そこに愛なんかない!

豆ちよこ

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後日譚

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 素敵な夜をありがとう
 また会えると信じているよ
 いつでも連絡しておいで
          園村瑛士様 
            Keisuke.H


 くしゃくしゃと丸めて捨てた紙屑の事など、俺はすっかり忘れた。その表に記された大層ご立派そうな社名も肩書きの事も。まるで無かったかのように記憶から抹消してやった。





 あの日特大遅刻をして会社に行った俺を待っていたのは、獲物を捉えた猛獣のような顔をした上司と、まるで処刑場に送られる罪人を見るような同僚達の憐れみの視線だった。
 
「おいおい園村く~ん。今何時だと思ってるんだ?いつからきみは重役出勤する程偉くなったのかなぁ? あ?」

「す、すみません! 今朝、お、起きたら具合が悪くて、……」

「はあぁあ? 具合が悪いだ? …お前、そんな事で会社を休めるとでも思ってんのか? ああ?」

「ぃや、あ、の…、その……」

「うちはフレックスなんかねぇんだよっ!遅れて来た分、きっ、ちり働いてもらうからなっ!分かったか、このグズっ!! 分かったらさっさと働けよっ! 給料泥棒がっ!!」

「は、はいっ! すみませんでしたっ!」

 逃げるようにデスクに向かった。

 具合が悪くても休めない会社ってなんだよ。じゃあ何だったら休めんの?大体有給だって、5年居てまだ3日も取らせて貰えてない。俺の有給何処よ?
 言いたい事は山程あるが、全部飲み込んで席に着いた。

「ぅ、いっ、てぇ……」

 椅子に座ろうと腰を降ろした途端、ズキッと酷使した非ぬ場所が悲鳴を上げた。
 
 ドッグスタイルで散々後ろから突かれた。それでも飽き足らず、腕に絡み付いてたシャツを外しひっくり返されて、正常位でもヤラれた。

 『ほらここ。 きみのイイところだよ』
 『あっ、ああ、やだぁ、…んぁ、あんっ、あ、あ…、ゃんっ、』

 前立腺を何度も擦られ女みたいに喘いだ。
 最後は自分でも何を言ってるのか分からなくなり、浸すら『気持ちいい』『イッちゃう』『ダメ』と、思い出すのも恥ずかしいくらい声を上げていた。

「くそ。 …もう、やだ」

「園村? お前大丈夫か?顔が赤いぞ」

 隣から同期入社で4つ年上の遠藤さんが心配そうに声を掛けてくる。昨夜の痴態を思い返していたとは言えず「風邪気味なんだ」と嘘をついた。

「酷い声だな…。 ま、あんまり無理はするなよ。 こっちが終わったら手伝うから、遠慮なく言ってくれ」

「うん…。 ありがとう、遠藤さん」

 こいつ本当にお人好しだな。俺の仕事を手伝ったりしたのがバレたら、あんたの方がもっとヤバい事になるっていうのに。
 以前、遠藤さんは新人の仕事を手伝った事を上司に見付かり、『随分余裕だな遠藤。ならお前にはもっと仕事を振ってやるよ』と、人の何倍もの仕事を押し付けられていた。
 あの一件以来、このフロアじゃ他人の仕事は手伝わないのが暗黙のルールになった。
 
「でも大丈夫だよ。また厄介な事になるし。気持ちだけ、有難く頂いときます」
「……本当に大丈夫か?」

「はい。 ほら遠藤さん。奴らに見付かるから、遠藤さんも自分の仕事を片付けなよ」

 あの時の新人がどうなったか忘れたのか?毎日毎日、同僚に仕事を押し付けた無能呼ばわりされて、2か月後鬱病になって辞めていっただろ。
 あんな事に俺を巻き込むな。ただでさえショックな事が起きたばかりなんだ。これ以上厄介事はゴメンだ。


 結局深夜になってもノルマは終わらず、会社にそのまま泊り込む事になった挙げ句、翌日も上司は嫌味ったらしく『ここはお前んちじゃねぇんだよ。そんなに遅刻が怖いなら会社の前でテントでも張ってろ!この無能!』と宣った。悔しいが言い返せば更に倍になって返って来るのがわかっているから、グッと堪えてその日もやり過ごした。

