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1章
くっそぅ……
しおりを挟む「ぅい~っす、まなちん。また来たよ~」
「……はぃ。こんにちは里中くん」
このところ毎回、授業の合間の短い休み時間になると、葛西の仲良しナンバー1の里中孝太郎くんは現れる。そして何故か俺に向かって「まなちん」なんて変な呼び名で話し掛けてくる。
「まなちゃん、こんなの相手にしちゃダメだ。バカが伝染っちゃうぞ」
…と葛西は言うけど、俺は里中くんを無下には出来ない。だって葛西の友達だ。それに里中くんには貸しもある。そして何より厄介なのは、俺がどんなに口を閉ざしていても、勝手にペラペラと話してくるんだ。相手にするなという方が難しい。
葛西の背後から現れた里中くんは、満面の笑みを浮かべながら「まぁたヒロは、そんな酷い事言っちゃって」と葛西にヘッドロックを仕掛ける。そんな里中くんに葛西は「痛い!重い!ウザい!」と首に絡まった里中アームをバシバシ叩く。叩かれた里中くんは、うははと笑って「全然効かぬわ!」とか言って、また葛西を怒らせた。まるで2匹の大型犬がじゃれ合ってるみたいだ。
う~ん、本当に仲良しだな。これがレベルMAXの友達か。実に羨ましい。
「なぁ、まなちん。今日は学食行く?」
帰れコールを叫び出した葛西の口を両手で塞いだ里中くんが、葛西の頭越しに聞いて来た。うん、いいよ。今日はちゃんとお財布を持ってきたんだ。
「うん。約束だから」
俺がうんうん頷いてそう言うと、うぇ~い、やったぁ!とか喜ぶ里中くん。何だろう、この人。今まで俺の周りにはいなかったタイプの人だ。とにかく底抜けに明るい。明る過ぎてとっても疲れる。話し掛けられるだけでHPを根刮ぎ吸い取られている気分だ。
昔てっちゃんとやったゲームのキャラクターで、何でも吸い込んで食べちゃうピンク色の食いしん坊がいたけど、里中くんはアレだ。うははわははと笑う度に、周りの人からエネルギーを吸い取っているに違いない。
そんな里中くんに俺は、学食の入口にある自販機で、お菓子を買ってやると約束した。葛西が選ぶ学食メニューを教えてくれたからな。俺は約束を守る男だ。そして礼節を重んじる大人を目指している。喩えその場限りの口約束だろうと、男が一度口にした事には責任を持つよ。
………本当はあの自販機で、お菓子を買う体験をしたいからなんだけど。
「……そんな約束、忘れちゃってもいいのに」
「ん? 何だヒロ、何か言ったか?」
ボソリと葛西が言った言葉は、俺にも聞こえなかった。ただ何となく、葛西がムッスリとしているような気がする。何か気に障るような事をしたんだろうか。
ハッ! も、もしかして葛西……、まさかとは思うけど、俺が里中くんから情報を得た事に気付いてしまったのか!? 見返りにお菓子を買う約束をしたのがバレちゃったのかも……。ま、不味いぞ。これは非常~、っに不味いぞ!
「あ、あの! か、葛西にもお菓子、買ってやる!」
だから見なかった事にして欲しい!今回だけは見逃してくれ!!
