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6-1.長い一日①

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「……おい?いい加減話す気になったか?」
「………」
「ダンマリかよ。おい、あれ持ってこい。」
「いや…これ以上は……」
「うるせえ!さっさと持って来い!!」
「は…はい!!」


「(ガバッ)あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!っ…はぁっ…はぁっ…はぁっ……はぁ…はぁ…………」

 ここは山小屋。あいつらは居ない。

「(くしゃっ)……………」

 前世の記憶というのは、成長と共に薄れていったり、ある日を境に思い出せなくなるものらしい。


 一体、私はいつ忘れられるのだろうか。



「(ガチャッ)今日も行って来るよ。」
“「(プルンッ)」"

 日課を終えた私は小屋を出た。

ー数時間後

「……さて」

 ここは廃村。

 初めてこの壁を見た時、乗り越えるのも回り込むのも無理だと理解した。恐らく近くに出入り口があるのだろうけど、子供のわたしが通ろうとしたら、多分通して貰えないし、色々面倒な事になりかねない。

「(ガチャッ)」

 だから、この亀裂を見つけなければ、こうして毎日通う事もなかっただろう。

「……(スルスル)」

 その亀裂は、子供がギリギリ通れるくらいの大きさだった。

「(ヒョコッ)」

 周囲に人は……

「(キョロキョロ)……よし。」

 居ないな。

「(ガサガサガサ……)」

 今日も、うまく潜入出来た。

「(シュタッ!…タッタッタッタッ)」

 そうしていつも通りに壁を越え、茂みを抜けて町へ向かった。




《(ガヤガヤガヤガヤガヤガヤガヤ)》

 町は今日も賑わっている。早速情報収集を始めよう。

「………」

 しかし、相変わらず、声は出せない。だから、筆談とジェスチャーで何とかしたい所だが、ここの人々の識字率はあまり高く無い。
 簡単なコミュニケーションくらいしか出来ないから、人探しなんてもっての他だろう。

 だから、こうして1ヶ月前から人の町に紛れ込み、通りをすれ違う人達や、路地裏での話に聞き耳を立てながら情報を集めている。

 多分これ、犯罪なんだろうな。少なくとも、やってる事は盗み聞きだからあまり好ましくはない筈だ。

 この国の法律はよく知らないし、どんな刑罰になるか想像もつかない。…まぁ、そんときは潔く捕まるつもりだけどさ。

「……さて」

 こんな方法だが、案外色々な情報が得られている。

 まず、この地域の統治体制。

 『バンデンクラット家』を頂点にした中央集権体制みたいだ。だから、中世のヨーロッパと同じ感じかと思ったが、少し違うみたいだ。

 次に公式言語。

 聞いての通り、日本語が公用語として使われている様だ。聞いた感じ、特に訛りがある様子もない。

 そしてこの国の風習、生活様式。

 住居や服装は、中世ヨーロッパの田舎町を思わせる様なデザインだ。

 食事は基本的に、パンと芋を主食にしているみたいだ。

 そして……日常的に肉を食している様だ。肉を。

 その肉は、一体何処から供給しているのだろうか。

 とても美味そうだ。

 だが、これ以上長居する訳にはいかないな。

 そろそろ帰ろう。



 結果は上々……と言いたい所だが、肝心のあの人の情報が全然出てこない。

 この方法の欠点は、自分が欲しい情報がピンポイントで得られない事だ。何とも歯痒い。

「(スッ)……」

 せめて、この薬を売る事が出来れば肉だけでも手に入るんだが………いや、通貨は流通している様だが、場合によっては物々交換も可能らしい。

 前世と違って、現金がない事はさほど問題ではない。

 問題は信頼だ。

 例え私の体で実演したとしても、こんなローブを着た怪しい子供の薬を買う大人がいるとは思えない。

 何より、コミュニケーション手段が全然開拓できていない。

 まともに会話すら出来ないのだから、それでは信用もへったくれもないだろう。

 あの人の情報を掴むのは、一筋縄ではいかないな。

 ……まぁ、情報が出るまで待つだけだけど。

「(スタスタスタ)……そろそろか?」

 そんな事を考えながら帰り道を歩いていると……

「待てよ、魔物。」

 後ろから声をかけられた。

 ……またこいつらか。絡んで来るようになってかれこれ1ヶ月になるけど、他にやることないのかな?

「待てよ、魔物。」
「……」

 無視して歩いて行く。

「待てって言ってんだろうが(ドンッ)」
「(ゴスッ)っ…………(ドサッ)」

 その内の一人から蹴りを背中に喰らって倒れる。

 そして、3人の青年達は行く先を遮るように並ぶ。

「(ガッ)無視すんな、魔物。」
「(ガスッ)生意気なんだよ。魔物の癖に。」
「(ゲシッ)調子に乗んなよ?魔物風情が。」

 こんな風に、無視すると暴力で進行を妨害してくる。

 かと言って返答は出来ない。こいつらは、全くと言って良いほど文字が読めないからだ。

 町の人達は、値札や看板が読める程度には識字をしている。だが、こいつらは単語すら怪しい。

 だから、この年で文字が書けるわたしが癪に障る様だ。筆談をしようとすると、さらにキレ散らかす。

 つまり、声を掛けられた時点で暴行されるのは決定事項。

 ならば、出来る事は一つ。

 舌をかまない様に歯を食いしばって、ただ終わるのを待つ。

 ただ、それだけだ。

「(ゲシッ)これは分からせる必要があるな。」
「(ガツッ)自分の立場と」
「(ガシガシッ)俺たちが何者かをな!」

 正直、こいつらが何者だろうと知った事ではない。わたしにとっては、暇してるチンピラといったところか。

 そうして、今日も蹴る・踏みつけるなどの暴力に加え、罵詈雑言を浴びせてくる。1ヶ月間も続くと、一通りのパターンは分かってくる。

 ワンパターンなんだよな。1ヶ月間も同じやりとりしてて飽きないのか?

 それにしても……魔物か。言いえて妙かもしれないな。

 こいつらも、比喩として言っているのかもしれないが、こんなに傷だらけな上に包帯ぐるぐる巻きで、おまけに無人のエリアがある壁の方角から来て町中をウロウロしている所を見れば、誰でも不審に思う。リンチにされても、仕方がないだろう。

「何度も言わせんなよ(ガツッ)」
「っ……」

 抵抗はしない。抵抗すれば『やはり魔物だったんだ』と判断されて人々からの信頼が得られなくなる。

 争うのはハイリスクでローリターン。別に死ぬわけじゃあるまいし、あの拷問に比べれば痒いくらいだ。

 だから、抵抗はしない。逃げもしない。

「さっさと森に帰れ(ガッ)」
「……」

 そうして今日も彼らの気が済むまで待つ。

 後で傷薬の効き目を調べるのに丁度いいな。

「なんか言えよ(ゴスッゴツッバキッ)」
「……」

 例え、叫ぶ事が出来たとして……何か変わるのだろうか?

 こんな自分には助ける価値も、助ける意味もない。

 だから、私を助ける人もいないだろう。

 叫んでも喉を痛めて虚しくなるだけだ。

 ……あの時の様に。

「聞いてんのか!!(ガッガッガッ)」

 だから、今日もひたすら耐えるだけだ。

 どうせこの世界にも、私の味方なんて……

「お前ら、何してんの?」


 聞き覚えのある声がその場に響いた。
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