 3日振りに自宅へ帰ったが、やはり具合が悪かったのは本当で、帰るなりバタリと気を失うように倒れてしまった。そして翌日熱を出し、その旨を会社に連絡すると『あ、そう。 じゃ、お前クビね。もう明日から来なくていいぞ』と、呆気なく首を切られた。

 何言ってんだ?と思ったが、熱でどうでも良くなりそのまま2日間バックレて、3日後恐る恐る出社したら……。





「ーーーは? どうなってんの?」

 社員通用口に貼られた貼り紙で、俺は自分の会社が倒産したのを知ったのだ。

 こんな事ある?

 悪い夢かと急いで同僚の遠藤さんに連絡すると、『あ、園村。もう風邪は大丈夫か? え? 会社? そうなんだよ~。昨日急に言われて大変だったんだ。これからハローワークに行くんだけど、園村も来るか?』
 
 本当らしい。

 ハロワに誘う遠藤さんには断って、俺はぼんやりと『倒産』の文字の書かれた貼り紙を眺めていた。
 高卒で入って5年。毎日糞みたいな上司に罵倒され、嫌味を言われ、我慢に我慢を重ねて耐えながらも勤めた。有給だって消化しきれない程残っているのに。

「……てか。給料は? え、待って? まさか退職金も無い、とか? ーーー嘘だろ」

 どうすんだよ、この先!? 貯金なんてそんなに無いぞ!?

「ヤ、ヤバい…。 アパート追い出されたらどうしよう………」

 やっぱり俺もハロワに行く。そう遠藤さんに折り返し連絡した。








「園村瑛士、23歳です! 宜しくお願いします!」

 あの突然の倒産からひと月後。
 俺は新しい会社に運良く入社出来た。捨てる神ありゃ拾う神ありとはよく言ったもんだ。こんなに早く決まるとは思ってもいなかった。しかもこんな天国の様な職場ーーー


「わぁ、可愛い。よろしくねぇ、瑛士くん」
「分からない事は何でも聞くのよ。お姉さん達が教えてあげるから」
「あらぁ、やっぱり若い子は肌が綺麗ねぇ。羨ましいわぁ」
「化粧映えしそうな顔よねぇ。ちょっとこっちにいらっしゃい」

 うわぁ……。見事に女性ばっかりだぁ。
 いい匂いがする。

 新しい会社は女性用のコスメメーカーだ。丸っきり女性ばかりな訳じゃないが男性社員はほんの一握りしかおらず、それも重役ばかりで殆ど顔を合わせる機会はない。
 確か面接の時に一人オッサンが居たが、どうやら人事部らしくあの日以来見掛けない。俺の配属先にはバイトの男子学生が一人いるだけで、他は皆さん綺麗なお姉様方ばかりだ。

 株式会社 ハスミ。女性用のプチプラコスメ『ハスミック』は、女子中高生を中心に今巷で話題のコスメブランドなのだとか。学生のお小遣いでも買える価格帯と、多種多様なアイテムの数々。そのどれもがバリエーションに富んだ豊富なカラー展開で、人気に拍車をかけている。更に販売経路も多岐に渡り、全国各地のドラッグストアやファンシーショップ等、消費者が何処にいても手に入れやすい売り場環境。ネット通販も手掛けていると聞くから、この会社の経営陣は相当やり手なのだろう。そして昨年、大手コンビニと提携した事で爆発的にその売上を伸ばした。まさに今、急成長真っ只中の超優良企業ってとこだ。