必死に取り繕った俺の邪な気持ちを察したのか、葛西は「いい。要らない」と言ってプイッと顔を反らしてしまった。
ツキン…、と胸が痛くなる。
どうやら俺は、失敗したようだ。
葛西を怒らせてしまった。
里中くんのようなレベルMAXの友達なら、ちょっとくらい怒らせても挽回の余地は幾らでもあるだろう。でも俺はまだレベル1だ。どう挽回したらいいのか分からない。二度と取り返しのつかない失敗だったらどうしよう。
「もぉ~、ヒロくんダメじゃなぁい。そこは素直にありがとうでしょ」
里中くんがお母さんみたいな口調で葛西を窘めるけど、葛西の機嫌は更に悪くなっていく気がする。
そっぽを向いた葛西は横顔だってカッコいい。だけど酷く冷たく見えて悲しくなる。
胸がギュウッと絞めつけられて苦しい。
しょんぼりと項垂れる俺と、そっぽを向いた葛西を見比べた里中くんは、葛西の首に腕を掛けググッと顔を近付けると、コソコソと葛西に耳打ちをし始めた。
何を言ったのかは聞こえないけど、里中くんの内緒話を聞いてる葛西の顔からはみるみる内に不機嫌さが消えていく。それからバッとこちらを向いて「ホント?」なんて聞いてきた。
あ、待って!そんなキラキラしたカッコいい顔でこっちを見ないでくれ!
「まなちゃん、自販機でお菓子を買ったこと無いの?」
「んえ?」
「ねえ、ホント?」
「そ、それは……、」
キラキラ葛西に詰め寄られ、ギュウッと苦しんでいた胸が痛みが、キュウンに変わってバクバク心臓を鳴らし始めた。
ちょっと!そんなにグイグイ来ないでよ!
せっかくウトウトし始めた恋する気持ちが、ガバっと飛び起きて好き好き言い出す。こうなったら暫くは寝てくれない。元々寝付きも悪いし眠りも浅い。ちょっとした事で覚醒しちゃうから、俺は中々恋する気持ちをお休みモードに出来ないんだ。
頭の中を好きに占拠された俺は、葛西の背景にチラッと見えた里中くんが、うんうん頷いているのが目に入り思わず真似してうんうん頷く。
「そっか……、そうだったんだぁ」
「な、だからヒロも有り難く、お菓子を買ってもらえ」
何だか分からないけど、コロッと機嫌が良くなった葛西にホッとしつつ、一度目覚めた恋のトキメキは止まらない。
葛西が面白そうに、ニヤッと笑うのを目にしたらもうダメだ。また頭の中で葛西祭りが開催された。
俺1が「その顔好き!」と言い出すと、俺2が「ご機嫌葛西カッコいい!」と喜んで、俺3が「嫌われなくて良かったよぉ!」と嬉し泣きする。
恋する小さい俺達は喧しい位に騒ぎ出した。それに合わせて心臓はフル稼働でドキドキ跳ねて、走り出した血流は何故か顔に集まってくる。
「まなちゃん」
ちゃん呼びは子供っぽくて嫌だけど、葛西にそう呼ばれるのは擽ったくて好きだ。家族に呼ばれる時よりも、何だか甘くて溶けちゃいそう。俺はどんどんダメになる。
キュウキュウ鳴ってる胸の辺りに拳を当てて、頑張って「なぁに」と返事を返した。
「俺にもお菓子、買ってくれる?」
うんうん。幾つでも買ってやる。
「ありがと」
「………うん」
お礼なんていいんだ。俺が葛西に買ってやりたいんだから。
小さい俺達が一斉に感涙に咽び泣く。
俺は今、感動で胸がいっぱいだ。葛西から「ありがと」をもらった。嬉しい!
「良かったなぁ、まなちん」
里中くんもありがとう。君は俺の救世主かもしれない。特別にお菓子を2個買ってやる。
「これで、自販機でお菓子を買う体験が沢山できるな!」
…………ん?
「初・自販機体験かぁ、そりゃ一回じゃ物足りないもんなぁ」
「そうだぞ、ヒロ。何しろ初めてなんだから」
…………………んん?
「オノボリさんじゃ仕方ない。あ、そうだ。金は出すから、ルイ達にも何か買ってやろうぜ」
「お、いいな。まなちゃん良かったね、いっぱい自販機体験出来るぞ?」
……うん。
これはアレだ。
絶対に間違いない。
「……………バカにしてる?」
「「してないしてない!」」
絶対バカにしてるじゃん!!
うははあははと愉快に笑う一軍陽キャの二人組に、俺の顔は羞恥に染まった。
くっそぅ……。お菓子は一人一個までだ!!
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