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第三章:五月女梵の冒険
氷見と夏島と秋路
しおりを挟む「……何でこんな所で昼から焼肉つついてんの俺等」
「何でって、久々にご飯でも食べようって言ったら来たのは秋でしょ」
「そうだけどさ……そういやあ雪は?」
「仕事で遅れるって」
「つか、まだサイン貰ってねえ」
「来たら貰えば?」
焼肉チェーン店の一室で男二人、氷見と秋路はテーブルの中心にある網の上にジュウジュウと美味しそうな音と匂いを漂わせるカルビやハラミを焼きながらつついている。
そこへ店員に案内された夏島がやってきた。
「遅せぇ!」
「ごめん、仕事おしてて」
「新作か?」
「うん」
遅いと怒りながら、理由が新作の為だと知った瞬間にコロッと態度が変わった秋路。
このころっとさは昔から変わらないなと氷見は二人の会話を聞きながら時に相槌を打つ。
それから近況の報告をお互いに話しながらあっという間に三十分が過ぎたとき、秋路がそう言えば、とカバンの中の手帳から写真と取り出した。
「……何この写真」
秋路がテーブルの上に置いたのは一枚の写真。男の顔が写っている。
「今俺が担当してる事件の関係写真」
「……現役刑事が事件の捜査情報漏らしてもいいの?」
「だから内緒な。言ったら殺すから」
物騒な台詞を吐く現役警察官を氷見は死んだ魚のような目でじっと見る。氷見の横に座る夏島は余程お腹が空いていたのか場の状況などお構いなしに肉を食べ続けていた。
「それで?」
「こいつ、どっかで見たことねえかなーと思って」
「一体この名古屋にどれだけの人口がいると思ってるの、見たことある訳……」
――― あった。
よく見ると、あの運び屋の男ではないか。
しかし秋路に言うわけにはいかない。言えば、何故男をパンイチにしたかを話さなければならなくなる。氷見が芦屋組と……ヤクザと間接的にではあるが関係があることを秋路は知らない。
それはそれで面倒だと判断した氷見が知らぬ存ぜぬを通そうとかわす文言を口にしようとした時、横で口を開こうとする夏島の気配に気づいて脇腹を小突く。
「ウッ」
肋骨の間に入ってしまった攻撃に呻き声を上げる夏島。
「あ?」
何事かと訝しむ秋路に、「こいつがどうかしたの?」と慌てて続きを促す。
「早朝にパンツ一丁の状態で発見されてなあ、とりあえず一度病院にやったんだけど姿を消したんだ。何か事件に巻き込まれてるといけないから一通り調査するように上から言われたってわけ」
「へえ……悪いけど見たことないな」
「雪は?」
「ない」
痛かった……とボソボソ言いながら返事をする夏島。
「まあある訳ない、か。んじゃまあこの話はここまでってことで、サインくれ」
「突然話変わりすぎでしょ」
どこから出したか手品のようにサイン用色紙とマジックを取り出す秋路に呆れかえる氷見がずずっと出されていたお茶を飲む。
無言で色紙を取り、ササっと慣れた手つきで文字を書いていく。
「おおー、流石は人気作家。慣れたもんだな。ありがと」
「またいつでも言って」
作家としての夏島の事をちゃんとリスペクトしているようで、出された本は全て紙版で買っていると言っていた。もはやマジのガチファンがこれほど近くにいるのも嬉しいのだろう。
心なしか夏島の表情も緩んでいた。
「それで、今日俺を呼んだのは何で?」
今日一番の目的を終えた秋路がつまらなさそうに片腕で頬杖をつく。
「ここからが今日の本題だよ。雪」
「仲直りして」
夏島の、有無を言わせぬ単語単語の言い方はこういう時に役に立つ。
そして誰と仲直りしろと言われているのか、秋路は勿論わかっているはずだ。思いっきり眉間の皺が深くなった。
「十年前の事は何度も話したでしょ?あの子は何も悪くないよ。だからこそ僕たちがあれだけ殴られたんだけど」
事件の直後、秋路は錯乱状態にあった。春の死を告げに行ったときも散々責められ、暫くは顔を見せる度に殴られた。顔が変形するかと思ったほどだ。
「…………わかってる」
「わかってるなら、」
「わかってんだよ、俺だって!あいつが悪くないことくらい。一番許せねえのはずっと俺自身だった。十年間ずっとな」
「なら何で会いに行かないの」
「……連絡先知らねえし、住所も知らねえからコンタクトの取りようがなかった」
「「は?」」
思いもよらなかった秋路の答えに、氷見と夏島が同時に言葉を発した。
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