烏と春の誓い

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第四章:動き出す怪物

刑事二人組

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 今、目の前で行われている光景に、平は非常にイライラしていた。

 腕を組み、踵を軸にして爪先でタンタンと一定刻みに地面を叩いている。

 いつもならまだ我慢が出来ている時分だが、今日はニコチン切れにより残念ながらタイムオーバーだ。いつまでも終わらないそれに、平の額にはピキピキと血管が浮き出、ついに―――キレた。


「おい……サスペンス野郎……いい加減に止めねえとお前もしょっ引くぞ!!」


 サスペンス野郎……秋路は、上司から叱り飛ばされ、「はーい……」としょんぼりしながらしゃがんでいた体勢から立ち上がった。

 普通はかなりご立腹気味な上司から怒られれば背筋を伸ばし、誠意を持った「申し訳ありません」が聞こえると思うのだが秋路からそんな言葉は出てこない。更に苛立ちが募りそうになった平だが、何とか我慢する。

「て訳で君も署まで補導ね」

 秋路は目の前に倒れこんでいるチンピラにそう告げると、立ち上がらせようとする。だがチンピラの表情はポカーンとしていて目が点になっていた。

 平は「そりゃそうなるだろうな」とボソリと呟く。

 何しろ今まで十分以上もずっと、秋路によるサスペンスマシンガントークが炸裂していたのだ無理もない。最初は「うるせえよ!」と反抗していたチンピラも、己の興味がさほどないものについて延々と口を挟む余地もなく喋り続けられたその結果であった。



 元を辿れば、平と秋路が街中を見回っていた時に、何やらざわついている場所を見つけて近寄っていったところ、何人かのチンピラが殴り合いの喧嘩をしていた。

 いつ周りに被害が及ぶかがわからないので野次馬をすべて立ち退かせる。そして乱闘の中に介入し、まずは一番手前にいたチンピラの襟首をつかんでぐっと寄せそのまま後方へと投げ、倒れこんだところを平が確保する。

 いきなりの第三者の介入に驚くチンピラたちの中に秋路が入り込み、仲裁を試みた。

『ストーップ!はいはい君たち危ないからすぐに喧嘩止めようね』

 優しく言ったつもりが、常に反抗期状態なチンピラたちは、さっきまでお互いに殴り合っていた喧嘩の方をストップし、なんと秋路の方に寄ってたかって向かってきた。

 警官相手でも数人がかりなら勝てると思っているのだろう、余裕の笑みを浮かべながら手を振り上げてくるチンピラたちの一人にまず顔面に一発をお見舞いする。

『あ、ごめん!でも正当防衛ってことで』

 秋路は手をヒラヒラさせながら、殴打による手の痺れを逃がしながらそのまま次々と残りのチンピラを打ち負かしていく。そして最後の一人が倒れた所で、振り返り平に報告した。

『正当防衛による喧嘩の仲裁が完了しました!』

 まさかこの人数相手に勝てるとは思ってなかった平は、少し驚く。

『お前……なかなかやるな』

『へへっ、昔から身体動かすのが好きで色々やってましたからそれで』

 二人は会話をしながらも、倒れたままになっているチンピラたちを補導すべく近くの署に連絡をして引き取りに来てもらうことにした。その時、一人のチンピラの上着から一冊の本が落ちる。

