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第三章:五月女梵の冒険
始まる綻び
しおりを挟む「おくれたおわびにオゴリデ」
氷見の店にいた翌日、朝からの用事を済ませ、阿良々木がやってきたのは、名古屋駅近くにある有名なひつまぶしのお店。
指定されていた時間から少し遅れての登場に、待ち合わせをしていた相手から発せられた一言目は妙な日本語だった。
『……どこでそんな日本語覚えたの?あー、もしかして君たちの組織にいるっていう日本人?』
『ええ!ガイドブックを貰ったの!色々使える言葉が載っているから助かるわ』
テーブルを挟み目の前に座るのはシャルロット・ラヴィガレッジ。その隣に座るのがラッキー・ウォーカー。イタリアからやってきた彼等と話したりするときは大抵イタリア語で会話をする。
二人との出会いは映画のロケ地がイタリアだった時の事だ。阿良々木が観光していたときにふとしたきっかけで知り合いになってそれからは忘れた頃にやりとりをして今に至っている。ラッキーは日本語がそれなりに話せるが、シャルロットは全く話せない。
そんなシャルロットが先ほどのような日本語を自力で覚えたとは思えない。
可愛らしい見た目から急に出てきた渋い言葉のチョイスに、組織の日本人は結構お年を召しているのかと予想する阿良々木へ、シャルロットの隣に座っていたラッキーが話しかける。
『気にしないで下さい。そこまで待っていないので』
そう言ってもらえると助かるよ、とラッキーに御礼を言えば、流れをぶった切る勢いでいきなりシャルロットが話し始める。
『そう言えば聞いてアララギ!』
『なにー』
とりあえずテーブルの上に乗っていたメニュー表を開き見ながら耳だけで話を聞く。
『私ね、気になる人が出来たの』
『……ん?』
『だから、アララギが前に言っていた恋ってやつよ!ここらへんがあたたかくなったの』
胸、丁度心臓の辺りを抑えなが言うシャルロットの頬は心なしか赤く、思わずラッキーの方へ顔を向けると渋顔で頷かれる。
『まじか……』
『今日さかえ?のどこか忘れたけど、飲み物を買おうとしたらなかなか上手く伝わらなくてどうしようってなってた時に助けてくれた子がいたの!その時にドキッとしたのよ!』
それから堰を切ったように話し始めるシャルロットの話を聞く。彼女の鼓動無き胸を、心を動かすとはどのような人物なのか、阿良々木は気になった。
『どんな子だったの?』
『かなり落ち着いた感じの子だったけれど、目が優しかった』
『へえ……、会ってみたいものだねえ、その子に』
その時、部屋の仕切りが開けられて店員が現れる。シャルロットが語っている間に頼んだひつまぶしが届き、三人の前にそれぞれ置かれた。
独特の食べ方のあるひつまぶしについてシャルロットとラッキーに教えながら食べていると、話題は例の男のことへと移る。
『そう言えば、鈴木サトシの件はどうなったのかしら。ここは私たちのホームじゃないから友人である貴方に頼んだのだけど?』
『あ、そうだ。その件なんだけど居場所わかりそうだよ』
『本当?』
『偶然にも知り合いがその名前を口にしててね、話を聞いてたら栄の錦通りあたりの店を転々としてるみたい。かなり金使いが荒いのと態度があまりよろしくないらしいからそのうち出禁になるかもねえ』
『組織のお金をそんな風に使ってるなんて……情報くれた人と連絡って取れるの?』
『いいけど、何するの』
『うふふ』
背景に轟轟と燃える炎が見え、この時のシャルロットの顔が形容しがたい悪の笑みを浮かべていた。血なまぐさい場所を幾度も見てきた阿良々木だが、ぞわりと背筋が震える。何とも言えない顔でシャルロットの笑い声を聞いていると、斜め前から阿良々木の殻になったジョッキにビールを注ぐ手があった。
『飲みましょう』
ラッキーである。彼のいつもと変わらぬ表情を見て平常心を取り戻した阿良々木は、目の前で燃え上がる少女を見て見ぬふりをして、食事の続きへと戻った。
因みに、シャルロットの目の前にもジョッキがあるが、その中に入るのは真っ赤な液体だ。店にやってきた時から既に注がれていたそれが何なのか、阿良々木は知らない。知ろうとも思わなかった。
二人に初めて会ってから既に十年以上が経っている。だが少女の姿はそれから何も変わっていない。
まるで、――― 時が止まっているかのように。
それでも、阿良々木は何も聞かない。楽しければ、それでいいのだ。彼等の人となりは知っている。
シャルロットがめらめらと燃えていた炎を引っ込めて、今では美味しそうに、珍しそうにひつまぶしをリスの如く頬張っている。そんな少女の姿を見ていたら、寸前まで考えていたことなど、どうでもよくなった。ラッキーも食べることに集中し始めたことだし、と、阿良々木も箸を進めた。
食事の後、無事に情報提供を終えた阿良々木は、一足先に店から出た。最寄りの駅へと向かうために歩いているとふと人影がぬうっと現れる。
「……貴方は」
一瞬警戒しながらも建物の陰から出てきた人物に驚いた。
※
真っ暗な部屋の中で、部屋のテレビに映し出されるワンシーン。
ある一室で映画を見みながら眠っていた円義が「うぅ」と呻きながら目を覚ます。
同時に聞こえてきたのは『何でなの?何であの子が死んでっ、貴方が生きてるのよ!』寝起きのぼーっとした眼差しのまま、自然と視覚に入ってくる情報を享受する。テレビから漏れる光が円義の暗い瞳に反射し続けていた。
(……あの運び屋の子には悪い事しちゃったなあ)
でも山野の悪事を芦屋に知らせる為には必要なことだった。だからちゃんと逃げ道も作ってあげた。まさかあの事件が山下秋路の担当になるとは思っていなかったけど。
十年、円義はこの時を虎視眈々と待ち続けていた。
芦屋の隠し子が名古屋にやってくるのは計画にはなかったけど、使えるものは何でも利用する。
山野には錆が多い。少し手を加えればすぐに綻び始める。
楠尾の出所と共に再び手を組むことは容易に想像できた。どちらかを巻き込めば必ず共倒れすると踏んでいた円義は、芦屋の子の動きに合わせて計画を実行した。
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孤独になっていく主人公の映画を見ているのにも関わらず、円義は楽しそうに笑っていた。
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