の二代目リーダーだった氷見降矢。

 まさかこんな所で名前を聞くとは、神サマの采配か?宿敵を言ってもいい≪烏≫の元メンバーの登場に、口端が吊り上がる。氷見の家に住んでいるという事は、十中八九知り合いと言うことだ。ここで五月女梵を拉致して痛めつけてやれば仕返しが出来る。更に山野からの金も手に入る。まさに一石二鳥だ。

「ならマンションの外にいるときに拉致って来い」

 一般人を一人連れてくるくらい楽勝なことだ。しかし、その指示にも手下が難色を示す。

『それが……この前タケの奴が偶然五月女梵と会って、その後身体ボロボロにして帰ってきたんで本人を拉致するにもハードルが高いかもしれません』

「あー!面倒くせェなァ!それならいつも一緒にいる二人組がいるって言ってたろ、そいつらを人質にして連れてこい!」

 尾行を撒く事と言い、チンピラとはいえ一般人よりは喧嘩慣れしたタケをやりこめるなんて一体どんなやつだと不審に思いながらも次なる指示をする。

『わっわかりました!』 

 舞い込んできた二度美味しいくらいの状況。十年前から思い描いていた復讐がこんな所で始められるとは思ってもいなかった。

 楽しくなってきた。手下が五月女梵を拉致してきたあとの場所や協力な助っ人である仲間を確保するため、楠尾は重い腰をあげて動き始める。



 ※



「まさかまたあの美男美女に出会えるとは思ってなかったね」

「そんで、梵の連絡先教えたら滅茶苦茶嬉しそうに去って行ったな」

 あれから帰宅方向の違う梵と別れ、空と流の二人は名古屋駅方面へと歩いて向かっている。

「ねえ、これどう思う?」

 先ほどから空がいじっていたスマホの画面を流の方に見せてきた。

「何が」
  
 ぐっと目の前に迫ってきた画面に、流は足を止めて空のスマホを手に取る。

「どう思うって……梵が写ってるだけだけど」

「これ、梵君とあの二人が話してる所を撮った写真」
  
「……写ってねえぞ」

「そう、写ってない」

 空が見せてきたその写真には、梵しか映っていなかった。しかし、空はあの二人も写るように取ったと言う。

「最初にあの二人を見かけた時にも何故か映らなかったよな」

「うん……」

「なら、あの時二人の姿を撮れなかったのはスマホの故障でも偶然でもなんでもない――必然だったってことか」

「何者なんだろうね」

 美男美女の二人が一体何者なのか。

 趣味である空想小説好きがこうじ、空と流の頭の中には一つの仮説が湧いてくる。

 ―― 人間を魅了するための容姿を持ち、誘い出して血を吸う者。彼等の姿は鏡にも映らないと言う逸話もある。
     
「まさかね」

 そんな空想上の生物が存在するはずない。

「いやいるかもしれないぜ」

 すかさず否定した空に対し、意外と柔軟な思考を持つ流は夢を見る。

 空と流が立ち止まって話し込んでいる時、背後から声を掛けられた。

「なあああ、そこのお二人さんよぉ。ちょっと面、貸してくんねえ?」

 口調からして柄の悪そうな間延びした男の声に、同時に振り返る。

 これまたダボダボのTシャツにダボダボズボン。かっこつけてる風の男が三人立っていた。

「何、おじさんたち」

「俺等暇じゃねえんだけど」

 双子だけあって息がぴったりの立て続けの言葉に、真ん中にいた男がひくひくと口元を動かす。

「今俺ちょっとイラっとしたんだけど、間違ってねえよな?」

 右隣にいる男に問う。すると、かなりテンションが低そうな右隣の男が一言。

「多分」

右隣の返事に、何故か逆に一番左の男がフォローに回る。

「え、何多分って。そこは『勿論すよ!あれは誰でもイラっときますって!』とか言わない?」

「だって俺等おじさんなのあってるし……」

「ねえやめよ?俺等まだギリギリ二十代じゃん。若いって」

「……」

「いや何でそこで黙るの!?」

 右隣と左隣の男たちが己をはさんで行うボケツッコミの応酬に耐えられなくなった真ん中の男が両手をぐわっとしながら上に向かって叫ぶ。

「お前らうるせええええ!!もういいわ!!兎に角だな、俺等はちょっと君たちを捕まえに来ただけなんだわ」

 愉快な三人組だー、とまるで芸人の漫才を見ているような気分になった空が「おおー」と小さく手を叩いて拍手する。「関心してんじゃねえよ。逃げるぞ」そんな空の腕を取って流が耳打ちしてきた。

「君たちは、五月女梵を捕まえるための大事なエサだからな。逃げようなんて考えずに―――」

「あ……」

「兄貴、もう逃げてます!!!」 

 何故か目をつぶりながら高慢な感じで言っていた真ん中の男に、両隣からツッコミが入り、真ん中の男がカッと目を見開くと、すぐ目の前にいた空と流の姿は既に彼方であった、

「人がまだ話してるのに、何逃げとんじゃあああ!追いかけるぞお前らあ!」


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