『ん?落ちたよこれ』

 本を拾って渡そうとした時に、その本の表紙が見えた。

――― そう、見えてしまったのだ。『山田一郎事件簿』の文字が。


 そうして今に至るわけだが、丁度増員が来たので、彼等に補導を任せてやっと場が静かになる。

「ったく近頃とりあえず喧嘩するチンピラどもが増えたなあ」

 ニコチン切れの平がイライラを隠そうとせずに言う。

「奥さんや娘さんに禁煙してって言われたんですって?それは頑張らないといけないのはわかりますが俺に当たらないで下さいよ」

「うるせぇっ」

 理不尽な怒りをぶつけられるのにももう慣れた秋路は、このままこの会話を続けると更に平の機嫌が下がることを察知して話題を変える。

「それより、前はそうでもなかったんですか?」

「ああ。以前はここらへんをシマにしてる山野組が抑えててくれたんだが。三年くらい前か?組長が変わってからはやりたい放題しやがる」

「へえ……その新しい組長さんは下っ端連中の面倒まで見てくれないってことですかね」

「先代の組長とは一度だけ会ったことはあるが、珍しく義理人情に厚い男だった。今のはどうやら違うみてえだな」

 名古屋には山野組と言う暴力団組織が代々存在している。

 勿論警察も警戒を怠ってはいないが、今の所大掛かりな犯罪を企んでいると言う情報も入っていない為、監視の続行と言う方向で落ち着いていた。先代の組長はどうやら人徳のある人のようで、場合によっては協力関係を結んで解決に導いた事件もあったと言うほどだ。

 そんな先代が三年前、ある暴力団の傘下に降り、一時警察内部も騒然となっていた時期があった。

 傘下に入った意図を知る機会は、残念なながらその後急死してしまったために永遠になくなってしまったのだが。
 その後に新しく組長に就任したのが息子の山野源三。源三の評判は良いとは言い切れないものであった。先代に比べれば天辺と地だ。そんな現組長にチンピラどもを抑え纏め上げることが出来るなど到底出思えなかった。


 悪は忌むべきもの、これは一般的な認識ではあるが、時と場合により、それがなくてはならない場面も存在する。

 例として、≪禁酒法≫ がある。

 北欧諸国やアメリカ、ロシアなど、いくつかの国や地域で施行されていたことのある法律であるが、一番わかりやすいのはアメリカだろうか。

 この法律により、アル・カポネやバグズ・モランなどマフィアやギャングがこぞって製造を開始し、それにより多くの資金を荒稼ぎしている。酒をめぐり窃盗や殺人などの事件も起こり始め、更にスピークイージーが蔓延り始めた。

 お酒と言うのは時に人を堕落させる『悪』のような側面を持つが、決してそれだけではなかったということ。

「悪には悪を、みたいな感じですか」

「刑事の俺が言うのもなんだが、関東の芦屋組組長はその点、必要悪のような存在なんだろうなあ、東京の所轄に知り合いがいるがギャングどもはここ数年大人しいもんだと言いやがる」

「複雑、ですね」

 全く複雑そうな顔をしていない秋路がふう、とため息をつきながら言う。

 どうやら先ほどの乱闘騒ぎで疲れている様子だ。

「……この近くにコンビニあったか?手柄ついでにコーヒーでも一杯驕ってやる」

 驕りと言う言葉に、疲労気味だった秋路の顔に元気が戻る。現金なやつだと思いながらもきょろりと見渡して見つけたコンビニの看板の方へ平が歩き始めた。

「えっ、いいんですか!?ありがとうございます!」

「おう」

 しかし、コンビニ、と言う言葉を聞いて、珍しく平が驕ってくれるということにテンションが上がっていた秋路の脳内に、今の平さん=ニコチン切れ=タバコ欲しい=入手経路=コンビニと言うまるで縮図のような一つの流れが浮かび上がった。

「……平さんまさかコンビニで煙草なんて買おうとしてませんよね?」

「……」

 前を歩く平の後を追いかけてる秋路が問いかけても、無言の沈黙しか返ってこない。

 これは、――― 当たりか。

 ハッとなり平を止めようと走り出す秋路。そして秋路の気配を察知して走り出す平。

「駄目ですよ!?折角禁煙決意してから一週間も我慢してきたのに!水の泡になっちゃいますよ!また娘さんにお父さん煙草臭いから近寄らないでって言われてもいいんですか!奥さんに歯の黄ばみについてまた笑われてもいいんですか!?」

「何も言うな!煙草は俺にとっての必要悪なんだあ!」

 立派な大人が何の屁理屈をと思いながらも秋路は平を追いかけた。これも口では厳しいことを言いながらも変な所で優しさを見せる定年間近の初老に長生きをしてもらうために。

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