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第四章
葛城美奈子の涙
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太ももを引き締めて、できるだけ射込まれた精液が零れてこないように歩いて、
ようやくエントランスに入り、エレベーターの中で、美奈子はスマホを開いた。
「わあ、アキラくんからいっぱい来てる……」
部屋に入ると、シャワーより、まずは返信をしていく。
(最近は、嘘ばかり送ってる気がする……でも……)
「いま、帰って来ました。遅くなっちゃった」
「おじい様が、なかなか離してくれなくて」
「LIMEも見れなくてごめんね」
すぐに返事が来る
「おつかれ」
「車で帰ってきたの ?」
夜遅い時間だ、クルマで送ってもらうのが普通だろう。
返事はおのずと限られる。
「いつもの藤堂さんて運転手さんに送ってもらったわ」
「どこまで ? 」
「マンションの前まで」
「どうかしたの ? 」
「なんでもない」
アキラとのメッセのやり取りは、本来なら心弾む
はずが、美奈子は早く終わらせたくて仕方がない。
何せ、打ってるそばから、自分の内部から漏れ伝って
くるものが太ももを濡らし、チェアーに零れてくるのだ。
(彼氏とメッセ交換しながら、違う男の精液を漏らす女。
本当に最低なわたし……ごめんなさい、ごめんなさいアキラくん。
やっぱり、昨日も今日も中で出すことを認めちゃダメだった……
強く拒否はできたはず……それなのに……流されたバカなわたし……)
少し間が空いて
「明日は8時にH駅」
「そうね、待ち合わせは北口改札で」
「OK」
そのまま、メッセは止まった。
美奈子は、違和感を覚えたが、浴室に向かった。
(なんかアキラくんのLIME、いつもの調子と違った。
どんどん話を進めていくタイプなのに……)
顔も涎で強張っているし、友介と自分の汗が混じって
身体はべとべとだ。
それに、秘所からは、掻き出しても、どんどん精液が流れて来る。
(どれだけ出したのよ、三回分も……
流されるままに、「ゆうすけの赤ちゃん欲しい」とか
「孕ませて」とかまで言ったわ……
このまま、あの薬、アフターピルを飲まなかったら、どうなるんだろう……)
ブルッ、一瞬美奈子は、そんな未来を想像してしまい、身震いした……
赤ちゃんを抱えた自分と、いかにもお父さん然とした友介。
お腹の出た中年なだけに、違和感がない……
(何考えてるのわたし……どうかしてる。もうずっと最近おかしくなってる……
結婚までいくのかまだわからないけれど、わたしにはアキラくんがいるのに……)
浴室から出た美奈子は、そんな妄想を振り払うように、ピルケースを取り出し、
一瞬の躊躇の後、飲み込んだ。
(明日、手続きが終わった帰りに、アキラくんに全て話そう。
許してくれるかはわからないけれど、包み隠さず。
その上で、彼が先生に何かするとか、暴走するのだけは止めないと。
もう終わったのだから、わたしが我慢して収まったのだし。
そう、終わった……だから、わたしが 彼に何も言わなければ……
言わなければ全て終わり……彼が暴走もしない……
そんな……それは裏切りよ……
わたしは耐えた。先生は満足した……それでいい……
でも、それを隠して彼と付き合い続けるなんて、許されないことだわ……)
そのまま、もう余分な事を考えないよう、ベッドに潜り込んだ。
当然、なかなか寝付けなかったが……
「おはよう ! 待った ? 」
こぼれんばかりの笑顔で、美奈子が笑いかける。
一瞬、眩しい顔をするアキラ。
「ああ、おはよう。行こうか」
「あっ……うん」
スっと上条アキラは、改札を抜けていく。
「せっかちね、待ってよ」
美奈子が慌てて追いかける。
一緒に階段を上がる。
「ごめん……」
ペースを落として、やや美奈子を先行させ気味に並んだ
アキラは、美奈子を横目で見て、一瞬「ハッ」とした顔をし、
唇を噛んで俯いた。
先行する美奈子が気づくことはなかった。
急行列車でまずはS宿に向かう。
「アキラくん、元気ないけど、風邪でもひいた ? 」
「いや、大丈夫」
「そうぉ ? 顔色悪いよ」
「………………」
二人並んで座るが、話は弾まない。
美奈子が懸命に話しかけても、アキラの返答は
ひと言ふた言だ……
「手続き、終わったらどこ行こうか ?
