烏と春の誓い

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第一章:蔓延りまくりプロローグ

パンツ一丁男と刑事二人

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 朝の七時半。一本の通報電話によって現場へと駆り出された二人がいた。

 還暦間近でありながらばりばりの現役刑事、平万次(たいらまんじ)と、五年目の山下秋路(やましたあきじ)である。

 通報者は現場近くに住む主婦の伊藤シズエ。ゴミを捨てに来たところ、何やら新聞紙で包まれたでかい物があったため不審に思い近づいてみると端から黒い髪の毛のようなものが見えたため人だと気づいたが、それ以上寄ることもなく慌てて警察へと通報したとのことだ。

「だってほら……もし死体だったら怖いじゃない!?私が殺したみたいな感じに疑われても困るしねえ。よく平日のお昼にやってるサスペンス劇場見るのだけれど、疑わしきは第一発見者みたいな台詞よく聞くし。怖かったのよお」

 怖気づいて通報した割には腕を組み頬に掌を当てながらぺらぺらとよくしゃべるおばちゃんに、発見時の状況を聞いていた別の警官はその勢いにたじろいでいた。

「え、もしかして火曜サスペンス劇場とか、見てます!?」

 そんな二人の間にいきなり割り込む者あり。秋路である。

「え、えっ……ええ」

「じゃあ少し前から新しく始まった『山田一郎の事件簿』というドラマ、見てますか!?」

「ああ!あれも見たわよお!第一章のまさかあそこであの人が出てくるなんて思わなかったわあ」

「でしょうでしょう。更に言うなら、一郎の犯人に言う最後の台詞に痺れました。何かこう心に語り掛けてくるというか」

「一郎ってちょっと頭いっちゃってる所あるけれど、そこから事件を解決に導く手腕と言うか、犯人を徐々に追い詰めていく流れの作り方が上手いのよねえ」

「わかります!それに……「おい山下ァ!!いつまで話し込んでんだ!こっち来い!」あ、すみません奥さん、上司に怒られちゃった、また機会があれば是非語り合いましょう!では!」

 まるで竜巻の様に現れ消えて行った秋路を、勢いのままに話し込んだ伊藤シズエも途中まで事情聴取していた警官も呆気にとられながらも見送る。

 秋路が来るのを律儀にも待っていた平は、「ったく、本当に若いのか怪しくなってくる程変わった趣味を持ってるなお前は」速足でやってきた秋路のぺしッと叩く。

「いやあ、よく言われます」

 へへっと頭をかく秋路に、ふん、と鼻を鳴らしながら「褒めとらん。さっさと行くぞ」とツッコミながら未だ新聞紙に包まれている男のもとへと歩いていく。


「なんだあ……これは……」

 まず、男に息はあった。新聞紙のおかげで温かそうにしているが、問題はその下。

「人ですかね!」

「んなこたあ見りゃあわかるんだよ!」

 これのどこが人以外に見えるんだ。と秋路の頭を叩いて二度目のツッコミを入れる平。

「痛ったッ!!」

「俺ぁ……近頃の若者がわからん」

「若い男が寝ている光景ですね!」

「……んなもん見りゃあわかるんだよ……。俺が言いたいのは、何でこいつがパンツ一丁なんだってことだ!」

 そう。新聞紙を引っぺがしてみると、男はパンツしか身に着けていなかった。

 しかもご丁寧に腹が冷えないようにであろうそこには、畳まれた服が乗せられていた。まるでホッカイロのように。

 秋路が畳まれた服を持ち、何か身元が分かるものがないかとごそごそと手を入れて探ってみる。

 すると一枚のカードを見つける。

「さあー……、露出狂とか ――― あれ、財布はないのにズボンのポケットの中に免許証だけありますよ」

 運転免許には、顔写真と生年月日、

「名前は?」

「えーっと、新田一志(にったかずし)、年齢は ――― 二十歳ですね……それにしても何でこんな所に」

「二十歳成り立てで酒の飲み方がまだなってないだけじゃねえのか。近頃のニュースでもやってるだろ、一気飲みしてアル中になってそのまま仏さんになっちまうやつとかよお」

「このなりだと未成年の頃から飲酒してそうですけど」

 秋路の視線の先には地面との間に新聞紙が一枚敷かれた状態で寝ている金髪で耳朶にはいくつかのピアス穴が開いていた。髪の毛は何度も染めているのか明らかにパサパサで痛んでいるのがわかる。申し訳ないがそれだけでもヤンキー上がりだと勘ぐってしまうのは仕方のないことだった。勿論、なりがそうだからと言って中身、もとい性格までもがチャラいとは言わない。

 実際、秋路の昔から仲のいい友だちにも外見と中身がマッチしない者もいたからだ。

 しかしパンツ一丁。

 つまるところ、変態にしか見えなかった。

「この人よかったですね……見つけてくれたのがおばちゃんで。若い子に見つかってたら『うわ、何かやばいのいる~!』とか言いながら写メ撮られてSNSにでも上げらてましたよ」

 秋路の言葉を聞いて、平はしかめっ面をする。

「ったく、最近の若いもんは、何でもSNSって。そんなにいいのかそれは」

 渋くほとんどの表情が仏頂面な割に若い世代が扱う文明に興味をしめす平は、ちょうど秋路と同じ年頃の娘がいるらしい。

 悲しきかな、お父さんの洗濯物と一緒に洗わないで!という定型文を高校生の娘にズバッと言われた平は、それ以降、何も悪いことをしていないにも関わらずしょげていた時期があった。

 しかし、社会人になった我が子から幼い頃のように話しかけられるようになったことは平にとって嬉しきことであり、なんとか今の状態を維持できればと話題作りをするためにずっと使い続けていたガラケーからスマホへ切り替えた。だが慣れぬ文明利器に四苦八苦している平に操作方法を一から教えているのは何故か秋路である。

 「解せぬ」と思いながらも、平とその娘のコミュニケーション作りのために一肌脱いでいる。

 しかし未だにタッチパネルという言葉やら指紋認証やら、画面のタップによる操作を慣れない手つきで行っている内は早いだろうと平に一応アドバイスはしておく。

「へん。慣れれば俺だってそのくらいすぐに出来るようにならあ」

 一体どこからくるのかその自信。

 平とコンビを組み始めてから早三年。出会い当初、頑固一徹のような性格を兼ね備えた男との関係作りは非常に大変ではあったがそれから話したりしている内に意外とそうでもないという一面を知り、頑固一徹、の『一徹』は秋路の平性格メモからは削除された。

 まあそんな感じで考え方が緩くなってきたなあ、と秋路は思ったのである。

 
 とその時、パンツ一丁男が「ぶえっくしッ!」とくしゃみをする。

「……とりあえず念のため病院に連れてくか」

 そうして狭く薄暗い路地裏でまるでホームレスのような一夜を過ごした男はようやく移動させられるのであった。


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