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2章.授業を荒らして停学処分を受けた私は……

4.一か八かの荒療治をします。

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「………」

 どうする?

 咳き込んではいるが意識がない。その咳すら、過呼吸に切り替わりつつある。

 彼女の容体は一刻を争う相当危険な状態だ、

 取り敢えず、急いで薬慈院に連れて行くか。……いや、今動かすのは危ないし誰かをここに連れて来る方が確実か。……って、近くの人が居る街まではかなり時間がかかる。なにより、ここには薬も設備も揃っていない。やっぱり多少無理しても薬慈院に……

「(パンッ!)」

 …馬鹿か、私は。
 
 薬慈院で何を見てきた?あいつらにまともな治療か出来る訳ないだろ。

 薬慈院にも大した薬や設備はない。薬は言わずもがな。設備もそのほとんどが手入れ不足で使い物にならん。

 そもそも、治療費や入院費はどうする?彼女にそんな財力が有れば、こんなボロ屋に居ないだろう。連中なら相当な額をふっかけて来るのは目に見えている。そうなると、例え運良く助かっても多額の負債を背負って生きる事になる。

 薬慈院に連れて行った所で、そこに彼女の未来はない。

 そもそも、出禁を食らった私のために奴らが動くなんてあり得ない。

 腹括れ。わかってんだろ?ここで私が治療して助けるしか、彼女の助かる道はないんだよ!アレク・アルバート!!

「(ガチャガチャガチャッ)」

 カバンから道具を取り出し、早速診察と検査を始める。

 後悔するのも、謝罪するのも、彼女が何故ここにいるのかを考えるのも後回しだ。

 今はとにかく、彼女を治す事に専念する。

 恐らく、これはカビによるアレルギーと考えられる。

 確かに、小屋の中の手入れは十分に行き届いている。だが、いくら表面を手入れしても、このボロ屋にはカビが根深く住み着いている。そいつらが胞子をばら撒いているのだろう。

 恐らく、ここらがゴーストタウン化したのも、このカビ達が原因だと思われる。数度吸って感じたが、これは相当タチの悪い奴だ。

 そもそもこの世界では、まだ微生物の認知が甘い。世間では、なんらかの呪いとして認識されているのだろう。

 しかも……

「……やっぱり、喘息だけじゃないよな。」

 カビの他にも、様々な菌による敗血症を合併している様だ。手足の化膿が酷いな。いっそ切断……いや、ここまで侵食していたらもう遅い。

 恐らく骨まで達しているだろう。もしかしたら内臓も………

 正直、生きているのが不思議でならないくらいだ。

 そもそも、手足なんて切り落とした後、彼女の生活はどうなる。

 彼女は家族の話を避けていた。恐らく、頼れる身寄りが居ないのだろう。

 彼女を治すのなら、五体満足な状態に治さなければ意味がない。でなければ、ただただ苦しめるだけだ。

 その時は、私の手で…………いや、今は全力で治す事に集中すべきか。

 手始めに……

「プヨ」
《はい》
「この屋内に蔓延るカビを全て喰うのに、どれだけ掛かる?」

 気休めかもしれないが、まず外的要因を徹底的に排除する。

《汚染度にもよりますが、半日はかかるかと。》
「半日……か。」

 やはり、ウチに運び込むか?………駄目だ。今、下手に動かすのは危険だ。

「じゃあ、彼女のベッドを中心にした一定範囲内だけならどうだ?」
《半径5メートルなら、5分も有れば充分かと》
「3メートルで良い。1分で済ませろ。無菌室展開も並列してくれ。」
《了解しました。》

 こうなったら、抗菌薬を定期的に投与して対処療法でじっくり治すしかない。

 しばらく食事が取れてなかったなら、栄養が足りてないのは目に見えている。点滴が必要だ。

 大分寝込んでた割には代謝した様子が見られない。透析も必要だ。

 敗血症になったなら、輸血だって必要だ。

 しかし、抗菌薬も点滴も輸血パックも、透析する設備もここには無い。何処かから調達する時間も無い。だったら……

「……一か八かだ!!」

 有り合わせで、点滴と輸血と抗菌剤投与と透析を並列して行うしか無い!この身を以て!!

「(チャキッ……ピッ)」

 まず、ナイフで指を軽く切って私の血を彼女の腕へ垂らす。

「(ツゥーッ)」

 簡単なパッチテストだ。私の免疫・血清にどの程度までなら耐え得るか。

「(ポトッ)」
「(ジュウゥゥゥ)」

 ダメだ、強すぎる。もっと弱めて……

「(ポトッ)」
「………(シーン)」

 今度は弱すぎる。ほんの少しだけ強めて……

「(ポトッ)」
「……(ジュクジュク……シュウゥッ)」

 よし、このくらいだな。あとは、時間経過で失効する様に……

「エ゛ホッ…ゲホッゲホッ……」

 してる時間はないな。…仕方ない。

「(プスッ)」

 1週間くらいで失効する様にして、後は必要に応じて投与するしかない。

 術式に影響を及ばさない様に、チューブ付きの輸血用針を左上腕の血管に繋ぐ。そして、もう一方を比較的組織の壊死が少ない彼女の大腿静脈に繋ぐ。

「(プスッ)……輸血開始だ。」

 輸血と同時に、私の持つ免疫血清を送り込む。

 本来なら血液の凝固だとか、感染症だとか色々と心配があるかもしれないが、何故か私の場合はそういった問題が起こらない。少なくとも、この方法は毒に侵された森の動物達で既に実証済みだ。

 人間相手にやるのは初めてだが……今は他に取れる方法が思いつかない。

 ましてや、故郷の森において私の血はたった一滴で致死量と成り得た猛毒でもある。故郷の森で私を食らおうと不意に襲いかかって来た酔狂な獣達を幾度弔ったことか……

 私自身、感覚的に一応の調整は可能だが、少しでも調整を間違えれば彼女も無事では済まない。なにより、輸血をしながら治療する医者なんて前代未聞だ。

 医学全史をじっくり探せば、もしかしたらあるのかもしれないが、どちらにせよ安全性を保証出来る方法ではない。

 そして、一番の問題は、現時点で彼女にそれらの治療に耐え得る体力が残っているかどうかだ。そこばかりは彼女の生命力に賭けるしかない。

 我ながら、めちゃくちゃな方法だって事は百も承知だ。

 だけど……

「やらない理由にはならない……よな?」

 どっちにしろ死に至るなら、やるだけの事をやるしかない。

 例え、原理が不明な治療法でも、やらないよりはずっと意味があるはずだ。

 世間でよく知られる麻酔も、どうして効くのか分からずに150年間使われ続けたぐらいだし、これもそのうち解明出来る筈だ。

 それまでは、今回の様な緊急時に限って行う荒療治として受け入れるしかないだろう。

 重篤な副作用が出る前に、なんとか解明したい所だ。

 そんな事を考えつつ、次の処置点滴に取り掛かる。


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