烏と春の誓い

文字の大きさ
上 下
17 / 43
第三章:五月女梵の冒険

氷見と夏島と秋路

しおりを挟む


「……何でこんな所で昼から焼肉つついてんの俺等」

「何でって、久々にご飯でも食べようって言ったら来たのは秋でしょ」

「そうだけどさ……そういやあ雪は?」

「仕事で遅れるって」

「つか、まだサイン貰ってねえ」

「来たら貰えば?」

 焼肉チェーン店の一室で男二人、氷見と秋路はテーブルの中心にある網の上にジュウジュウと美味しそうな音と匂いを漂わせるカルビやハラミを焼きながらつついている。

 そこへ店員に案内された夏島がやってきた。

「遅せぇ!」

「ごめん、仕事おしてて」

「新作か?」

「うん」

 遅いと怒りながら、理由が新作の為だと知った瞬間にコロッと態度が変わった秋路。

 このころっとさは昔から変わらないなと氷見は二人の会話を聞きながら時に相槌を打つ。 

 それから近況の報告をお互いに話しながらあっという間に三十分が過ぎたとき、秋路がそう言えば、とカバンの中の手帳から写真と取り出した。

「……何この写真」

 秋路がテーブルの上に置いたのは一枚の写真。男の顔が写っている。

「今俺が担当してる事件の関係写真」
 
「……現役刑事が事件の捜査情報漏らしてもいいの?」

「だから内緒な。言ったら殺すから」

 物騒な台詞を吐く現役警察官を氷見は死んだ魚のような目でじっと見る。氷見の横に座る夏島は余程お腹が空いていたのか場の状況などお構いなしに肉を食べ続けていた。

「それで?」

「こいつ、どっかで見たことねえかなーと思って」

「一体この名古屋にどれだけの人口がいると思ってるの、見たことある訳……」

 ――― あった。

 よく見ると、あの運び屋の男ではないか。

 しかし秋路に言うわけにはいかない。言えば、何故男をパンイチにしたかを話さなければならなくなる。氷見が芦屋組と……ヤクザと間接的にではあるが関係があることを秋路は知らない。

 それはそれで面倒だと判断した氷見が知らぬ存ぜぬを通そうとかわす文言を口にしようとした時、横で口を開こうとする夏島の気配に気づいて脇腹を小突く。

「ウッ」

 肋骨の間に入ってしまった攻撃に呻き声を上げる夏島。

「あ?」

 何事かと訝しむ秋路に、「こいつがどうかしたの?」と慌てて続きを促す。

「早朝にパンツ一丁の状態で発見されてなあ、とりあえず一度病院にやったんだけど姿を消したんだ。何か事件に巻き込まれてるといけないから一通り調査するように上から言われたってわけ」

「へえ……悪いけど見たことないな」

「雪は?」

「ない」 
 
 痛かった……とボソボソ言いながら返事をする夏島。

「まあある訳ない、か。んじゃまあこの話はここまでってことで、サインくれ」

「突然話変わりすぎでしょ」

 どこから出したか手品のようにサイン用色紙とマジックを取り出す秋路に呆れかえる氷見がずずっと出されていたお茶を飲む。

 無言で色紙を取り、ササっと慣れた手つきで文字を書いていく。

「おおー、流石は人気作家。慣れたもんだな。ありがと」

「またいつでも言って」

 作家としての夏島の事をちゃんとリスペクトしているようで、出された本は全て紙版で買っていると言っていた。もはやマジのガチファンがこれほど近くにいるのも嬉しいのだろう。


 心なしか夏島の表情も緩んでいた。


「それで、今日俺を呼んだのは何で?」

 今日一番の目的を終えた秋路がつまらなさそうに片腕で頬杖をつく。

「ここからが今日の本題だよ。雪」

「仲直りして」

 夏島の、有無を言わせぬ単語単語の言い方はこういう時に役に立つ。

 そして誰と仲直りしろと言われているのか、秋路は勿論わかっているはずだ。思いっきり眉間の皺が深くなった。

「十年前の事は何度も話したでしょ?あの子は何も悪くないよ。だからこそ僕たちがあれだけ殴られたんだけど」

 事件の直後、秋路は錯乱状態にあった。春の死を告げに行ったときも散々責められ、暫くは顔を見せる度に殴られた。顔が変形するかと思ったほどだ。

「…………わかってる」

「わかってるなら、」

「わかってんだよ、俺だって!あいつが悪くないことくらい。一番許せねえのはずっと俺自身だった。十年間ずっとな」

「なら何で会いに行かないの」

「……連絡先知らねえし、住所も知らねえからコンタクトの取りようがなかった」


「「は?」」


 思いもよらなかった秋路の答えに、氷見と夏島が同時に言葉を発した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

処理中です...