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第零章:始まり
逃げる男
しおりを挟む月明りに照らされる夜の街。宵闇の中を一匹の烏が縦横無尽に飛び回る。
黒き狩人が鳴きながら一際大きく羽ばたくと、翼から一枚の羽根を落として去って行く。
偶然にもビルの屋上にひらひらと舞い落ちた黒い羽根を拾った人物は、それを月に掲げた。ツヤのある羽根は淡い月影によって光輝く。
「見てて、必ずやり遂げてみせるから」
誰かに話しかけるように呟いた人物は、次の瞬間、まるで鳥のようにビルから降下し、姿を消した。
※
夜分、名古屋駅の太閣通口から出たすぐそこにある大通りから繋がる細道に入り込んだ路地裏を、一人の男が息を乱しながら走っていた。
「はあ、はあっ……」
斜め掛けのボディバッグの合わせ部分を握りながら、必死に足を動かす。
しかし、運動選手でもない者にとって、暗闇の中を混乱の中迷走することは、阿呆のすることだろう。だけど今はこうするしかない。全力疾走し続けた反動で息切れが激しく、足も痛い、というか脹脛つりそうだった。
何故こんなことになった?何故あんな依頼を受けてしまたんだ。悔悟の念を抱いても時間が戻るはずもなく、男は己の思考を三日前へと遡らせる。
その日、男は生活費の糧として行っていた「運び屋」の仕事を受け、馴染みの依頼人の元へと赴き依頼物を受け取り、いつもと同じようにさっさと終わらせようと通り慣れた通りを右へ左へと直走っていた。
届け先はこの先にあるネオン街のさらに細い道へと入った場所にある、≪ミノムシ≫と言うバーで、そこを経営する櫛田と言う男だ。
きっかけこそ大学の友人から誘われて始めたバイトだった。
最初は勿論、きな臭い感じがして躊躇していた。
しかし、人手が足りないから一度だけでもと誘いにのってしまったのがいけなかった。ただ物を運ぶだけの仕事をかれこれもう一年続けている。
理由は簡単で、金になるから。普通にバイトをし、時給千円で一日フルタイム働くよりも遥かに多い額。それに気をよくしてだらだらと続けていた結果がこれだ。
男は今、謎の存在に後をつけられていた。
最初はただ同じ方向に向かって同じ道を歩いているだけかと思っていた。
しかしそれが曲がっても曲がっても変わらず背後に同じ気配を感じるとなれば、あれ、これってもしかしてつけられている?となるのは当然の反応だろう。
男が足を止めれば、背後から聞こえていた足音も同じように途絶え、再び足を進めればコツコツとまたそれが聞こえ始める。
追われていることを悟った男は一気に怖くなり、歩くのをやめて走り始めた。
すると背後の足音も男がこのタイミングで男が走り始めるとは思っていなかったのだろう、一瞬焦った感じの靴音がしたものの、すぐに同じような速度で追いかけてくる。
男には逃げ切れる算段があった。
実は今までにも二回、同じようなことがあったのだ。だが、地元という事もあって土地勘があり、多くの抜け道を知っていた。
だから前回もその前も抜け道や時には大通りを使いまくって攪乱し、撒いたのだ。
今回も同じ手でいくかと道順を頭の中で一考する。その間にも足は止めない。
そうして次の角を曲がろうとした瞬間、続いてるはずの道が塞がっているのに気付いた。
え?塞がって……っ!?