わたし、S宿で行きたいお店が……」
「悪い、午後からまたバイトなんだ。僕はそのまま帰るよ。
美奈子は、行っておいで」
「そう……残念……」
やがて、美奈子も黙り込み、列車は進む。
(アキラくん、すごく機嫌悪いなぁ。バイトで疲れてるのね。
やっぱり、毎日夜勤なんてよくないわ。今日もだなんて……)
S宿で乗り換え、T田からは徒歩で大学に向かう。
緩い坂を上って行けば、周囲は学生向けの飲食店や服飾店などが立ち並ぶ。
昭和風町並みだが、ラーメン店などは新しい。入れ替わりが激しいようだ。
美奈子は、あれは何、ここは美味しそうなどと楽し気に
語るが、アキラは生返事ばかりだ。
やがて、古書店なども目立ってきて、大学が近づく。
「さあ、学生事務所まで競争よ ! 」
美奈子は、大学入り口が近づくと、明るく元気よく以前のLIMEでの話を持ち掛ける。
「怠いし、しなくていいんじゃないか。美奈子には敵わないし」
「えっ…………そっ、そう……」
美奈子はあからさまにがっかりする。
ここで元気を出してもらいたいと考えていたのだ。
しかたなく、ゆっくり歩いて事務所に向かい、手続きは
粛々と完了した。
「これで、わたしたちも、四月からは、晴れてここの学生になれるのね ! 」
「あぁ……うん」
再び、T田駅に向かって歩く。
広めの交差点で、信号待ちとなったところで、美奈子は思い切って話しかけた。
「ねえ、アキラくん、今日はどうしちゃったの ? 元気ないよ」
「そうかな」
「そうよ……わたし、話したいことがあるんだけど……」
「ふぅん……まずは、そのキスマークの説明からかな ? 」
「えっ ? キ……ス……」
ハッと、美奈子は首筋に手をやる。
だが、それはまさに墓穴だった。
「思い当たる節があるみたいだな !」
「ち、ちが……これは違うの。変なこと言うから、びっくりして」
慌てて、手を下げる。
「今の今まで、勘違いだったらいいと思ってたけど……やっぱりそうだったんだ。
首の後ろ側につけられてるから、気づかないよなぁ……くそっ !
キスマークつけて現れた彼女と一緒にいて、元気が出るわけないだろ ! 」
「……知らない…何かの間違いよ……わからな…」
(ゆうべクルマの中で吸い付かれたのかも……)
「どうせ、キモ友とのカーセックスでついたんだろ」
「えっ……なに ? 」
さぁっと蒼ざめる美奈子。
(どうしてアキラくんが、それを……)
「だ・か・らっ ! 美奈が、僕とキモ友と二股かけていて、
ゆうべはカーセックスして、キスマークをつけたまま堂々と
現れたから、元気なんて出るはずないって言ってるんだよ ! 」
全く予想外の言葉に固まる美奈子
(どうしてアキラくんが知ってるの。どうしよう、どうしよう……)
美奈子は、すっかりパニックだ。
「…………………………」
「図星というわけだ」
「ち、違くて……あんまり突飛な話に驚いただけで……」
「じゃあ、もっと言おうか」
「お正月に、キモ友と初詣行ったんだろ。なんで ?
Tホテルの朝、本当はどこに行ってたんだ? 僕のネックレスはずして。
ずっとしてくれてるって言ったのに。あそこは、6階はキモ友の部屋しかないんだけど。
この土日は、葛城本家に本当にいたの?
