烏と春の誓い

文字の大きさ
上 下
7 / 43
第一章:蔓延りまくりプロローグ

不思議な情報屋

しおりを挟む

 某美味しいきしめんの店 二階にある個室にて 


「貴方が情報屋の『円(えん)』さんで間違いないですか?」

 源三に芦屋について調べるように言われた翌日、藤堂はとある情報屋へと連絡を取った。

 情報屋の『円』である。『円』は七年程前に突然現れ、ここらで名の通った情報屋だった。

 名古屋には他にも幾人か情報屋がいるものの、『円』の情報は一番正確で確実なものであり、他の者とはその差が歴然だった。どうやって情報を集めているのかはわからないがそれは例えば普段から提供してもらっている裏の世界のものであったり。例えば、政界に関するものであったり。はたまた探偵のような浮気調査やら身辺調査まで。誰が依頼してもきちんとした対価を払う者であれば基本的には断られることはないらしい。

 何度か依頼をしていることから、藤堂が円と会うのは決して初めてではない。しかし毎回本人かどうかを確認しなければならない。その理由は、目の前に座るこの人物が円本人だと認識出来る物が少ないからだ。

「――― その円と言う人物が情報屋で、決して素顔を見せないと言う噂のある者ならば、私で間違いないでしょうね」

 このやり取りも、もう何度したことだろうか。本人が言ったように、情報屋『円』には三つの特徴がある。

 
 一、決して素顔を見せない

 二、指輪をしている

 三、年齢性別共に不明

 
 依頼人の前に現れる時は絶対にフードで顔を隠した状態で現れる。その為顔の部分がフードの陰によって暗闇に見えることがら、顔無(かおなし)と呼ばれることもある。

 呼吸の音も聞こえることはないその顔面があるはずの場所を、いつも人と話すようにじっと見ていると、不気味さがより強調されて怖がりではないはずの藤堂自の手が勝手に震え出していることがあった。まあそれは最初に会った一度だけのことではあるが、こういった依頼の時以外で会うことは避けたい相手と言えよう。


 そんな『円』は、右手の薬指に必ず同じ指輪を付けている。それは食事中、箸を動かしたときに必ず見えるもの。

 
 そして。他の依頼者はどうか知らないが、先ほど円の返答自体が藤堂にとって本人かどうかを判断する基準になっている。察しのいいらしい円本人も二回目の依頼の時に同じ質問をしたら、全く同じ答えが返してきた。以降はこのやり取りから必ず始まっている。

 初めてこのやり取りをしたときは、随分と回りくどい言い方をする奴だと思うしかないものであり、何より胡散臭さしか感じなかった。

 そしてもう一つ、本人だと確認するための証拠は『声』である。

 最も、一人称が『私』であることと、男性でも女性でも通じるような声音のため性別がわからない。そして顔が見えないことから不明であった。

 
 これらが藤堂にとっての『円』本人だと確信する事が出来る三つの要素。

 
 いつもの通過儀礼を終えた後、『円』から言葉を発した。

「それで、今回はどういった情報をお求めですか?藤堂さん」

「既に見当がついているのではないですか?此方の欲する情報が何か」

 『円』は依頼人の素性には一切興味がないことで有名だった。最初に自己紹介をしようとした依頼人に対して、「別に自己紹介は必要ない」「興味がない」と言い切ったらしいという逸話が出回るほどだ。

 しかし藤堂の場合は少し違い、『円』の方から素性を明かされたのだ。


『どういった情報をお求めですか?山野組若頭の藤堂晃(あきら)さん』

 
 という感じで。流石に名乗ってもいないのに自身のフルネームをいきなり言われたときは身の毛がよだつ思いがした。

「さあ?……私はエスパーではないのでね、そこまでは」

 『円』は両手を左右に上げて肩をすくめた。

 初対面の人間の名前をあんな形で言い切っておいてエスパー説を否定されると腹の底でカレーライスとショートケーキがぐうぐると混ざっているような感覚になった藤堂であったが、早く情報を得る為にぐっと我慢する。

( 相変わらず底の知れない…… )

「芦屋組のある情報が欲しい」

 藤堂はただ簡潔に伝えた。

「具体的には?」

「……芦屋の弱みになるようなものが一つ欲しい」

 
 現組長は若くして跡目を継いだ芦屋綜爾(そうじ)と言う男。その手腕は見事なもので、組長に就任してから既に、一五年もの長きときにわたって血の気の多い組員たちを纏め上げている。その補佐をしているのが今名古屋に来ている若頭の阿良々木至(いたる)。

 対して山野源三と言う男は手腕も何もなく、ただ己の私腹を肥やすために御法度とされている薬にまで手を出していたのだ。これが阿良々木に見つかれば無事では済むまい。

 だからこそ芦屋の弱みになるような何かを、此方の手の中に落とさなければならなかった。

「随分危ない橋を渡るんだね、おたくの組長さん」

 藤堂にだってわかっていた。こんな延命措置のような事をしたところで、今後、山野組がどうなっていくかなどだいたいの検討はつく。しかし組を守るため、藤堂は動くしかなかった。

「あるのかないのか、どっちだ」

 数秒考えるような様子を見せた『円』だったが、思ったよりも早く答えを出した。

「いいですよ。売りましょう、芦屋組の情報を一つ」

 芦屋組に関しての情報は、その組織力から手に入れることが限りなく困難なもの。手に入れようとする情報がやばければやばいほど、それは依頼人にだけではなく売る側にも相応のリスクとなって返ってくることは必須。正直、『円』がここまで簡単に依頼を受けたことに関して、藤堂は驚いていた。だが、かなりのハイリスク案件だ。どんな対価を求められるのか想像がつかなかった。


「ただ、」


 ――― きた。


「モノがモノなのでいつものお代プラス、更にこちらの言う条件を一つ飲んで頂けるのであれば、このご依頼をお引き受けしましょう。どうですか?」

「……条件、ですか」

 依頼料がかなりの額に吊り上げられることはある程度覚悟はしていた。それがまさか金銭ではなく別の条件とは。

「なに、ちょっとしたお願いがありまして……近頃円形脱毛症になる程のストレスを抱えられている藤堂さんにしか出来ない、ね」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

虚弱なヤクザの駆け込み寺

菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。 「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」 「脅してる場合ですか?」 ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。 ※なろう、カクヨムでも投稿

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

処理中です...