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第一章:蔓延りまくりプロローグ
不思議な情報屋
しおりを挟む某美味しいきしめんの店 二階にある個室にて
「貴方が情報屋の『円(えん)』さんで間違いないですか?」
源三に芦屋について調べるように言われた翌日、藤堂はとある情報屋へと連絡を取った。
情報屋の『円』である。『円』は七年程前に突然現れ、ここらで名の通った情報屋だった。
名古屋には他にも幾人か情報屋がいるものの、『円』の情報は一番正確で確実なものであり、他の者とはその差が歴然だった。どうやって情報を集めているのかはわからないがそれは例えば普段から提供してもらっている裏の世界のものであったり。例えば、政界に関するものであったり。はたまた探偵のような浮気調査やら身辺調査まで。誰が依頼してもきちんとした対価を払う者であれば基本的には断られることはないらしい。
何度か依頼をしていることから、藤堂が円と会うのは決して初めてではない。しかし毎回本人かどうかを確認しなければならない。その理由は、目の前に座るこの人物が円本人だと認識出来る物が少ないからだ。
「――― その円と言う人物が情報屋で、決して素顔を見せないと言う噂のある者ならば、私で間違いないでしょうね」
このやり取りも、もう何度したことだろうか。本人が言ったように、情報屋『円』には三つの特徴がある。
一、決して素顔を見せない
二、指輪をしている
三、年齢性別共に不明
依頼人の前に現れる時は絶対にフードで顔を隠した状態で現れる。その為顔の部分がフードの陰によって暗闇に見えることがら、顔無(かおなし)と呼ばれることもある。
呼吸の音も聞こえることはないその顔面があるはずの場所を、いつも人と話すようにじっと見ていると、不気味さがより強調されて怖がりではないはずの藤堂自の手が勝手に震え出していることがあった。まあそれは最初に会った一度だけのことではあるが、こういった依頼の時以外で会うことは避けたい相手と言えよう。
そんな『円』は、右手の薬指に必ず同じ指輪を付けている。それは食事中、箸を動かしたときに必ず見えるもの。
そして。他の依頼者はどうか知らないが、先ほど円の返答自体が藤堂にとって本人かどうかを判断する基準になっている。察しのいいらしい円本人も二回目の依頼の時に同じ質問をしたら、全く同じ答えが返してきた。以降はこのやり取りから必ず始まっている。
初めてこのやり取りをしたときは、随分と回りくどい言い方をする奴だと思うしかないものであり、何より胡散臭さしか感じなかった。
そしてもう一つ、本人だと確認するための証拠は『声』である。
最も、一人称が『私』であることと、男性でも女性でも通じるような声音のため性別がわからない。そして顔が見えないことから不明であった。
これらが藤堂にとっての『円』本人だと確信する事が出来る三つの要素。
いつもの通過儀礼を終えた後、『円』から言葉を発した。
「それで、今回はどういった情報をお求めですか?藤堂さん」
「既に見当がついているのではないですか?此方の欲する情報が何か」
『円』は依頼人の素性には一切興味がないことで有名だった。最初に自己紹介をしようとした依頼人に対して、「別に自己紹介は必要ない」「興味がない」と言い切ったらしいという逸話が出回るほどだ。
しかし藤堂の場合は少し違い、『円』の方から素性を明かされたのだ。
『どういった情報をお求めですか?山野組若頭の藤堂晃(あきら)さん』
という感じで。流石に名乗ってもいないのに自身のフルネームをいきなり言われたときは身の毛がよだつ思いがした。
「さあ?……私はエスパーではないのでね、そこまでは」
『円』は両手を左右に上げて肩をすくめた。
初対面の人間の名前をあんな形で言い切っておいてエスパー説を否定されると腹の底でカレーライスとショートケーキがぐうぐると混ざっているような感覚になった藤堂であったが、早く情報を得る為にぐっと我慢する。
( 相変わらず底の知れない…… )
「芦屋組のある情報が欲しい」
藤堂はただ簡潔に伝えた。
「具体的には?」
「……芦屋の弱みになるようなものが一つ欲しい」
現組長は若くして跡目を継いだ芦屋綜爾(そうじ)と言う男。その手腕は見事なもので、組長に就任してから既に、一五年もの長きときにわたって血の気の多い組員たちを纏め上げている。その補佐をしているのが今名古屋に来ている若頭の阿良々木至(いたる)。
対して山野源三と言う男は手腕も何もなく、ただ己の私腹を肥やすために御法度とされている薬にまで手を出していたのだ。これが阿良々木に見つかれば無事では済むまい。
だからこそ芦屋の弱みになるような何かを、此方の手の中に落とさなければならなかった。
「随分危ない橋を渡るんだね、おたくの組長さん」
藤堂にだってわかっていた。こんな延命措置のような事をしたところで、今後、山野組がどうなっていくかなどだいたいの検討はつく。しかし組を守るため、藤堂は動くしかなかった。
「あるのかないのか、どっちだ」
数秒考えるような様子を見せた『円』だったが、思ったよりも早く答えを出した。
「いいですよ。売りましょう、芦屋組の情報を一つ」
芦屋組に関しての情報は、その組織力から手に入れることが限りなく困難なもの。手に入れようとする情報がやばければやばいほど、それは依頼人にだけではなく売る側にも相応のリスクとなって返ってくることは必須。正直、『円』がここまで簡単に依頼を受けたことに関して、藤堂は驚いていた。だが、かなりのハイリスク案件だ。どんな対価を求められるのか想像がつかなかった。
「ただ、」
――― きた。
「モノがモノなのでいつものお代プラス、更にこちらの言う条件を一つ飲んで頂けるのであれば、このご依頼をお引き受けしましょう。どうですか?」
「……条件、ですか」
依頼料がかなりの額に吊り上げられることはある程度覚悟はしていた。それがまさか金銭ではなく別の条件とは。
「なに、ちょっとしたお願いがありまして……近頃円形脱毛症になる程のストレスを抱えられている藤堂さんにしか出来ない、ね」
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