ゆうべの帰りは、キモ友のクルマだったから、
本当は一緒にどこか行ってたんじゃないのかよ
それにしても、夜23時に帰ってきて、わざわざ家の近くでカーセックスはないよな。
名残惜し気に、最後はキスまでして別れてさ。
聞こえたよ「ゆうすけさん、大好き」って言葉も。
キモ友って「はまだゆうすけ」って名前だと後で気づいて愕然としたよ。
今日だって、ホントは登校日だから、学校行ってキモ友に会いたかったのを
我慢して来てるんだろ、僕は、いい面の皮だ !!!!」
アキラは、一気にまくしたてた……
「違う、違うのよ……」
フルフルと首を振る美奈子
(どうして、どうしてこうなるの……)
「何が違うんだ ! 僕はこの目で見たんだよ !
美奈の家の前で帰って来るのを待ってたんだ。
ついでに教えとくと、母が再婚することになってさ、
その相手が金持ちだから、色々心配しなくてよくなった……
バイトもやめられる。
それを美奈に話して、春休みや大学生活の楽しいことを
語りたかったんだ。
その目の前で、カーセックスしてた美奈を見た僕の気持ちがわかるか !!」
「しかもさ、何でよりにもよってキモ友なんだよ。
気は確かか ?
あんなハゲデブ」
「………ヒトを容姿で判断しないで」
「アハハ、やっぱり肩持つんだ。そーなんだ」
「そうじゃなくて、聞いて欲しいことが……
実は…………」
しかし、その瞬間、様々な想いが、頭を駆け巡り、口を閉ざす。
「何も言えないんだね」
「違うの……えっと……浜田先生とは……」
「いや、もういいよ。どうしてキモ友を好きになったのかは知らないし、知りたくもない。
僕が、美奈をあまりに放っておいたせいかもしれない。
でも、どうでもいい。
美奈が僕を裏切った。それが全て。
理由なんて、どうでもいいんだ。
ともかく、僕らの関係は終わりだ。別れよう」
「えっ ! 待って ! 」
そう言い捨てて、上条アキラは点滅し始めている
信号を、走り渡って行った。
その後を追う事もできず、美奈子は立ち尽くしていた。
痴話喧嘩するカップルに、興味深そうに立ち止まっていた
数人の学生たちがパラパラと動き始めても、美奈子は
呆然と立ったままでいた。
暫くして、ようやく動き出すと、くるりと反転し、大学方向に逆戻りする。
歩きながら、先ほど問い詰められ、事情を説明しようとして
できなくなった想いが再び頭を巡る。
頭がいいはずの美奈子なのに、いざ口に出そうとしてはじめて、
単に、生徒会室での二人の写真で脅迫されて従ったと言っても
説明がおかしいと気づいたのだ。
脅迫されて、すぐに素直にアキラに相談すればよかった。
そうして、対策を共に考えればよかったのだ。
そうしなかったのは、自分は葛城家という存在に守られていて、
いざとなればおじい様に相談すれば大丈夫とか、
万が一にも退学になっても、自分は転校も可能だろうなどと、
一旦自分を安全圏に置いた上で、
「アキラくんのこれまでの努力がめちゃめちゃになる」とか
「双子の弟妹の将来含め、上条家が」とか、心配したからだ。
何様だったんだろう。
彼の人生に家族に、勝手に忖度して、
自分は、上から目線で心配していたのだと思い至ったのだ。
アキラくんのために、自分が我慢すれば……という発想は傲慢だ。
これを説明すれば、頭の良いアキラくんにはすぐにわかってしまう。
わたしが、自己犠牲に酔い、相談しなかったのは、
自分を結局は見下していたんじゃないかと。
彼のプライドはズタズタになる。
その上、あのキスシーンを見られている以上、
そうしたことを考えて脅迫に従ったというストーリーにも矛盾が生じ、
つまるところ、浜田先生に多少なりとも絆されて馴れ合った証拠になる。
それはつまり浮気であり、二股ということと、何が違うのだろうか。
同じだ。
実際、結果的に当初拒んでいたキスもセックスも許し、あまつさえ中出しまで。