 こんな会社によく再就職できたもんだ。自分でもビックリだ。正直言えば化粧品なんかには一ミリの興味もない。それも高卒だ。
 だいたい前職はしがないSEだった。毎日上司からせっつかれ英数字ばっかり眺めてはキーボードを叩く日々。目の下には隈がデフォだったし、肩凝り腰痛胃痛持ちで、たまのストレス発散はオヤジ狩り。
 俺のいいとこなんて若いってだけだ。何しろ高卒だしな。5年も社会人経験はあるがまだピチピチの23歳。学は無いが顔にはちょっと自信があるぞ。女受けは良くないけどオッサンにはモテるんだ。それにその、…ひ、非処女だし。どこぞの社長だとかいうオッサンが、一晩中夢中になった尻だって持っている。……あ、嫌な事思い出しちまった。

「あ、そうそう園村くん」
「はい、何でしょう」
 
 俺の配属先は商品開発企画室。そこのチーフの佐藤さんが今、社内を案内してくれている。
 自社ビルだという社屋は8階建ての小洒落た内装で、7階のビュッフェスタイルの社員食堂の案内を終えた時、思い出した様に忠告してきた。

「これから社長室に向かうんだけど」
「へ? 社長室?ですか」
 
 一介の新人社員が社長に会えんの?スゴくね?どんだけアットホームよ?

「うちの社長、可愛い男の子好きだから、気をつけてね」
「は? はぁ…」

 うわぁ…。やだぁ…。ホモの社長とかマジ無理なんですけど。

「園村くんなんか、すぐにペロッと食べられちゃうから」
「あー…、ははは」

 流石にもう経験済だとは言えず愛想笑いで誤魔化したが、その時の俺の脳内は記憶の抽斗をフルマッハで探し回っていた。

 あの時捨てたあの名刺…。あれ、なんて書いてあったっけ? 確か、素敵な夜を何とか…、ってそっちじゃない! 表だ、おもて! 代表取締役社長って書いてあったあの真下。ムカついてすぐに握り潰したから禄に名前なんて見てなかった。やたらと小洒落たデザインの名刺で。そこに記された社長の肩書と、えー、と、なんて書いてあったっけ?いや、それより…、俺の想像が間違っている事を祈りたいっ!

 後ろで焦りまくる俺を引き連れ、佐藤さんは8階へと上がり廊下を奥へと進んで行く。
 他の階とは空気が違う。どことなくオッサン臭い。いや、実際そのフロアには他の階では遭わなかった男性社員の姿が目立つ。

「あの、佐藤さん。 このフロアって、男性社員の方が多くないですか?」
「ん? そうよ。 ここはメンズフロアだからね。男性が8割ってとこかしら」

 メンズフロア? じゃああの何時ぞやのエロオヤジの言ってた『女性に囲まれてる』ってのには当て嵌まらないよな? な、なんだ良かった。やっぱり取り越し苦労だった。そりゃそうだよ。幾ら何でもそんな偶然ある訳無いだろ。安心しろ瑛士。お前の尻はもう誰にも侵略させないからな。

 
「ここよ、園村くん」

 重厚なダークブラウンの扉には、金のプレートに黒字で『社員室』と彫られている。ノックをして「失礼します」と佐藤さんが入室する。その後に着いて俺もそのドアを潜った。

「社長。新しく企画室に入った園村瑛士です」
「園村です。採用頂きありがとうございます。宜しくお願いします」

 以前勤めてた会社でも社長室なんて入った事もなかったせいか、普段そんなに緊張するようなタイプでもないのに、場の空気に呑まれたせいかカチコチになってしまった。顔も見ずに頭を下げた。


「ああ、よく来たね」


 ふかふかの絨毯が敷き詰められた床。中央に並ぶ高そうな革張りのソファの前には、ドアと同じダークブラウンのローテーブル。正面には一面の嵌め込み窓。その前に置かれた大きなデスク。右側に秘書らしき人物を添えて、その人はゆったりと椅子に座り、腹の前で手を組んでこちらを見ていた。

 
「ちっとも連絡くれないから、待ち草臥れちゃったよ。 でも…」


 嘘だ…。絶対嘘だろ?

 
「また会えると信じていたよ?」


 誰か嘘だと言ってくれよ!

 
「その節は、素敵な夜をありがとう。  園村瑛士くん」


 あの夜俺の尻にご執心だったエロオヤジが、にこにことしながら俺を見ていた。

 


 

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