上 下
32 / 47
1章

初体験 前編

しおりを挟む

 100円玉を2枚硬貨投入口に飲み込ませると、隣に付いてる番号ランプが白く光る。俺はドキドキしながら、その光る番号版を眺めた。

 時は放課後である。
 3、4時間目の合間、15分の短い休み時間に葛西の元へとやって来た里中くんとの約束通り、俺は今学食の入口にあるお菓子の自販機と対面している。
 てっちゃんには図書室で待ってもらっているから、ここに居るのは葛西とその愉快な仲間たち、一軍陽キャの皆さんだ。
 その陽キャの皆さんに見守られながら、俺は自販機でお菓子を買うという、人生初の体験をしようとしていた。

「俺、ポテチね」

 里中くんの要望に応えてポテチの番号と同じ数字をポチッと押すと、今度は購入と書かれたボタンが青く光った。

「これ、押していいの?」
「そうそう、そこを押すと買えるよ」

 葛西に言われて購入ボタンをポチッと押すと、自販機の内側から音がして下から台がウィンと迫り上がってきた。

「おぉ…」

 ポテチが陳列されてる高さで台が止まると、一番手前に陳列されていたポテチがグイッと前に押し出され、ポロッと台の上に落ちて、そのまま台ごと下に下っていく。

「おぉ…」

 ポテチを乗せた台が下まで下がるとポトリと取出口にポテチが落ちた。

「ほーらまなちん、取出口からポテチ取って」
「う、うん」

 里中くんに言われて取出口に手を入れてポテチを取り出す。

「買えた……。買えたよ!」

 取り出したポテチを持って振り返ると、葛西と里中くん、それから葛西の愉快な仲間たちが揃って「お~!」と感嘆の声を上げて拍手喝采を贈ってくれた。
 自分で言うのもなんだけど、これはバカにされても仕方がない。今の絵面は相当アホっぽい。やってから後悔した。恥ずかしい…。自覚したらカアァと顔が赤くなる。増々恥ずかしい…。

「は、…はぃ、里中くんの」
「おう!サンキューまなちん」

 俯いたまま、そっとポテチを里中くんに差し出した。
 次は葛西のだ。もう一度お財布から100円玉を2枚取り出す。同じ手順で自販機を光らせて、「葛西はどれにする?」と聞いた。勿論、顔は俯いたままだ。ほっぺが熱いからね。

「じゃあ俺は…、7番」

 うんうん頷いて7の数字を押すと、再び自販機が動き出して下から台が迫り上がった。それをジッと目で追うと、2段目で台が止まりピンク色の小さ目なパッケージをポトリと押し出す。アレは何だろう?
 取出口に手を入れようとしゃがんだら、一緒に葛西もしゃがみ込んでくる。いきなりの急接近にアワアワしてると、葛西の長い腕が先に伸びて、取出口から7番のお菓子を取り出した。

「ありがと、まなちゃん」
「い、いいえっ、どどど、どう致しましぇ、ましゅ、まま、ま」

 あぁぁッ!どうして俺は、肝心なところで何時も噛むんだっ!バカバカぁ!

「ああー、ダメだろヒロ。取り出すまでが自販機の醍醐味なんだぞ! ねぇまなちん」
「だ、大丈夫だよ」

 葛西とは反対側のお隣から、人懐こい顔で覗き込んで来たのは西田尚くん。てっちゃんと同じクラスの人だ。何と言うか…、隣の家で飼ってる柴犬っぽさがホッとする。
 それから……

「まなちん、もう一回ボタン押してよ。番号までは押したから、購入ボタンだけでいいよ」
「う、うん」

 吉永瑠偉くんは知ってる。生徒会の人だ。それに入学式で式辞を読んでいた。きっと勉強の出来るタイプの陽キャなんだろう。陽キャの中には、たまにこういう『出来る男』風の人がいる。凄くカッコいい。憧れのタイプのカッコ良さだ。
 吉永くんに言われた通りに購入ボタンを押すと、自販機が動き出してプロテインバーを乗せた台が下りてきた。コトリと取出口に落ちた長細いパッケージを取り出して「はい」と渡すと、にっこり笑って「うん、よく出来たねぇ」と頭を撫でられた。
 ………うん。
 やっぱりこの人も愉快な仲間たちの一員だな。小馬鹿にするのを忘れちゃいない。

「じゃあ最後は俺ね。これでチョコレートを買って?」
「あ、…はい」

 はい、と言って100円玉を2枚渡して来たのは篠崎航くん。シュッとした面立ちの、キリリとした印象を受けるイケメンだ。小さい頃にお父さんが連れて行ってくれた警察犬のデモンストレーションのイベントで、犯人役のトレーナーに噛み付いて絶対に離さなかったドーベルマン、ジャック号に似ている。この人が一人で立っていたら、俺は間違いなく遠回りして接触を回避するだろう。そう……、一人でいたら、ね。