この身体は、もはや清純ではなく、すっかり汚されてしまっている。
それなのに、包み隠さず話して、許しを請うって……そんな願いをすること自体が
傲慢の表れに他ならない。
どうして許してくれるなんて夢想したんだろう。
こんな汚れた女、嫌に決まってる。
それなのに、許してくれるかもなんて考えること自体、自分を上位に置いて
見下しているからだ。汚れていても大切にしてくれると。
自分は、どこまでいっても世間知らずのお嬢さまだ。自分の都合の良いように
考え、それが通用すると思っていた……
許してもらえるはずはない。
フラれて、別れて当然だ……
いつしか美奈子は、大学の創設者の銅像を中心としたキャンバスのあたりにまで
戻っていた。
本当は、四月に新入生として、この風景を二人一緒に見たかった……
その約束されていた未来を握りつぶしたのは、自分の傲慢な考えと、
流され易いココロ。
( 昨夜は、「アキラくんを裏切れない」とか「ふしだらな関係は」
とか偉そうなこと考えて友介さんをフっておいて、今度はわたしがフラレちゃった。
とっくに、裏切って、ふしだらな関係も受け入れていたんだから、当然よ……
ごめんね、友介さん…………
アキラくんも……お母さんの再婚で、アルバイトや奨学金を頑張らなくてもよくなったのね、
……「彼の将来のために」とか何だったんだろう……そんな傲慢なこと考えずに
素直に相談してたら、また違う道もあったのかなぁ……)
涙を流しながら、美奈子は冬空の澄み渡った青空と、そこにそびえる大学講堂を
見上げていた……
ようやくエントランスに入り、エレベーターの中で、美奈子はスマホを開いた。
「わあ、アキラくんからいっぱい来てる……」
部屋に入ると、シャワーより、まずは返信をしていく。
(最近は、嘘ばかり送ってる気がする……でも……)
「いま、帰って来ました。遅くなっちゃった」
「おじい様が、なかなか離してくれなくて」
「LIMEも見れなくてごめんね」
すぐに返事が来る
「おつかれ」
「車で帰ってきたの ?」
夜遅い時間だ、クルマで送ってもらうのが普通だろう。
返事はおのずと限られる。
「いつもの藤堂さんて運転手さんに送ってもらったわ」
「どこまで ? 」
「マンションの前まで」
「どうかしたの ? 」
「なんでもない」
アキラとのメッセのやり取りは、本来なら心弾む
はずが、美奈子は早く終わらせたくて仕方がない。
何せ、打ってるそばから、自分の内部から漏れ伝って
くるものが太ももを濡らし、チェアーに零れてくるのだ。
(彼氏とメッセ交換しながら、違う男の精液を漏らす女。
本当に最低なわたし……ごめんなさい、ごめんなさいアキラくん。
やっぱり、昨日も今日も中で出すことを認めちゃダメだった……
強く拒否はできたはず……それなのに……流されたバカなわたし……)
少し間が空いて
「明日は8時にH駅」
「そうね、待ち合わせは北口改札で」
「OK」
そのまま、メッセは止まった。
美奈子は、違和感を覚えたが、浴室に向かった。
(なんかアキラくんのLIME、いつもの調子と違った。
どんどん話を進めていくタイプなのに……)
顔も涎で強張っているし、友介と自分の汗が混じって
身体はべとべとだ。
それに、秘所からは、掻き出しても、どんどん精液が流れて来る。
(どれだけ出したのよ、三回分も……
流されるままに、「ゆうすけの赤ちゃん欲しい」とか
「孕ませて」とかまで言ったわ……
このまま、あの薬、アフターピルを飲まなかったら、どうなるんだろう……)
ブルッ、一瞬美奈子は、そんな未来を想像してしまい、身震いした……
赤ちゃんを抱えた自分と、いかにもお父さん然とした友介。
お腹の出た中年なだけに、違和感がない……
(何考えてるのわたし……どうかしてる。もうずっと最近おかしくなってる……
