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1章

友達じゃないよ

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「一歩間違えたら、大怪我をさせていたのよ!」

 遠くでお母さんが怒ってる声がする。
 変だなぁ。お母さんはあんなに大声で怒ったりしないのに。

「はい…。すみません」

 今度は誰だろう。聞いた事あるんだけど、……誰だっけ? 何だか泣いてるみたいだ。どうした、元気を出せよ。

「俺のせいです。本当にすみません」

 あ、これは葛西だ。凄くしょんぼりした声だな。どうしたの? 俺は何時もの楽しそうな葛西がいいよ?

「はぁ……。とにかくあなた達二人は、彼が起きたらきちんと謝りなさい。それから永田先生に出された反省文は期限までに提出する事!分かったわね」

「「……はい」」

 あ…、そうか。ここは保健室だ。
 お母さんの声だと思ったのは松本先生で、泣き声混じりは野島くんか。通りで葛西の声もしょんぼりしてるはずだ。二人して先生に怒られてるんだな。
 ……俺のせいで。

「………先生、怒らないで」

「学斗くん?」

 カーテンの中から声を掛けると、松本先生だけが入って来た。「あなた達はそこに居なさい」と、二人を置いてカーテンを閉めた。

「気分はどう? 吐き気や頭痛はない?」
「うん…。大丈夫だよ」

 起き上がろうとすると止められた。迎えが来るまで横になってるように言われて、大人しく枕に頭を置く。左側面に鉢巻型のアイスノンが当てられてるから、右側しか向けない。松本先生はその右側に椅子を置いて座った。

「念の為、病院で検査をするように手紙を書いたから、必ず保護者に渡すのよ? いいわね」
「はい。───でも先生、これは事故だよ。だから」

 二人を怒らないでとお願いしようとした俺に、松本先生は首を振る。

「事故だろうと何だろうと、怪我をしたのは貴方なの。良い悪いは別として、罰を受けるのは当たり前です。当然、学斗くんにも非は有ります。……どうして喧嘩の仲裁なんて、危ない事をしたの」
「………ごめんなさい」

 でも先生、俺は喧嘩の仲裁をしようとしたんじゃないんだ。里中くんには頼まれたけど、止められるとは思ってなかった。結果的に喧嘩は止まったけど、俺はただ、葛西に怪我をして欲しくなかった。何時も仲良しの二人が、歪み合うのを見てるのも嫌だったんだ。
 
「喧嘩の原因は俺なんだ。俺が葛西を怒らせたせいで、野島くんは怒っちゃったんだ」

 薄いカーテンの向こうにはその二人が居る。本当はちゃんと顔を合わせて伝えなきゃいけないのは分かってるけど、何しろ俺は恋の末期患者だから、葛西の顔をまともに見られる自信がない。
 俺は先生に説明をしながら、どうにかして二人にごめんなさいをしたかった。

「この前先生と、苺ミルクを飲んだ時に話したよね、お父さんとの会話の事。学校は楽しいかって聞かれて、俺は楽しいよって答えるんだ、て」

 先生は俺の意図を察してくれたようで、静かに頷きながら口を挟まずに聞いてくれた。

「あの時の『楽しいよ』は、野島くんや周りの皆が、俺をそっとしておいてくれたから答えられた楽しい気持ちだった。今まで学校は、沢山の人の目がある怖い場所だったから、透明人間でいられるここは居心地が良かった。誰かの会話をこっそり聞いたり、楽しそうに巫山戯てるクラスメート達を観察したり、……か、カッコいい人をドキドキしながら眺めたり、そんな毎日が楽しいな、って思ってたんだ」

 それはてっちゃんが根回ししてくれた事かも知れないけど、別に無視したって良かったのに、皆の親切が俺に居心地の良い学校を作ってくれてた。
 
「先生と過ごすお昼休みも楽しいよ。色んな話が出来るし、誰かとお弁当を食べるのは嬉しい事だから。何時も、ありがとうございます」
「ううん、いいのよ。保健室ここが学斗くんにとって、楽しい場所になってくれたのは先生も嬉しい」

 優しい先生はにっこり笑って、喜んでますよと、伝えてくれる。俺もうふふと笑顔になる。

「静かで平穏な毎日の学校は、凄く楽だったよ。嫌な気持ちになる事もないし怖い事もなくて、学校に来るのが楽しみにもなったんだ。それに、てっちゃんの目標も達成してやれた。これは俺にとって、一番の自慢だ」
「山本くんの目標? へぇ、なぁにそれ。初めて聞く話ね」

「あのね、てっちゃんにはずっと、叶えたい目標があったんだよ。 俺を学校に戻れるようにしてくれた、恩人の願いだ。絶対に叶えてやらなくちゃ、て思ってた」

───『俺は学斗と毎日学校に行くんだ。一緒に登校して、一緒に帰る。それが俺の目標だ』

 小学生の山本少年はそう言って、俺と一緒に泣いてくれた。
 嫌がる俺を背中に乗せて、学校に連れてったてっちゃん。校門が見えて緊張や恐怖心で吐いてしまった俺に、いっぱいいっぱいごめんなと言いながら謝ってくれた。
 本当に学校が怖くて、二度と来たくないと思っていた場所。その怖い学校の校門前、人が沢山居る中で吐いてしまったのもショックだった。
 また嫌われる。嫌な言葉を投げられる。
 そんな気持ちで泣いてしまった俺に、あのお節介な友人は頭を下げた。汚物塗れの俺の顔を、脱いだ上着で拭いながら「ごめんな学斗」と沢山言った。
 それから、「でも俺、学斗と一緒に学校に行きたかったんだ」と泣いた。
 結局あの後、後ろを着いて来ていた兄ちゃんに、特大のゲンコツを貰ってたけど、それでもてっちゃんは諦めていなかった。
 何時か絶対、一緒に学校に行こうなと、数日後には伝えに来てくれた。

「俺と毎日登下校する。それがてっちゃんの目標で、俺の目標になったんだ」

 目標の出来た俺は、壊れて砕けた心の欠片を、一つ一つ拾い集めるようになった。
 てっちゃんの言葉はちゃんと俺の耳に届いて、てっちゃんの涙は風景画じゃなかった。

「俺にとって山本哲郎は、同じ目標を掲げた戦友なんだ」
 
 葛西、聞こえてる?
 さっき葛西は、山本には勝てないなんて言ったけど、違うんだよ。勝つとか負けるとか、そういう事じゃないんだ。
 どうしても勝ち負けで比較するなら、俺は葛西の勝ちにしたい。だって、葛西の方がカッコいいし、葛西の方が好きだもん。

「いい友達ね」
「ううん先生、てっちゃんは友達じゃないよ。俺達は心の友で、家族みたいなものだから、学校の人達とは全然違う場所にいる。世の中の言葉を借りたら確かに友達なんだけど、俺にとっててっちゃんは、お父さんやお母さんと同じだから、一緒には出来ないかな」

 砕けた心の欠片を集めて出来た友人だ。友達なんて言葉じゃ片付けられない。強いて言うなら心の友、「心友」ってヤツだ。
 俺の大好きなアニメキャラクター、タマえもんがよく使う言葉だ。

「ねぇ先生。先生は、タマえもんを知ってる?」
「タマえもん? あの、子供向けアニメの事?」

「そう、それ。くふふ。実はね先生、俺はあのタマえもんに憧れている。タマえもんはさ、弱虫の願いを何でも叶えてやるだろ? 俺はあれが、凄くカッコいいと思ってるんだ。だからてっちゃんの願いも叶えてやった。これからもどんどん叶えてやるんだ。何しろてっちゃんは弱虫だからね。俺がタマえもんみたいに助けてやるんだ」

 だって、てっちゃんは一人で学校に行かれないんだ。まったく、そんなの放っておけないよ。だから俺は、その為に強くなると決めたんだ。

「ぶっ」
「んグッ」

 カーテンの向こうで吹き出す声にハッとした。
 しまった…!そっちには葛西と野島くんがいたんだ!
 聞き上手の松本先生につられて、つい余計な事を話してしまった。
 どうしよう…。てっちゃんの秘密を喋ってしまったぞ。か、帰ったら一応謝っておこう。名誉毀損で訴えられちゃ、堪んないからな。

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