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1章

カーテン越しの告白

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 コホン…と先生の咳払いで、向こう側は静かになった。俺はつい口が滑ってしまった事を反省しつつ、先生に続きの説明を始める。

「えぇ…、と、そんな訳だから、一人の学校生活も楽だったよ、て事です」
「そうね。学斗くんはよく、教室の中であった出来事を聞かせてくれたよね。最近だと、お菓子の自販機の話を楽しそうに聞かせてくれた。後アレね、廊下のかくれんぼだっけ?そのお話は、本当に楽しそうだったね」

 毎日のお昼休み、松本先生と過ごす保健室は、俺の唯一のお喋りタイムだ。ここで先生と、他愛もない話をするのが凄く楽しかった。話相手がいる喜びを教えてくれたのは松本先生だ。
 本来の俺は多分、とってもお喋りなんだと思う。頭の中に現れる小さい俺達が何時も騒がしいのは、話したい事が沢山あるからなんだ。

「そうなんだ。どっちも楽しかったんだ。お菓子の自販機は葛西や里中くん達に、使い方を教えてもらえたのが嬉しかったし、廊下のかくれんぼはね、何だか分からないのに、お腹の中を擽られてるみたいで可笑しくて面白かった」

 多分野島くんは、あんな風に俺が皆と楽しく関われる事を期待して、葛西にその…、俺が葛西を見てる事を教えたんだよね。葛西は人付き合いの達人ぽいし、物怖じしないから俺にも遠慮せず話し掛けると思って。
 野島くんの目論見は成功した。葛西は本当に俺に話し掛けてくれた。ビックリ箱を開いて見せてきた。
 静かな俺の学校生活はあの日から少しづつ変わって、どんどん賑やかになっていく。心に波風が立つ日が多くて疲れるけど、その分楽しいと感じる事も増えた訳で……。

「ねぇ学斗くん。君は本当に、一人で過ごす学校を楽しんでた? 本当に、誰とも関わらないままでよかったと思う?」

 ううん、先生。俺は皆で笑い合う楽しさを思い出しちゃったんだ。多分もう、ただ誰かと誰かの会話を、こっそり聞いてるだけじゃ満足はしないと思うよ。もしかしたら、それまで楽しいと思っていた全部が、つまんない事に変わってしまうかも知れない。

「先生は、友達って何だと思う?」
「ええ? 友達が何かって、……難しい事を聞くのね」

「てっちゃんは、友達は助け合う仲間だって言ってたよ。多少の事は許し合って、困った時には支え合う。それが友達だ、って。そんな友達を沢山作って、俺がまた、学校を怖い場所にしないように、仲間を増やせとも言ってた。仲間は多い方が心強いんだって」
「そうね、先生も山本くんと同じ意見だな。学斗くんには、支え合える友達が必要だと思う」
 
 うん、俺もそう思うよ。そうなれたらいいと思う。
 だけど……

「じゃあ……、好きな人が友達になってくれたら、どうしたらいい? 恋をしてる相手が友達になったら、その恋は捨てなきゃダメ?」
「それは………」

「今日、同じクラスの下山くんに、友達でしょって言われたんだ。その時はとっても嬉しかっただけなのに、前に同じ事を葛西に言われた時は、………ビックリした」
「学斗くん」

 先生はチラリとカーテンを見た。その向こう側には葛西がいる。姿は隠れて見えないけど、俺の声は絶対に聞こえてるから、多分これから話す事を、本人に聞かれてもいいのかと気にしてくれてる。
 俺は先生に向かって一つ頷いた。
 いいんだ先生。これは、ちゃんと伝えないと駄目な気持ちだから、葛西にしっかり聞いて欲しい。

「それは、どうして?」

 俺の意図を汲んでくれた先生は、続きをどうぞと聞き返してくれた。
 ありがとう先生。
 多分後でいっぱい泣くと思うから、先に謝っておくね。
 面倒だったらごめんなさい。
 俺は一つ頷いて、あの時からずっと、心の声に逆らってきた話しを始める。