「がッッ――ぁ?」
突然現れた壁に思い切り激突した男は、己に何が起こったのかを必死に把握しようとする。しかしその間にもぶつかった反動で身体が背中から倒れていくのは止まらない。
男は自分の身体がどこぞのアニメのようにスローモーションでゆっくりと傾倒していくのを実感していた。そしてご都合主義よろしく己の脳内を走馬燈が駆け巡る。
ああ、俺の人生って一体なんだったんだろう。
必死に勉強して並の大学へなんとか合格して、そして彼女を作ってサークルに入って講義も頑張ってハッピーな青春ライフを送ろうと思っていたのに。最初は。最初は!……どこから狂ったのか……楽して稼ごうなんて思ったのがダメだったんだろうなあ。もとはと言えばあいつが誘ってこなければ俺がこんな目にあうこともなかったのに。ほんと、俺の人生って一体何だったんだろう。こんなしょうもないバイトと言われるのかわからないことやっている俺って……。サトシの奴、次に会ったら覚えてろ畜生が。
少しずつ男の意識が遠のき始める。誰かの声を遠くで聞きながら。
※
表通りからは見えない奥まった場所にある居酒屋で飲んだ後の帰り道。友人と二人、ほろ酔い気分を夜風にあたりながら覚ましつつ名古屋駅に向かって歩いていた。店から出て既に十分程経っただろうか。
途中、細道の曲がり角があり、この先を進めばようやく駅が見えてくるという所で、先に曲がり角にさしかかった友人がいきなり立ち止まった。どうした、と友人の背後から前方を覗き込むとそこには仰向けに倒れた男が気絶していた。
「あらら、なにそいつ」
「知らない」
時刻は日をまたぐ寸前の二三時五八分。冷たい空気に当たっていたこともあってだいぶ酔いがさめていたらしい友人はいつもながらの端的返答。あれだけ飲んでおいてよくこんなに早く酒が抜けるな。自身の数倍のペースでぐびぐびと煽っていた姿を思い出す。まごうことなき酒豪だ。
とりあえず気絶している男の様子を見に行く。
「おーい」
しゃがみこんで声を掛けてみる。男の口に手をあてて呼吸を確認してみるが大丈夫のようだ。
いつも常備している折り畳み傘をカバンから取り出して男の身体をつついて揺らすが全く反応がない。
「ダメだなあこりゃ」
まいったまいった、とばかりに折り畳み傘を肩にぽんぽんとのっけていると、友人が背後から声を掛けてくる。
「どうする?」
二月の後半にさしかかる頃の今、出会いと別れの季節である春が近づきつつあると言っても、まだこの深夜の冷え込みは寒い。まあ死ぬことはないとは思うが……態々どこかに届けるのも面倒だ。警察に通報なんてもっと面倒になる予感しかしない。
どうしようかと考えあぐねていると、男の持っていたカバンの少し開いていたらしいチャックのポケットからあるものが顔を出していた。
「んー……、ん?何だこれ」
指でそれをつまんで取り出してみると――。
「お。これはもしかして」
その物を見て何かを悟り、にやり、と悪い意味の笑みを浮かべたのを見て、いつの間にか横に来ていた友人が眉をひそめながらも「当たり?」と聞いてくる。
「そうみたい。他にも持ってないか探してとりあえず身ぐるみはがして転がしておこう」
友人はわかった、と言いながら行動に移った。さっさと帰りたいのだろう。ゴツンゴツンと男の頭がコンクリート地面に当たっている。そしてパンツ一丁にし終えたあと、視線を少し離れた所にあるごみ捨て場にやる。
「あとは風邪ひかれても困るからあそこにある新聞紙使って簀巻きにして帰ろ」
そこには新聞紙がご丁寧にもきちんと角を揃えて縛ってあった。新聞紙って結構暖かいらしいし今度試してみようかな……。いかん、酔っ払いの頭では正常な思考回路が働かない。
そうして簀巻きにした所で立ち上がる。友人は事は終わったとばかりに既に駅に向かって再び歩みを進めており、慌てて追いかける。
「……においがする」
数歩歩いていきなり足を止めた友人がクンクンと匂いをかぐ仕草をした。そう言えばこいつ、犬の嗅覚並みに匂いに敏感だったな。仕事関係でも例えば香水の匂いがきつい女性がくると一瞬で姿を消すほどの鋭いものだ。
「何の匂い?」
「わからない。けど、懐かしい……あ、消えた」
「気になるのか?」
「気になると言うか、何か嫌な予感がする」
「お前のそれ、結構当たるんだから不吉なこと言うのやめて」
聞いているのかいないのか、今度こそ足を止めずに駅に向かうその背中にはもう話は終わりだとはっきり書いてあった。
最後に一度だけ、男はちらりと背後を振り返る。
「それにしても、倒れて荷が落ちるような運び方するとか、阿呆なのか」
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