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第四章:動き出す怪物
藤堂の決意
しおりを挟む梅雨の時期が近づきつつも、今日は晴天で、過ごしやすい気温。
自室の金庫に隠し財産をたんまり貯めこんでいた源三の日課 ――札束を数えること―― を行おうといそいそと動いていた時、閻魔の使いがやってきた。
「二度目まして、山野組長」
目の前に座った阿良々木が、片手でサングラスを取りながらにこやかに挨拶をしてくる。
対して源三の顔には冷や汗がダラダラと流れまくっていた。しかし顔の上半分を覆うほどのサングラスが完全に取れたとき、その下から現れた顔に、源三は驚いていた。
何故なら、男の顔が俳優の【蕪木樹】にそっくりだったからだ。
普段からテレビなどを見ない源三でも見たことがあるほど露出のある俳優であり、その人気は依然とくらべて多少落ち着きはしたが未だに健在。
女性向けのアンケートではどんなランキングでもだいたい上位に位置している。
そんな男がこんなところにいるわけがない。他人の空似だろうと、己の考えを消し去るも、もしかしたらと言う気持ちが消えない。
「この度は突然の訪問にも関わらずお時間を作って頂きまして、ありがとうございます。私、芦屋組の阿良々木と申します。まあ立場上若頭としてお役目頂戴していますが、そう言う堅苦しいのが苦手でして……」
疑いながらかかっていると、声も似ている気がする。
芦屋組のナンバー二が来るとあれだけ恐れていたにも関わらず、相手の弱みを握れるかもしれない状況であると考え始めた源三のずっとあった恐怖感が一瞬にして頭の隅に追いやられた。
「い、いいえ。態々東京からお越し下さったのです。出来る限りのおもてなしをさせて下さい」
何とか表面上を繕いながら、当たり障りのない会話を続ける。
その間にも源三は本当にあっているか、阿良々木の方を無意識のうちに凝視していた。
「……私の顔に何かついていますか?」
「以前芦屋組本家の方でお会いさせて頂いた時は、もっと違う雰囲気でいらっしゃったので」
「ああ。見た目が堅い方が色々な仕事がはかどり易くてですね、仕事上は基本的にあの恰好です」
「そうだったのですね。いやあ、驚きました!」
そこまで会話を続けたところで、もしやと気になり続けていた疑問をぶつける。
「あの……間違っていたら大変恐縮なのですが、もしかして」
これでもし当たっていたら……ゴクリと喉が鳴る。
「あっ!やっぱりわかります?参ったなあ、って言っても顔を隠してないのでわかりますよね」
阿良々木の反応に、これは間違いない、と源三は心の中で笑った。双子でもない限り、こんなに似ている人間がそうそういるはずがない。
芦屋の倅はまだ捕まえられていないがまさかこんな所で二つ目の弱みを見つけることが出来るとは思わなかった。このチャンスを上手く利用しなければならない。
しかし源三は気づかなかった。心の声がいつの間にか己の表情へとにじみ出ていたことを。
阿良々木はそれを見逃さなかった。軽く息を吸うと、日常会話のように軽いテンポで会話を続ける。
「ちなみに、私のこの顔を『どこかで』見たことがあるかもしれませんが……余計なことはせずでお願い致しますね。もしどこかの誰かから情報がリークされようものなら―――」
阿良々木がスーツの胸の合わせに手を入れ、数枚の写真を取り出して源三の前へと机の上を滑らせてきた。
今まさに頭の中に過ったことを言い当てられ、心臓をバクバクさせながらもどうなるのだと鼻を鳴らしながら流れてきた写真の一枚を見た。その瞬間、源三の顔が羞恥と怒りで真っ赤になる。
「私もこのネタ、週刊誌とかに売っちゃいますので」
写真に写っていたのは、源三が真っ赤なビキニを着ながら無理を振るう女性に真っ赤なヒールで踏まれているところだった。
震える手で写真を握りしめていた源三は、ぐしゃりとそれを握りつぶす。
「ご安心下さい。貴方が余計なことをしなければ、此方も余計なことをしませんので」
「……っわかり、ました」
「では私はこれで。今日は簡単なご挨拶に伺っただけですので」
阿良々木は、源三に軽く頭を下げて立ち上がって襖の方へと歩いていく。すると腕に持っているジャケットの隙間から何かが落ちた。
「おや、何か落ちましたよ」
源三が膝を立てて立ち上がり、落下物が何かを確認する。と同時に立ち上がりかけていた身体の時が止まったみたいに固まる。
「申し訳ありません。どうやらポケットの中から落ちてしまったようで……」
源三の動きが止まり、結局自分で拾う事になった『それ――薬の包装紙のようなもの――』を人差し指と中指で挟んで上げる。一度源三の方に見せるようにして今度はズボンのポケットへと仕舞うと今度こそ去って行った。
『それ』を見てから、源三のドクドクを脈打つ動機は未だに止まらない。
まさか、気づかれているとでもいうのか。そんな馬鹿な。徹底的に隠していたはずだ。
しかしどちらにせよ早く芦屋の弱みを捕らえなければならないようだ。
※
「よかったんですか?」
山野組の屋敷から出て少ししたところで、追いかけてきた藤堂へと話しかける。
「はい」
その覚悟を決めた表情の藤堂を見て、阿良々木は「そうですか」と答えるしかなかった。
同じ若頭と言う立場である者としての気持ちは理解出来た。先代を慕い続け、どんな時も組を第一に考え一線を張ってきた藤堂にとって、今回のことは苦渋の決断だろう。
今回、阿良々木が唐突に山野組を訪れたのは藤堂からの提案だった。
『……貴方は』
『若頭の藤堂と申します』
『知っています。先代の時からいらっしゃいますし、数回お会いしたことがありますよね』
『恐縮です』
『それで、何か御用ですか?』
『―― 山野組を、組長の失脚に手を貸して頂きたい』
『……ご自分の仰っている意味がお分かりで?』
『勿論です。今の山野組に、先がないという事も』
『何故急にそんなことを』
『ある人に、目を覚まされました。貴方のその容姿についてもその方に。……私の持つ情報を全てお教えします。どうか』
( ある人、ねえ ―― どうやら裏でコソコソと動いている奴がいるみたいだな )
『私が此方に来た訳もご存知のようですし、話を伺いましょう』
まさか山野源三にあんな趣味があったとは流石に知らなったが、なかなか面白い物が見れた。
( あとはこれで山野がどう動くか…… )
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