結婚までいくのかまだわからないけれど、わたしにはアキラくんがいるのに……)
浴室から出た美奈子は、そんな妄想を振り払うように、ピルケースを取り出し、
一瞬の躊躇の後、飲み込んだ。
(明日、手続きが終わった帰りに、アキラくんに全て話そう。
許してくれるかはわからないけれど、包み隠さず。
その上で、彼が先生に何かするとか、暴走するのだけは止めないと。
もう終わったのだから、わたしが我慢して収まったのだし。
そう、終わった……だから、わたしが 彼に何も言わなければ……
言わなければ全て終わり……彼が暴走もしない……
そんな……それは裏切りよ……
わたしは耐えた。先生は満足した……それでいい……
でも、それを隠して彼と付き合い続けるなんて、許されないことだわ……)
そのまま、もう余分な事を考えないよう、ベッドに潜り込んだ。
当然、なかなか寝付けなかったが……
「おはよう ! 待った ? 」
こぼれんばかりの笑顔で、美奈子が笑いかける。
一瞬、眩しい顔をするアキラ。
「ああ、おはよう。行こうか」
「あっ……うん」
スっと上条アキラは、改札を抜けていく。
「せっかちね、待ってよ」
美奈子が慌てて追いかける。
一緒に階段を上がる。
「ごめん……」
ペースを落として、やや美奈子を先行させ気味に並んだ
アキラは、美奈子を横目で見て、一瞬「ハッ」とした顔をし、
唇を噛んで俯いた。
先行する美奈子が気づくことはなかった。
急行列車でまずはS宿に向かう。
「アキラくん、元気ないけど、風邪でもひいた ? 」
「いや、大丈夫」
「そうぉ ? 顔色悪いよ」
「………………」
二人並んで座るが、話は弾まない。
美奈子が懸命に話しかけても、アキラの返答は
ひと言ふた言だ……
「手続き、終わったらどこ行こうか ?
わたし、S宿で行きたいお店が……」
「悪い、午後からまたバイトなんだ。僕はそのまま帰るよ。
美奈子は、行っておいで」
「そう……残念……」
やがて、美奈子も黙り込み、列車は進む。
(アキラくん、すごく機嫌悪いなぁ。バイトで疲れてるのね。
やっぱり、毎日夜勤なんてよくないわ。今日もだなんて……)
S宿で乗り換え、T田からは徒歩で大学に向かう。
緩い坂を上って行けば、周囲は学生向けの飲食店や服飾店などが立ち並ぶ。
昭和風町並みだが、ラーメン店などは新しい。入れ替わりが激しいようだ。
美奈子は、あれは何、ここは美味しそうなどと楽し気に
語るが、アキラは生返事ばかりだ。
やがて、古書店なども目立ってきて、大学が近づく。
「さあ、学生事務所まで競争よ ! 」
美奈子は、大学入り口が近づくと、明るく元気よく以前のLIMEでの話を持ち掛ける。
「怠いし、しなくていいんじゃないか。美奈子には敵わないし」
「えっ…………そっ、そう……」
美奈子はあからさまにがっかりする。
ここで元気を出してもらいたいと考えていたのだ。
しかたなく、ゆっくり歩いて事務所に向かい、手続きは
粛々と完了した。
「これで、わたしたちも、四月からは、晴れてここの学生になれるのね ! 」
「あぁ……うん」
再び、T田駅に向かって歩く。
広めの交差点で、信号待ちとなったところで、美奈子は思い切って話しかけた。
「ねえ、アキラくん、今日はどうしちゃったの ? 元気ないよ」
「そうかな」
「そうよ……わたし、話したいことがあるんだけど……」
「ふぅん……まずは、そのキスマークの説明からかな ? 」
「えっ ? キ……ス……」
ハッと、美奈子は首筋に手をやる。
だが、それはまさに墓穴だった。
「思い当たる節があるみたいだな !」
「ち、ちが……これは違うの。変なこと言うから、びっくりして」
慌てて、手を下げる。
「今の今まで、勘違いだったらいいと思ってたけど……やっぱりそうだったんだ。
首の後ろ側につけられてるから、気づかないよなぁ……くそっ !
