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第二章:名古屋の烏
氷見と夏島と着ぐるみマン
しおりを挟むカラン――。店の扉が開き、珍客が訪れた。鼻眼鏡を付けた不審者。
「……何してんの?雪」
氷見とは長年の親友、夏島霜雪(そうせつ)である。
営業時間の終了間際でもう客は来ないだろうと、カウンターに座りながら店の酒に手を出していた氷見が呆れながら問う。
「え、何が?」
変わらぬ天然振りに、思わず眉間を揉みながら「んん」と唸った。
この夏島と言う男は昔からこうだった。顔面偏差値が高い故に、異性からはかなりモテていたが当の本人が持つ天然鈍感のダブルスキルによって悉く女の子たちの心を折ってきた。
感覚がないのか、こうやって鼻眼鏡を付けられても、例えば勝手に髪を結われていても、頬に落書きをされていてもあまり気にしない。
「鼻眼鏡、ついてるよ。……と言うか、誓(ちか)に付けられたんでしょそれ」
誓――円義(つぶらぎ)誓は、≪烏≫のチーム解散と同時に姿を消したメンバーの一人で、現在は居場所を誰にも教えておらず所在不明の子だ。かなり連絡が取りづらく、一度注意したらこうして夏島に悪戯することで生存報告をしてくるのがパターンとなっている。
「え、嘘。会ってないけど」
「会ってなくてもいつも悪戯されてるのに何で気づかないの。鼻眼鏡なんかそれこそ違和感ありありでしょうが」
「だって仕事中はいつも眼鏡掛けてるから」
「もういい。ほら、何か出してやるから座れ」
突っ込む要素が多すぎてもうどうにでもなれと氷見は諦める。
開けっぱなしだった扉を閉めようと夏島が背を向けたとき、もう一つの悪戯を見つけた。
「誓のもう一つの生存報告書。また背中にある」
夏島が無言で背中にセロハンテープか何かで貼られていた紙を引っぺがす。
何度もやられているにも関わらず何故毎回気づかないのか謎だが、夏島とはそういう男であり、しかもこれで人気作家と言うのだから不思議である。
夏島はペンネーム【立花(たちばな)理人(りひと)】と言う名前で執筆活動をしている。高校生の頃から書き溜めていた小説がある新人賞を取り、そのまま作家となった。以降ずっと書き続け、現在は夏島の書く原作がアニメ化やドラマ化したりしていて今や人気作家とまで呼ばれるようになっていた。
「何か疲れてない?」
「さっき編集の和達(わだち)さんに見つかって追いかけられてた……」
「へえ……」
氷見は特に驚く事もなく聞いていた。何せ和達に夏島の位置情報を教えたのは氷見自身だったから。
助けなかった腹いせに悪戯してみたのだが、氷見の仕業だとは気づいていないようだった。
「それは大変だったな」
口元をひくりとさせながら労う。
「申し訳ないとは思うけど、まだ書けてないから仕方ない」
「考えれば考えるほど浮かばなくなるって聞くけど案外本当なんだ。そう言えば秋がサインくれって言ってたよ」
「読んでくれてるの?」
「寧ろガチファン。元々サスペンス好きだったでしょ」
「そだっけ」
「気に入ったドラマ放送された次の日とか延々と語られたの忘れたの?……少なくとも山田一郎シリーズは絶対読んでるよ」
「なら、直接ここに来ればいいのに」
「ここには春との思いでが多すぎるからまだ無理かもね」
「十年経った今でも、まだ春の匂いが残ってる気がする」
「……それ聞くとやばい変態みたいだな」
ここは昔二人が入っていた≪烏≫と言うギャングチームの溜まり場だった店だ。チームが解散してからも氷見が権利を貰って店として活用することで維持している。
秋――と呼ばれているが正しくは秋路――は元々≪烏≫のリーダーであり、秋の妹である春と言う女の子もメンバーだった。立て続けに起こった事件により一人は抜けてチームを去り、一人は既にこの世にはいない。
あの楽しかったころが戻ってくることはもう永遠にないのだ。
「今日はもう考えるのやめて何か飲む?」
「うん」
ここで氷見はコカ・コーラの入ったビンを取り出し、ジョッキに注ぐ。
夏島は酒豪と言われる人間だが、逆に普段から炭酸系には一切手を出さない。
理由は……、
ゴッ
――― 何故か一瞬で酔うからだ。
飲んですぐに酔っ払い、額を机にぶつけて眠りこける。
これがいつもの流れだった。
だいたいは現実逃避したいときや、単に酔いたい時、寝たいときに飲むことが多いが、今回は現実逃避系だろう。作家も楽じゃなく、アイディアが浮かばず執筆が滞る時は、目の下にクマを作る程辛そうにしているのを見ると、過酷さを感じさせられる。
「はあ……」
それにしても、と先ほどの会話を思い出しながら氷見が重い溜息をつく。
どうしてこう周りには問題児ばかりが集まるのか。
先日送られてきたLINEの内容に頭を痛める。送り主は誓。『円』と言う情報屋を営む彼とは、十年前の事件以来そうそう会う事はなくなってしまった。たまに先ほどの様に生存報告がてら夏島に印を残したり、気が向いた時にLINEを飛ばしてくるくらいだ。
此方から送るときもあるが、気まぐれにしか返信を寄越さないのであまり期待していない。
【 楠尾が出所するらしいです 】
そんな誓が送ってきた一文。
見た瞬間、絶対に何かをやらかす、氷見はそう確信していた。
最悪殺すことはないとしても、何かしらのカタチで復讐するつもりだろう。
誓は、十年前の事件の時に亡くなった春と言う少女とは特別仲がよかった。そして誓と秋路は件の事件をきっかけにある理由から剣呑な関係となってしまっていた。
今の二人を見たら、彼女が何と言うか。
せめてすれ違っている二人の誤解を解ければいいのだが。この十年間中々機会を得られないまま現在まできてしまった。
カラン
氷見が悶々と考えていると、店の扉が開いた。
だがその先に人の姿はない。
「おかえり、明(めい)君。てか珍しいね、裸なの」
「それが……女の人に追いかけられて着ぐるみ脱ぐしかなくて」
誰もいないはずの空間に氷見が声を掛けると、声が返ってくる。
「警察以外に追われるとは珍しい。明日着ぐるみ探しに行ってあげようか」
「いいんですか!?」
「うんうん。後で大体の場所LINEで送っといて。今日はもうこの酔っ払い送り届けてそのまま帰ることにするから店の戸締りだけお願いしてもいい?」
「はい!」
「じゃあお先に」
「お疲れ様でした!」
潰れた夏島を抱えながら扉を潜って店を後にする氷見を見送り、言われた通りしっかりと扉や窓の戸締りをする姿なき人物、明。ひとりでに閉じる扉や勝手に掛かる鍵をもし誰かが見ていたらポルターガイストとでも勘違いするだろが、それは全て明が行っていること。
明は、―― 透明人間なのだ。
色々あって、現在は明にとって救世主である氷見の店の二階部分に間借りさせてもらっており、家賃はいらないけれど先ほど言われた戸締りや店の掃除などをして欲しいと言われて手伝いをしながら住まわせてもらっている。
一階の店部分の後始末が終わると、二階に上がる階段横にある電気ボタンを押し、そのまま二階へと上がって行った。
後に残ったのは暗く静かな空間だけ。
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