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第四章:動き出す怪物
梵とツインズとサトシ先輩
しおりを挟む「梵君おはようおはよう」
「はよ」
大学の講義が本格的に始まり、それは月曜日一限目の講義中。空と流がいくつかある中でも教室の後方にある扉からこっそりと静かに入ってきた。
この講義は、受講人数が多く、構内にある教室の中でも二番目に大きい教室だった。階段状の座席が前方にあるホワイトボードと教卓を囲むように扇状になっている。まるでカットされたバウムクーヘンみたいな感じだ。だから途中から生徒が入ってきても、そこまで目立たないし、講師によっては気にしない人もいた。
たまたま二人が入ってきた扉の近くに座っていた梵の横に来て、最初に挨拶したのは空である。
どうやらイメージにはないが流が寝坊したらしく、眠そうにしていた。何でわかるのかって、わかりやすい寝癖があるからだ。
カバンから教科書と筆記用具を取り出して、最初のほうはまじめに聞いてノートを取っていた空が、思い出したかのようにヒソヒソと梵に語り掛けてきた。
「聞いたかい?鈴木サトシ先輩がなんと、あの徘徊する幽霊を見たらしいよ!」
「……誰?」
一度も聞いたことのない名前に、梵が首を傾げる。
「あほか、梵が知る訳ないだろうが。……四年の先輩だ」
流が欠伸をしながらも簡潔な答えをくれた。
「ああ。先輩なんだ」
流が軽く大学の先輩であると言う情報をくれたおかげで、全く知らない人から大学の先輩鈴木サトシとなった。その続きを空が解説してくれる。
「入学当初はそこまで目立ちもしなかったし派手でもなかったのに、ある日を境に見た目も中身も一変したんだって。三年の初めから半年間の間イタリアに留学してたらしいのね、そこから帰ってきたらなってたって。しかも、どこから出てくるのかかなり金遣いが荒くて、キャバクラ通いとかしてるらしいよ」
「なんか……凄い先輩だね」
留学して人生が変わる人もいるくらいだから、人が変わることはまあなくはないかもしれないけれど、まさか身近なところにいるとは思わず、本当にそんなことがあるんだなあと感心してしまった。
「そこ、うるさい」
空の解説が終わったところで先生に怒られた。
どうやらこの講義の先生は地獄耳のようだ。だが怒ることはせず注意だけ。
「すんません」
そして何故か空と梵の話し声で先生に怒られたのに流が代わりに謝っている。
梵が、え、と言う顔をしていると、横から空が「流、まだ寝ぼけてるんだよね」と教えてくれた。いつもしっかりしているように見えて、眠い時はこんな感じでぼけているらしい。
講義のあと、三人はそのまま教室に残って会話の続きを話していた。
「留学中にカジノとかやばいことしたんじゃないかって噂」
「その情報どうやって仕入れてきたの……?」
いつも思っていたことだが、空の情報収集力には目を見張るものがある。そこまで交友範囲を広くするタイプには見えないが、だからこそ情報源が気になった。
「ん、ああ!実は大学入学前って、どういう大学なのかリサーチしたりできるサイトがあってね、そこでスレッドが上がってて、見たらその先輩の話題だったんだよ」
「そんなサイトあるんだ、初めて聞いた」
「まあお勧めはできないけどね、人の悪口とかも書いてあるから」
空は苦笑しながらあまり使わない方がいいと忠告する。
「人って、負の感情の方を言いがちだもんね……。それでその先輩がどうしたの?」
思い出したとばかりに空が表情を変えた。
「そうだった!前に遊んだときに話した都市伝説の中に幽霊のやつがあったでしょう?その幽霊に先輩が遭遇したらしいの!」
「……本当にいるんだね幽霊なんて」
梵は幽霊とか宇宙人とか、そういう類の存在をあまり信じていない。もし自分が実際に見れば別だが、触れたこともなければ見たこともないものである。そのためホラー映画でも怖いものシリーズのような特番とかを見た後でも平気で夜中にトイレに行ける。
だが鈴木先輩とやらがもし本当に幽霊を見たのならば、少し興味はあった。
「私も見たかったな……行くか……」
そういうくらいなので、空もあまり怖がったりはしていないみたいだ。梵のように信じていない、と言うわけではなく、好奇心からいたら面白いなと言う感じなのかもしれない。
「やめとけ」
そこでずっと二人の横の席で机に伏せて寝ていた流が目を覚まして会話に入ってきた。
同じ体勢でしばらく寝ていたため凝り固まったからだをぐっと伸ばしながら更に言葉を続ける。
「目撃した場所が場所だから、下手したら警官に補導される」
今回、幽霊が目撃されたのは名古屋市中区にある錦三丁目あたり。東西南北を久屋大通と本町通、広小路通と桜通に囲まれるそこの一角にある歓楽街であった。
しかも時刻は深夜だ。居酒屋やキャバクラなど飲酒をメインに営業する店が立ち並ぶその場所は三人にとっては危険な場所である。先輩は二十歳をこしているからまだいいとしても、梵たちはまだ未成年であるため、日中ならまだしも深夜に出歩いていれば見回りの警官に補導されかねないのだ。
「はあ……、そうだよね……」
場所が歓楽街に時間は深夜。都市伝説である幽霊体験をする為の条件があまりにも厳しすぎた。空のテンションが更に下がる。
「それに最近あのあたりをパトロールする警官をよく見かける。俺等が高校生の時はそこまでだったのに」
「それは私も思った」
「え、そうなの?」
「明らかにな」と言いながら流は肩をすくめた。
その言葉に、梵はふといつかのことを思い出す。
「そう言えば、名古屋に来るときに乗ってた新幹線で一緒になったおじさんがいたんだけど、その人名古屋に詳しくて、最近ギャングたちがまだ表に出てきてるから気を付けたほうがいいって教えてくれた」
梵からの情報に、空が目をきらめかせた。すかさずそれを察知した流が「おい空、興味本位で深入りするなよ」と厳しめの口調で諫める。
「う……ごめん……」
「まあでも確かに、最近柄の悪い連中も相似てよく見るがするな」
「もしかしたら何か私たちの知らないところで起ころうとしているのかもしれないね……」
ギャングに警察。あまりよくない組み合わせに、不安しか抱くことは出来ないが、そんな時でもどこか他人事のようにも考えてしまう。
梵はただ何事もなければいいと思った。
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