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第三章:五月女梵の冒険
梵と少女
しおりを挟むオアシス21からエスカレーターで地上へあがり、五分ほど歩いた所で、何やら近くで騒めきが聞こえた。三人が何事かと件の方向を見ると、なんとそこにいたのは先ほど空から聞きかけていた走る着ぐるみであった。
「うわ……本当に走ってる」
「私も実物を見たのは初めてだよ!梵君ついてるね!」
「俺も初めて見た。つーか、あの着ぐるみ誰かから逃げてる感じじゃね」
三人のいるところから離れて行く着ぐるみ。その後ろを、何故かスーツ姿の女性が追いかけていた。
不思議な光景に三人は同時に首を傾げる。
「どんな組み合わせ……?」
考えても答えが出るわけでもなく、まあまあ生ける都市伝説を生で見る事が出来たことは何だかご利益があるみたいで嬉しかった。
三人は再び歩みを進め、更に五分ほど歩いたところにある久屋大通公園に着けば、先ほどの場所とは打って変わって開けた場所、解放感のある一直線に続く一面芝生の通りがあった。
その中、北エリアやテレビ塔エリアに最近出来たばかりのレイヤード久屋大通パークはある。
コンセプトごとに四つのゾーンに分かれており、自然の中に身を置ける場所やショッピングを楽しめる場所など楽しみ方は様々だ。
三人が公園へと足を踏み入れると、多くの人で賑わっている。
「うわあ、凄い」
都会である名古屋の中にこれだけ開放感のある自然の感じられる場所があることに、梵は思わす感嘆する。東京の中にも新宿御苑や代々木公園など、都のオアシスのような場所は存在したが、名古屋とはまた違った感じであった。
「久々にきたけれどここも変わらずだね」
「まあオープン当初に比べたらましなんじゃねえの?梵、お前何食べたい?」
「え、……うーん、何があるかもわからないから何とも」
「何系の物が食べたいとかないのかい?」
「それなら、さっきラーメン食べたから甘いもの食べたい、かな。二人とも甘いものいけるの?」
「私は行けるぞ!」
「俺も行けるぜ」
甘いものが苦手な人もいるし、実際梵が居候させてもらっているいとこの氷見は甘すぎるものがダメだと言っていたので、一応二人にも聞いてみる。だがどうやら杞憂だったようで安心した。
まずは観光がてら一通り巡ってみる話になり、途中で美味しそうなものを見つけたらその店に入ろうということになった。
人混みの流に乗ったり逆らったりしながら歩いていると、黒色の服が梵の視界に入ってきた。
「あれは……」
オアシス21で見かけた少女であった。食べたいものがあったのか、お店のレジカウンターの前にいる。
カウンターは少女は顔を見せるのでやっとの高さだった。先ほどとは違って男は近くにおらず、どうやら一人でいるようだ。
ここでも通りがかる人々の目をひいていたが、少女が目の前に立つ店員にしきりに首を振っていた。
商品を手に持ち、少女に手渡そうとしているがそれに対して少女が首を振っていて、店員は困り果てている様子だ。その光景を見て、梵はもしや、と近づく。
「あの、突然すみません、メニュー表ってありますか?」
いきなり現れた第三の人物に店員が驚きながらも、少女の後ろにはまだ列があり、並びながら注文するものを考えたいのだろうと予想した店員はすぐにメニュー表を取り出し、渡してくれる。
梵は借りたメニュー表を開いて少女の目線と合うようにしゃがんでそれを見せた。
「どれ、食べたいの?」
先ほどから日本語のような言葉が少女から発せられないので、多分言葉が通じないだろうと思って、メニュー表にあるいくつかのものを右手人差し指でトントンと指をさし、顔の横に持ち直して梵自身の首をかしげてみる。
すると、少女が目を見開いて一瞬固まるも、おずおずと一つのメニューを指さした。
梵は自身も同じ場所を指さして再び首をかしげると、少女は通じた!と、頬を少し赤らめながらコクコクと頷く。
そんな少女の姿に、嬉しくなって少しだけ目元が緩んだ梵は、立ち上がってメニュー表を店員に見せる。
「この子、これが食べたいみたいです」と助言すると、店員は驚いている。
「あっ、この下のやつだったんですね……」
どうやら注文内容を勘違いして出してしまっていたことに気づいた店員が、少女の視線の高さに合わせるようにカウンターの中から身体の上体をぐっと倒す。
「ごめんね、きっとカウンターが高くて指が上手くさせなかったのね……」
申し訳なさそうに謝るも、少女は首を傾げるだけ。
「お嬢!」
その時、遠くの方から声が聞こえ、だんだんとそれが近づいてくる。
「お嬢!勝手に一人で行動しないで下さいとあれほど……っ」
先ほど少女と一緒にいた執事風の男だった。少女と男が一緒にいるのを近くで見るとまた独特の雰囲気を醸し出し始めた二人に、梵と店員が固まっていると、男が頭を下げ謝ってくる。
「申し訳ありません。ご迷惑をおかけしまして」
「とんでもございません!注文を間違えてしまったのはこちらの不手際ですので、どうぞ頭をお上げ下さいませ」
逆に店員の方が申し訳ない気持ちになり、必死に頭を上げてくださいと言えばようやく男はようやく頭を上げる。
「そう言って頂けると恐縮です。――全くあなたは!すぐどこかにいなくなる!子供ですか!」
男が店員の気遣いに感謝する言葉を述べたすぐあとに、少女に向き直る。どこで男が咎めた言葉に対し、店員と梵は頭にクエスチョンマークが大量発生する。その後男は言葉を使い分けて今度は気づいたように外国語で少女に話し始めた。
(( え、……子供では……? ))
男の言葉にすかさず梵と店員の心の中の声が一致するが、その質問に対する答えは勿論ない。
お嬢と呼ばれた少女は男に怒られると、むう、と口をリスのように膨らませて俯く。
「あの、そんなに怒らないであげてください。この子、頑張って一人で頼もうとしていましたし。それにそろろ……後ろの並んでいる方たちに迷惑が」
男が梵の言葉にはっとして並んでいた列を見ると、明らかに不満げな表情をした人たちが多くいた。
十分ほど繰り広げられたこのやり取りの間待ち続けた結果の表情。
だがその人たち以外の半数ほどはずっとスマホに目を取られて現状に気づかず待ち続けてる人たちもいた。
なんだか歪な光景を見たような気分になった梵だったが、その時上着のポケットに入っていたスマホが震え始た。
取り出してみるとそこには松宮空という文字。そう言えば何も言わずにこっちに来てしまったことを思い出して慌てて電話を取る。
『梵君!今どこにいるの!散々探してるんだけど?』
出た瞬間から始まった空からのお咎めに早く二人と合流せねばと、口早に集合場所を決めて一旦電話を切る。
「ごめんなさい。ちょっと急用が出来てしまったので、僕はこれで」
最後まで事の成り行きを見守れないことを少し申し訳なく想いながら少女たちに向かってぺこりと頭を下げ、その場を急ぎ足で去った。
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