6 / 43
第一章:蔓延りまくりプロローグ
パンツ一丁男と刑事二人
しおりを挟む朝の七時半。一本の通報電話によって現場へと駆り出された二人がいた。
還暦間近でありながらばりばりの現役刑事、平万次(たいらまんじ)と、五年目の山下秋路(やましたあきじ)である。
通報者は現場近くに住む主婦の伊藤シズエ。ゴミを捨てに来たところ、何やら新聞紙で包まれたでかい物があったため不審に思い近づいてみると端から黒い髪の毛のようなものが見えたため人だと気づいたが、それ以上寄ることもなく慌てて警察へと通報したとのことだ。
「だってほら……もし死体だったら怖いじゃない!?私が殺したみたいな感じに疑われても困るしねえ。よく平日のお昼にやってるサスペンス劇場見るのだけれど、疑わしきは第一発見者みたいな台詞よく聞くし。怖かったのよお」
怖気づいて通報した割には腕を組み頬に掌を当てながらぺらぺらとよくしゃべるおばちゃんに、発見時の状況を聞いていた別の警官はその勢いにたじろいでいた。
「え、もしかして火曜サスペンス劇場とか、見てます!?」
そんな二人の間にいきなり割り込む者あり。秋路である。
「え、えっ……ええ」
「じゃあ少し前から新しく始まった『山田一郎の事件簿』というドラマ、見てますか!?」
「ああ!あれも見たわよお!第一章のまさかあそこであの人が出てくるなんて思わなかったわあ」
「でしょうでしょう。更に言うなら、一郎の犯人に言う最後の台詞に痺れました。何かこう心に語り掛けてくるというか」
「一郎ってちょっと頭いっちゃってる所あるけれど、そこから事件を解決に導く手腕と言うか、犯人を徐々に追い詰めていく流れの作り方が上手いのよねえ」
「わかります!それに……「おい山下ァ!!いつまで話し込んでんだ!こっち来い!」あ、すみません奥さん、上司に怒られちゃった、また機会があれば是非語り合いましょう!では!」
まるで竜巻の様に現れ消えて行った秋路を、勢いのままに話し込んだ伊藤シズエも途中まで事情聴取していた警官も呆気にとられながらも見送る。
秋路が来るのを律儀にも待っていた平は、「ったく、本当に若いのか怪しくなってくる程変わった趣味を持ってるなお前は」速足でやってきた秋路のぺしッと叩く。
「いやあ、よく言われます」
へへっと頭をかく秋路に、ふん、と鼻を鳴らしながら「褒めとらん。さっさと行くぞ」とツッコミながら未だ新聞紙に包まれている男のもとへと歩いていく。
「なんだあ……これは……」
まず、男に息はあった。新聞紙のおかげで温かそうにしているが、問題はその下。
「人ですかね!」
「んなこたあ見りゃあわかるんだよ!」
これのどこが人以外に見えるんだ。と秋路の頭を叩いて二度目のツッコミを入れる平。
「痛ったッ!!」
「俺ぁ……近頃の若者がわからん」
「若い男が寝ている光景ですね!」
「……んなもん見りゃあわかるんだよ……。俺が言いたいのは、何でこいつがパンツ一丁なんだってことだ!」
そう。新聞紙を引っぺがしてみると、男はパンツしか身に着けていなかった。
しかもご丁寧に腹が冷えないようにであろうそこには、畳まれた服が乗せられていた。まるでホッカイロのように。
秋路が畳まれた服を持ち、何か身元が分かるものがないかとごそごそと手を入れて探ってみる。
すると一枚のカードを見つける。
「さあー……、露出狂とか ――― あれ、財布はないのにズボンのポケットの中に免許証だけありますよ」
運転免許には、顔写真と生年月日、
「名前は?」
「えーっと、新田一志(にったかずし)、年齢は ――― 二十歳ですね……それにしても何でこんな所に」
「二十歳成り立てで酒の飲み方がまだなってないだけじゃねえのか。近頃のニュースでもやってるだろ、一気飲みしてアル中になってそのまま仏さんになっちまうやつとかよお」
「このなりだと未成年の頃から飲酒してそうですけど」
秋路の視線の先には地面との間に新聞紙が一枚敷かれた状態で寝ている金髪で耳朶にはいくつかのピアス穴が開いていた。髪の毛は何度も染めているのか明らかにパサパサで痛んでいるのがわかる。申し訳ないがそれだけでもヤンキー上がりだと勘ぐってしまうのは仕方のないことだった。勿論、なりがそうだからと言って中身、もとい性格までもがチャラいとは言わない。
実際、秋路の昔から仲のいい友だちにも外見と中身がマッチしない者もいたからだ。
しかしパンツ一丁。
つまるところ、変態にしか見えなかった。
「この人よかったですね……見つけてくれたのがおばちゃんで。若い子に見つかってたら『うわ、何かやばいのいる~!』とか言いながら写メ撮られてSNSにでも上げらてましたよ」
秋路の言葉を聞いて、平はしかめっ面をする。
「ったく、最近の若いもんは、何でもSNSって。そんなにいいのかそれは」
渋くほとんどの表情が仏頂面な割に若い世代が扱う文明に興味をしめす平は、ちょうど秋路と同じ年頃の娘がいるらしい。
悲しきかな、お父さんの洗濯物と一緒に洗わないで!という定型文を高校生の娘にズバッと言われた平は、それ以降、何も悪いことをしていないにも関わらずしょげていた時期があった。
しかし、社会人になった我が子から幼い頃のように話しかけられるようになったことは平にとって嬉しきことであり、なんとか今の状態を維持できればと話題作りをするためにずっと使い続けていたガラケーからスマホへ切り替えた。だが慣れぬ文明利器に四苦八苦している平に操作方法を一から教えているのは何故か秋路である。
「解せぬ」と思いながらも、平とその娘のコミュニケーション作りのために一肌脱いでいる。
しかし未だにタッチパネルという言葉やら指紋認証やら、画面のタップによる操作を慣れない手つきで行っている内は早いだろうと平に一応アドバイスはしておく。
「へん。慣れれば俺だってそのくらいすぐに出来るようにならあ」
一体どこからくるのかその自信。
平とコンビを組み始めてから早三年。出会い当初、頑固一徹のような性格を兼ね備えた男との関係作りは非常に大変ではあったがそれから話したりしている内に意外とそうでもないという一面を知り、頑固一徹、の『一徹』は秋路の平性格メモからは削除された。
まあそんな感じで考え方が緩くなってきたなあ、と秋路は思ったのである。
とその時、パンツ一丁男が「ぶえっくしッ!」とくしゃみをする。
「……とりあえず念のため病院に連れてくか」
そうして狭く薄暗い路地裏でまるでホームレスのような一夜を過ごした男はようやく移動させられるのであった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

虚弱なヤクザの駆け込み寺
菅井群青
恋愛
突然ドアが開いたとおもったらヤクザが抱えられてやってきた。
「今すぐ立てるようにしろ、さもなければ──」
「脅してる場合ですか?」
ギックリ腰ばかりを繰り返すヤクザの組長と、治療の相性が良かったために気に入られ、ヤクザ御用達の鍼灸院と化してしまった院に軟禁されてしまった女の話。
※なろう、カクヨムでも投稿
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
羽村美海
恋愛
古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。
とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。
そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー
住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……?
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
✧天澤美桜•20歳✧
古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様
✧九條 尊•30歳✧
誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
*西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨
※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。
※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✧
✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧
✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧
【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる