烏と春の誓い

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第五章:夕刻

梵とシャルとチンピラ

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 その日、大学からの帰り道、同じ時間帯に授業が終わった空や流と共に栄の街中を歩いていた。

 まだ時間の早い一四時頃、少し寄り道をして帰ろうと誘われ、二人と遊ぶのが楽しかったので二つ返事で承諾した。

 今日の授業は必須の授業でだったのだが、講師が延々と話し続ける形のため、寝不足の状態で受けようものなら途中で意識をなくすことになる。梵はいつも通り十時前には就寝したので大丈夫だったが、今回は空がその状態だった。

「流、家帰ったらノート見せて!」

「は?嫌だし」

「は?この前の朝寝坊しそうになったのを起こしてあげた上にあの後ノートも見せてあげたの忘れたの?」

「……」

 この手の言い合いは見た感じいつも冷静な流が勝ちそうなものなのに、意外と空も強かった。

 出会ってから今まででお互いに勝率五対五と言うところだろうか。

「そう言えば、こっちに来てから思ったけど、名古屋って方言使う人ってあんまなのかな」

「んーどうだろう……お祖母ちゃんとかお爺ちゃん家行くと飛び交うけど、私たちはそこまでだよね?」

「そうだな、『だが』とか『えらい』とかは使うこと多いけど」

「私もそれは使う!小さい頃は『ときんときん』『ちんちん』『しゃびしゃび』とか普通に使ってたけど今はあんまり使わなくなっちゃったね」

「『えらい』とかってあの上の人の意味の『偉い』じゃないの?」

「こっちでは『疲れた』って意味で使うね」
 
「地域特有の言葉ってどこもそうだけど、自然に使ってるから方言って気づかないよなあ」

「色々あって面白そうだね。今度教えて」

「勿論だよ!」 

 三人で話しながら歩いていると、前方からざわざわと何やら騒がしさが梵たちの方へと近づいてくる。

 「おい待てや!」

 何かを追いかけるような大きな声と共に迫ってくるが、人混みに隠れて何が起こっているのかはわからない。

 その時、ドスっと梵の腹部に何かがぶつかってきた。

「わっ……」

「梵君っ、大丈夫かい」

 軽いものだったが、勢いよく突っ込んできたためその衝撃は大きい。

 わけもわからず反射で抱き留めると、腕の中にいたのは以前出会った少女だった。

「あれ君は……」

『 Aiuto!(助けて!)』

 予想外な邂逅に驚いていると、ぎゅうっと梵の腰回りに抱き着いてきた少女は日本語ではない言葉で叫んだ。

 言葉の意味はわからないが、何やら緊急案件の様だ。どうやって意思疎通しようかと思った時、少女の後ろを追いかけるようにして若いチンピラ風の男が一人、走ってきた。

「おい!そいつ寄越せ!」

「……この子が何か?」

 咄嗟に少女を背後にいた空と流に預けるように腕でそっと押しのける。

「そのガキ俺のシャツにジュース零しやがったんだよ!」

 チンピラ風の男の服を見ると確かに濡れた跡がある。だがそんなものは洗ってしまえばいいだけの話だ。こんな小さな子供を痛めつける必要は一切ない。

「それで、どうするつもりですか?」

「少し痛い目見せてやろうとしてるだけだ!」

「それなら僕が相手になります」

「は?お前が?笑えるぜ……そんなひょろっこい身体で俺に勝てるわけねえだろうが!」

 チンピラ風の男は、余程自分の腕に自信があるようで挑発してきた梵の体格を見てハハッと笑いだしたかと思えば今度は馬鹿にされたと勘違いし、再び怒り始めた。

 忙しい人だなと脳内で完結させながらも警戒は怠らない。

 チンピラ風の男は思った通り片腕を振り上げながら迫ってくる。

 梵は身体を右に動かしてそれを避けると、そのまま後方へと周り、チンピラ風の男の首を腕でとらえて顎に掌を掛け、そのまま引き、地面へうつ伏せにして拘束した。

 周りにいた野次馬たちが「おお」と小さな歓声を上げる。

 拘束していた腕に加減しながら力を込めるとギリギリと筋肉の軋む男が聞こえ、チンピラ風の男が「いてええッ悪かった!!」と痛みに耐えられずにギブアップした。

 「次にこんなことがあったら容赦しませんので」梵はゆっくりと立ち上がり、空たちのもとへと近づいて行く。

「梵君凄いじゃないか!」

「お前……格闘技かなんか使えるのか?すげえな」

 空も流も目をキラキラさせながら梵の方を見る。

「小さい頃からちょっとした護身術みたいなの習わされててそれでだよ」

 褒められることに慣れていなかった梵は、照れて少し頬を赤くした。

『貴方強いじゃない!』

 そこへ先ほどの少女がまたもや梵に抱き着きながら嬉しそうに外国語で話す。 
   
 なんて言っているのかわからず困惑していると、野次馬の中から一人の男が抜け出してきた。

『シャル!何度迷子になったら気が済むのですか!あれほど離れないでとッ』

『だってあのタピオカとかいう飲み物が美味しそうだったんですもの。ケチ!』

『どこでそんな言葉を……』

 言い合いを始めた少女と男のやり取りをポカンと見つめていた梵たちの視線に気が付いた男の方が、今度は日本語で話しかけてきた。

「すみません。……貴方はこの前の!またお嬢がご迷惑を」

「あ……いいえ!」

 前にも思ったが流暢に外国語を話す男に違和感を感じながらも、綺麗な発音に改めて驚く。

「申し訳ありませんが少々急いでおりまして……」

「大丈夫ですよ。お嬢さんが無事でよかったです」

 梵は少女へと向き直ると、彼女の頭を撫でた。

「本当にありがとうございました『シャル、阿良々木から聞いたその情報源の方と連絡がとれたのですぐに行きますよ』」

『嫌!』

 何を言っているかはわからないが、男が少女を連れて行こうとすると少女は梵に抱き着いていた腕に力を籠め直して離さない。男が引き剥がそうとすぐがなかなか外れず、梵の身体が段々と絞められていく。

「あ、あの……お嬢さんは何て……」

「どうやら貴方の事が気に入ってしまったらしく……離れたくないと……」

「な、なるほど。それなら―――」


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