「シノぉ、おーもーいー。俺に乗っかるなよぉ!」

 今は隣でしゃがみ込んでた西田くんに覆い被さるように乗っかって、文句を言ってる西田くんの頭をワシャワシャ掻き混ぜたりしてる。
 ……うん。やっぱり犬同士、仲が良いんだね。そんな光景にちょっとほっこりしながら、最早慣れた手付きでチョコレートの番号のボタンを押した。

「ああっ!!」
「ぴゃぁっ!!」

 突然大きな声を出したドーベルマン篠崎くんに、飛び上がるほどビックリした。なな、何だよっ!?心臓が飛び出しちゃったかと思ったじゃん!!
 ドドドドド…と物凄い速さでリズムを刻む心臓を押さえながら恐る恐る振り返ると、篠崎くんは西田くんに乗っかったまま「あ~あ…」と凄くガッカリした顔をしている。
 え…? 俺、何か間違えちゃったのか?
 どうしようと、助けを求めるように西田くんを見ると、ちょっと呆れ顔で苦笑いを浮かべてる。他に誰か助けてはくれまいかと吉永くんに視線を送れば、困った顔でふるふると首を振られた。
 これは本格的に不味い。そ、そうだ!里中くんならきっと、何か言ってくれるんじゃないか?…と思ったのに、片手で両目を覆い項垂れていた。

 ど…、どうしよう……。
 俺はとんでもない失敗を仕出かしたようだ。何が、手慣れた手付きだよっ!調子に乗るからこんな事になるんだぞ!
 ザワザワする気持ちを堪えて、持っていた財布をギュウッと握り締めた。
 とにかく謝らなければ。誠心誠意、心を込めて謝罪をしよう。

「あ…、ああ、あの…、ご、ごめんなさい。おお、俺……、ど、…どうすれば」
「おい、何やってんだよ!」
 
 真後ろに立っていた葛西の怒鳴り声にヒュッと息を呑む。 
 つい2時間位前にも怒らせてしまったばかりなのに、また葛西を怒らせた。もうダメだ。だって頼みの綱の里中くんは俯いたままで、微かに肩も震えている。きっとやらかしてばかりの俺に呆れちゃったんだ。
 さっきよりももっと、ズキズキと胸が痛む。こんなに苦しいのは、あの時以来だ。
『もう友達じゃない』
 そう言って、背中を向けて去って行った幼い頃の友達。
 今なら分かるよ。あの子は怖かっただけなんだ。俺と仲良くしていたら、自分も皆から意地悪をされるかも知れない。あの頃はまだ、俺もあの子も子供だった。怖いものから逃げたくなるのは当然だ。
 でも…、それでも。
 背中を向けられた俺は、もっと怖かったよ。皆に意地悪をされるより、痛い言葉を浴びせられるより、独りぼっちになったと理解したあの時が、一番怖くて一番悲しかったんだ。

「…ったく、いい加減にしろ」

 今もまた、理由の分からない事が原因で、皆を怒らせたりガッカリさせたりしちゃったんだ。
 ここに居るのは葛西の友達で、大事な仲良し達だ。そんな大切な人達を俺みたいな新参者が、生意気にも友達気取りで調子に乗ってたから、葛西は怒っちゃったんだ。
 これは、……本格的に嫌われてしまった。もう取り返しがつかない。
 俺はどうして、こんなに人に嫌われちゃうんだろう。好きな人にまで嫌われたら、生きてる価値すら無くなっちゃうよ……。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった

無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。 そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。 チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。

信じない信じたくない信じられない

真城詩
BL
短編小説です。

逃げるが勝ち

うりぼう
BL
美形強面×眼鏡地味 ひょんなことがきっかけで知り合った二人。 全力で追いかける強面春日と全力で逃げる地味眼鏡秋吉の攻防。

幸福からくる世界

林 業
BL
大陸唯一の魔導具師であり精霊使い、ルーンティル。 元兵士であり、街の英雄で、(ルーンティルには秘匿中)冒険者のサジタリス。 共に暮らし、時に子供たちを養う。 二人の長い人生の一時。

神獣様の森にて。

しゅ
BL
どこ、ここ.......? 俺は橋本 俊。 残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。 そう。そのはずである。 いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。 7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

王様のナミダ

白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。 端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。 驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。 ※会長受けです。 駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。

好きな人の婚約者を探しています

迷路を跳ぶ狐
BL
一族から捨てられた、常にネガティブな俺は、狼の王子に拾われた時から、王子に恋をしていた。絶対に叶うはずないし、手を出すつもりもない。完全に諦めていたのに……。口下手乱暴王子×超マイナス思考吸血鬼 *全12話+後日談1話

王道学園のモブ

四季織
BL
王道学園に転生した俺が出会ったのは、寡黙書記の先輩だった。 私立白鳳学園。山の上のこの学園は、政財界、文化界を担う子息達が通う超名門校で、特に、有名なのは生徒会だった。 そう、俺、小坂威(おさかたける)は王道学園BLゲームの世界に転生してしまったんだ。もちろんゲームに登場しない、名前も見た目も平凡なモブとして。

処理中です...