キスマークつけて現れた彼女と一緒にいて、元気が出るわけないだろ ! 」
「……知らない…何かの間違いよ……わからな…」
(ゆうべクルマの中で吸い付かれたのかも……)
「どうせ、キモ友とのカーセックスでついたんだろ」
「えっ……なに ? 」
さぁっと蒼ざめる美奈子。
(どうしてアキラくんが、それを……)
「だ・か・らっ ! 美奈が、僕とキモ友と二股かけていて、
ゆうべはカーセックスして、キスマークをつけたまま堂々と
現れたから、元気なんて出るはずないって言ってるんだよ ! 」
全く予想外の言葉に固まる美奈子
(どうしてアキラくんが知ってるの。どうしよう、どうしよう……)
美奈子は、すっかりパニックだ。
「…………………………」
「図星というわけだ」
「ち、違くて……あんまり突飛な話に驚いただけで……」
「じゃあ、もっと言おうか」
「お正月に、キモ友と初詣行ったんだろ。なんで ?
Tホテルの朝、本当はどこに行ってたんだ? 僕のネックレスはずして。
ずっとしてくれてるって言ったのに。あそこは、6階はキモ友の部屋しかないんだけど。
この土日は、葛城本家に本当にいたの?
ゆうべの帰りは、キモ友のクルマだったから、
本当は一緒にどこか行ってたんじゃないのかよ
それにしても、夜23時に帰ってきて、わざわざ家の近くでカーセックスはないよな。
名残惜し気に、最後はキスまでして別れてさ。
聞こえたよ「ゆうすけさん、大好き」って言葉も。
キモ友って「はまだゆうすけ」って名前だと後で気づいて愕然としたよ。
今日だって、ホントは登校日だから、学校行ってキモ友に会いたかったのを
我慢して来てるんだろ、僕は、いい面の皮だ !!!!」
アキラは、一気にまくしたてた……
「違う、違うのよ……」
フルフルと首を振る美奈子
(どうして、どうしてこうなるの……)
「何が違うんだ ! 僕はこの目で見たんだよ !
美奈の家の前で帰って来るのを待ってたんだ。
ついでに教えとくと、母が再婚することになってさ、
その相手が金持ちだから、色々心配しなくてよくなった……
バイトもやめられる。
それを美奈に話して、春休みや大学生活の楽しいことを
語りたかったんだ。
その目の前で、カーセックスしてた美奈を見た僕の気持ちがわかるか !!」
「しかもさ、何でよりにもよってキモ友なんだよ。
気は確かか ?