「心の声がね、……違うよって言うんだ。葛西は友達じゃないよ、友達にはなれないよって、……泣くんだ」

 目指す場所は葛西の友達。恋はお休みにしよう。そう決めてからずっと、俺の中の恋する小さい俺が、それじゃダメだって言ってくる。

「友達だって言われて嬉しいのに、そうなりたいって思うのに、俺の中にいるもう一人の俺は、それは無理だって言う」

 どうしてだろうと考えて、恋する気持ちが邪魔をしてるからだって気付いた。
 だって、友達には恋はしない。どうしょうもないくらいドキドキもしない。
 見てるだけで顔が赤くなったり、声を聞けたら嬉しくて、笑い掛けられると天にも昇るほど幸せな気持ちになる。
 葛西がカッコいいのはずっと変わらないし、好きな気持ちはどんどん大きくなるばっかりだ。
 そんな相手とどうしたら友達になれるのか、俺には正解が分からない。

「俺はそれでも、頑張って友達になろうとしたんだ。な…、仲良く、なりたくて……。でも、全然ダメで……、ぜ、全然、上手く出来なくて……、怒らせちゃった」

 てっちゃんが居るから、友達なんて必要ないと思ってた。
 何時か背中を向けられて去ってしまうなら、最初から欲しがらなければいいんだ。
 それでも一人、また一人と、どんどん話し相手が増えてくと、小さな希望が大きな期待に変わってく。
 恋も、同じだ。
 最初は見てるだけで満足だった。
 名前を知っただけで浮かれた過去の俺は何処かへ消えて、話し掛けられたり誂われたりする内に、分不相応な欲張りに変身した。
 もっと仲良くなりたい、友達よりもっと特別になりたい、嫌われたくない、ちょっとでいいから俺の事も、………好きになって欲しい。
 神様はお怒りだ。バッカもーん!と大きな雷を俺に落とした。

「葛西と出会えたのは、神様のご褒美だから、欲張ったりしなければ良かったんだ。心の声は正しかった。俺は葛西と友達にはなれない。仲良くするのも難しい。だって俺は……、俺は、葛西がす、すす…」

「あ、ああぁぁーーっ!!先生ーっ!!」

 突然カーテンの向こうから、野島くんが大声で叫んで先生を呼ぶ。
 び………、びっくりした……。

「な、なぁに野島くん!」
「俺…っ、と、トイレ行きたい!腹が痛くて漏れそうですっ!」

 そ、そんなに切羽詰まってたの!? それはすまなかった、早く行った方がいいよ。
 
「あ、あら大変!そ、それじゃ私も、ついでだから、ちょっと職員室まで行って来ようかな!」
「え…? ちょ、ちょっと先生?」

 ガタッと椅子から立ち上がった先生は、何をそんなに慌ててるのかキョロキョロと狭いカーテンの中を見渡した後、ジッと俺の顔を見てうんと一つ大きく頷く。
 え…? な、何?

「野島くんは急いでトイレに!葛西くんは、ここに居てください!」

 先生はちょっと大き目な声でそう宣言すると、パタパタと忙しそうに歩き出してカーテンを開けドアを開けた。それからまた「15分で戻ります!」と宣言をして、野島くんの背中を押しながらドアを潜ると保健室から消えてしまった。
 残ったのはベッドに寝かされたままの俺と、何やら不機嫌顔で突っ立っている葛西。
 あ、あれぇ……?
 これって、何だか身に覚えがあるぞ? 似たような事が、確か少し前にもあったような。

「…………………」
「…………………」

 こ、これは不味い。俺はもうかなり頑張った。あと一言、ポロッと言っちゃえば終わりだったのに、仕切り直されたら困るんだけどっ!? 
 なけなしの勇気がしおしおと萎む気配に、俺は赤くなったらいいのか青くなったらいいのか、分からなくなった。
 
 

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