烏と春の誓い

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第三章:五月女梵の冒険

追跡者とのんき者

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『すみません!対象を見失いました……』

 手下からの第一声に、楠尾は苛立ち電話口に怒鳴り散らした。

「何やってんだよ!この前もその言葉聞いたけどよお、ガキの尾行すら出来ねえなんてどんだけ愚図なんだ!!あァ!?」

『すんません!本当にすんません!』

「チッ」

 出所てから数日後、山野から連絡があった。内容は、市内の大学に通う【五月女梵】と言う男子学生を捕まえること。居場所に関しては、山野の部下の藤堂と言う男が情報屋から買っているらしく、楠尾たちはそれをもとに動いている。今の所百発百中で、言われた場所へと繰り出せば必ず見つけることが出来た。

 街中では勿論拉致することはかなわない。そこで、家を突き止めてそこを襲撃することにした。

 どこにいるかなどピンポイントで当てられる情報屋も家の場所は何故かわからないらしく、そこは自力で探せとのことだ。それでもなかなか出来る情報屋もいたもんだと感心ながらまずは手下に家を突き止めさせようと尾行をさせているのだが、結果は芳しくなかった。

 たかが大学生のあとをつけるだけなのに、任せた手下どもは毎回見失ったと言ってくる。

 だが金の為には諦めるわけにはいかなかった。この依頼を完遂させることが出来れば、山野は数百万と言う額の報酬を用意すると言ってきたのだ。

 それなのに……、どうすればいいかとムシャクシャしていると、繋ぎっぱなしだった手下から別の情報が入ってきた。

『そ、っそういやあ鈴木サトシを見かけましたよ』

『……どこでだ』

『錦通り付近です!女が一緒でした』

( あそこらは歓楽街だ……女という事はキャバクラでも行ってんのか?暢気なもんだ…… )

 サトシは楠尾が刑務所にいる間に山野が作った末端組織の下っ端だ。

 荷物運びを主な仕事としていて、本人は小遣い稼ぎのアルバイトのような気持ちで入ったのだろが、運んでいるのは麻薬の類だ。誘われたから、と言う理由で始める、主に大学生が多いがその裏にいるのは正真正銘のヤクザだ。

 軽い気持ちでやっていたが故に突然行方不明になってしまった者もいる。

 そしてある日、一番やってはいけないミスをした奴がいた。

 新田一志と言う学生が、あろうことか配達中に薬を紛失した。

 事が判明したのは客である櫛田と言う男からの電話による苦情からだ。

 電話があってからすぐに山野は部下たちに新田を探すように指示をした。

 結果、何故か警察に保護去れていることが判明。薬を持ち逃げしたと判断され病院へと捕まえにいったが既にもぬけの殻で家にも帰っておらず大学にも休学届が出されていた。

 焦りを感じた山野が紹介者であるサトシならば何か知っているかと追手を差し向けようとしたものの、近頃は別件で慌ただしく、今回丁度自由の身となった楠尾にそれを任せてきた。

 そちらも手下を使って探させているのだが悪運のいい男らしく、未だ捕まえるに至っていなかった。それが思わぬ収穫だ。

『近くのキャバクラをあたって何としても探し出せ』

『わかりやした!』 

 
 ※


「ヘクシッ」

 キャバクラでお楽しみの最中に、いきなり出たくしゃみ。

「風邪ぇ?だいじょうぶ?」

 指名していたミカちゃんと言う女の子がサトシにしな垂れかかりながら心配そうにしている。

「平気平気!」

 もしかして誰かが自分の噂でもしてるのだろうか、なんて考えながら、サトシは今後の自分の身の振り方を考えていた。

「よかったあ!」

 笑顔でほっとするミカちゃんの肩を抱きながら、同時に焦りも抱えていた。

 キャバクラは楽しい。しかし通うには勿論お金がいる。偶然によって手に入った大金は少しずつ減り、あと何度通えるだろうと言うくらいまでになっていた。

 また稼げるバイトをするか?留学してからはやめてしまったが、サトシにはその前までやっていたバイトがあった。ただ言われるがままに物を運び届ける仕事にも関わらず給料が滅茶苦茶よかったのだ。

 サトシがそのバイトと出会ったのは、大学構内にある掲示板に張り紙がしてあったから。

 紙に書いてあった連絡先に電話をしてみると場所日時を指定されてそこへ来るように言われた。

 行ってみると、面接だったようで幾つかの質問をされてそのまますぐ採用となった。

 すんなり行き過ぎていることに疑問は感じた者の提示された給与に口を噤んだ。

 それから何か月か経ったあと、仲良くなった先輩に色々聞いてみた所、荷物運びの失敗は絶対にするなときつく言われ、サトシはそれを守った。しかしその数日後に先輩はいなくなった。

 何かあったのかと思い他の先輩に聞いてみると、この運び屋の組織の裏にいるのがどこかのヤクザだという噂があると言われた。まさかと思ってその時は特に何も気にしなかったが、帰国後に同じバイトをしていた大学の友人に連絡を取ってみたものの音信不通が続いていた。

 友人を誘ったのがサトシだけに、心配はしているし、何故だか急にいなくなってしまった先輩のことを思い出す。
 
 もしかして裏にやばいのがいるかもしれない、と言うゾッとした感覚が背筋を這いあがる。

 言い様のない一抹の不安が過るものの、大丈夫、自分は大丈夫と心の中で自己暗示をかけていると、ずっと無言でいるサトシを心配したミカの声が耳に入ってきた。

「大丈夫?」

「あ……大丈夫」

「そお?ならいいけど……。そうだ、近くにめっちゃ楽しいお店あるんだけど今度一緒に行こ!」

 話し続けるミカの言葉に相槌を打ちながら、今はこの場を楽しむためにネガティブな思考を切って目の前にある娯楽に身を委ねた。


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