あんなハゲデブ」
「………ヒトを容姿で判断しないで」
「アハハ、やっぱり肩持つんだ。そーなんだ」
「そうじゃなくて、聞いて欲しいことが……
実は…………」
しかし、その瞬間、様々な想いが、頭を駆け巡り、口を閉ざす。
「何も言えないんだね」
「違うの……えっと……浜田先生とは……」
「いや、もういいよ。どうしてキモ友を好きになったのかは知らないし、知りたくもない。
僕が、美奈をあまりに放っておいたせいかもしれない。
でも、どうでもいい。
美奈が僕を裏切った。それが全て。
理由なんて、どうでもいいんだ。
ともかく、僕らの関係は終わりだ。別れよう」
「えっ ! 待って ! 」
そう言い捨てて、上条アキラは点滅し始めている
信号を、走り渡って行った。
その後を追う事もできず、美奈子は立ち尽くしていた。
痴話喧嘩するカップルに、興味深そうに立ち止まっていた
数人の学生たちがパラパラと動き始めても、美奈子は
呆然と立ったままでいた。
暫くして、ようやく動き出すと、くるりと反転し、大学方向に逆戻りする。
歩きながら、先ほど問い詰められ、事情を説明しようとして
できなくなった想いが再び頭を巡る。
頭がいいはずの美奈子なのに、いざ口に出そうとしてはじめて、
単に、生徒会室での二人の写真で脅迫されて従ったと言っても
説明がおかしいと気づいたのだ。
脅迫されて、すぐに素直にアキラに相談すればよかった。
そうして、対策を共に考えればよかったのだ。
そうしなかったのは、自分は葛城家という存在に守られていて、
いざとなればおじい様に相談すれば大丈夫とか、
万が一にも退学になっても、自分は転校も可能だろうなどと、
一旦自分を安全圏に置いた上で、
「アキラくんのこれまでの努力がめちゃめちゃになる」とか
「双子の弟妹の将来含め、上条家が」とか、心配したからだ。
何様だったんだろう。
彼の人生に家族に、勝手に忖度して、
自分は、上から目線で心配していたのだと思い至ったのだ。
アキラくんのために、自分が我慢すれば……という発想は傲慢だ。
これを説明すれば、頭の良いアキラくんにはすぐにわかってしまう。
わたしが、自己犠牲に酔い、相談しなかったのは、
自分を結局は見下していたんじゃないかと。
彼のプライドはズタズタになる。
その上、あのキスシーンを見られている以上、
そうしたことを考えて脅迫に従ったというストーリーにも矛盾が生じ、
つまるところ、浜田先生に多少なりとも絆されて馴れ合った証拠になる。
それはつまり浮気であり、二股ということと、何が違うのだろうか。
同じだ。
実際、結果的に当初拒んでいたキスもセックスも許し、あまつさえ中出しまで。
この身体は、もはや清純ではなく、すっかり汚されてしまっている。
それなのに、包み隠さず話して、許しを請うって……そんな願いをすること自体が
傲慢の表れに他ならない。
どうして許してくれるなんて夢想したんだろう。
こんな汚れた女、嫌に決まってる。
それなのに、許してくれるかもなんて考えること自体、自分を上位に置いて
見下しているからだ。汚れていても大切にしてくれると。
自分は、どこまでいっても世間知らずのお嬢さまだ。自分の都合の良いように
考え、それが通用すると思っていた……
許してもらえるはずはない。
フラれて、別れて当然だ……
いつしか美奈子は、大学の創設者の銅像を中心としたキャンバスのあたりにまで
戻っていた。
本当は、四月に新入生として、この風景を二人一緒に見たかった……
その約束されていた未来を握りつぶしたのは、自分の傲慢な考えと、
流され易いココロ。
( 昨夜は、「アキラくんを裏切れない」とか「ふしだらな関係は」
とか偉そうなこと考えて友介さんをフっておいて、今度はわたしがフラレちゃった。
とっくに、裏切って、ふしだらな関係も受け入れていたんだから、当然よ……
ごめんね、友介さん…………
アキラくんも……お母さんの再婚で、アルバイトや奨学金を頑張らなくてもよくなったのね、
……「彼の将来のために」とか何だったんだろう……そんな傲慢なこと考えずに
素直に相談してたら、また違う道もあったのかなぁ……)
涙を流しながら、美奈子は冬空の澄み渡った青空と、そこにそびえる大学講堂を
見上げていた……
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中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
男が少ない世界に転生して
美鈴
ファンタジー
※よりよいものにする為に改稿する事にしました!どうかお付き合い下さいますと幸いです!
旧稿版も一応残しておきますがあのままいくと当初のプロットよりも大幅におかしくなりましたのですいませんが宜しくお願いします!
交通事故に合い意識がどんどん遠くなっていく1人の男性。次に意識が戻った時は病院?前世の一部の記憶はあるが自分に関する事は全て忘れた男が転生したのは男女比が異なる世界。彼はどの様にこの世界で生きていくのだろうか?それはまだ誰も知らないお話。
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